第10話 パンティ、くれぃぉ!

 僕は控え室を出て休憩スペースまで早足で移動した。


 休憩スペースにはソファや自動販売機が有る。

 来るときには気付かなかったけど大きな観葉植物が有るし、壁一面の窓から外の景色が広々と見渡せるし、休憩にはもってこいだ。


 けど、僕は休憩しに来たわけではない。

 ソファに座り、手提げ鞄から携帯ゲーム機を取りだす。


 何処の誰かは知らないけど、アリサに卑猥なメッセージを送ったことや、ボコってくれたこと、まじ、後悔させてやる。


 Virtual Studio Portableを起動し、付近のプレイヤーIDからAlisiaを見付け、同じゲーム部屋に接続。

 ロード中の待ち時間で携帯ゲーム機の裏を薬指と小指でタカタカ叩いていると、目の前を赤と黒のチェック模様が横切った。


「アリサもウンコしにきた」


 アリサが僕の隣に腰を降ろしてゲーム機を構える。


「よし、じゃあ、協力して敵を倒そう」


 兵科は選択可能な設定だったので、僕はアリサと連携しやすいように突撃兵で出撃。


 ステージは廃工場。

 運動場くらいの広さだが、無数のコンテナが乱雑に高く積み重なっており、視界は限られているし直線距離は短く、実際よりも狭く感じるマップだ。


「そんな装備で大丈夫か?」


「大丈夫だ。問題ない」


 ちょっと古いけど、お約束の問いかけにお約束の返事が着た。

 僕が小学生の時に動画サイトで流行った古いネタなんだけど、Sinさんとのボイスチャットで何回か言ったことがあるからアリサも覚えていたようだ。


「いやいや、大丈夫じゃないじゃん。問題ありだって。Sinさん初期装備じゃん。僕が敵を倒したら、そいつの武器を拾って」


「むーっ。アリサのことはアリサって呼んで」


「あ、そっか……」


 素で呼び間違えてしまった。

 僕にとってゲーム中に話しかける相手イコール、Sinさんだからなあ。


「ごめん。それよりアリサ、僕が前に出るから、とにかく援護に徹して。一応、昨日数時間遊んだから、スコープとかグリップとかある程度アンロックしているし」


「えー。援護、嫌いー」


「嫌いでもやってください。とりあえず僕が前に出ます」


 うわ、なんか喋りにくい。

 隣にいるのは年下のアリサなのに、年上のSinさんに話しかけるくせで、中途半端に敬語になってしまった。


「いっつもカズがバックアップなのに……」


「携帯版だと僕の方が上手いから、役割チェンジしようよ。あ、そうだ。手持ちのクレイモアとグレネードを全部あげるから、罠、設置しておいて。それならできるでしょ?」


「うー。分かった」


 装備品の交換を手早く済ませると、僕たちは塗装の剥げたコンテナに身を隠しつつ走る。


 敵はすぐに発見できた。

 三段重ねにしてあるコンテナの上で隠れもせずに、四人組が周囲を見渡している。


 僕のことも雑魚だと思って侮っているようだ。


 僕の階級は伍長。

 下から四つ目の階級だから、雑魚と思われて当然なんだけどね。


 相手は、二十三階級ある中の最上位の元帥と、大将、大将、大将か……。


 分かりやすく言うと、僕がLv4で、アリサがLv1。

 敵がLvMaxの23がひとりと、Lv22が三人。


 敵チームは相当やりこんでいるな。

 確か元帥って全オンラインプレイヤーのうち上位0.1%くらいだけなんだよな……。


「高い所が好きって、キッズかよ。下手なのにプレイ時間が長くて昇級したタイプか?」


 下手くそなFPS初心者がやたらと狙撃手を選んで高い位置に集まるの、なんでなん?


 僕はアサルトライフルをグレネードランチャーに切り替え、天井に狙いを定めて撃つ。

 グレネードが四人組の頭上で炸裂し、爆風ダメージがひとりを死亡させた。


 同時にアリサがライフルを乱射。


 OgataSinの正確な射撃からは程遠いが、ばら撒かれたライフル弾が敵のひとりを仕留めた。


 三人目はコンテナから飛び降り、自滅した。

 僕の攻撃で瀕死になっていたのに高い所から飛び降りたため、着地の衝撃で死亡したのだ。


 四人目は見失ってしまったが、近くの見えない位置に居るのは分かっている。

 物陰で隠れて体力の自然回復を待っているのだろう。


「アリサ、フォークリフトの向こうにグレ」


「OK」


 アリサが手榴弾を投げ、見事、敵の潜伏場所に的中し、最後のひとりを倒した。


「今のうちにトラップしかけて。多分、倒した敵が顔面真っ赤にして、ここに戻ってくる」


「もう設置してるよ!」


 アリサは物陰に対人指向性地雷クレイモアを設置していく。

 相手プレイヤーが復活してくるまでの時間は僅かだ。手際が肝心。


「パンティ、くれよッ!」


「ちょっ、いつまで、そのネタ引っ張るんでふひ」


 僕は動揺したせいで、途中で息を吸って変な声を出してしまった。


 クレイモア設置という言葉を英訳すると、Planting claymoreだ。


 僕が以前「プランティンッ、クレイムヮ」と英語っぽく発音したら、Sinさんには「パンティ、くれよ」と聞こえたらしい。


 爆笑され、暫くからかいのネタになってしまったのだ。


「ねえ、クズ、じゃなくて、カズはアリサのパンティ欲しい?」


「わざとクズって呼んだでしょ!」


「ねえねえ、アリサのパンティ欲しい? やっぱ男の子って、女の子のパンツが欲しいの?」


 さっきまで泣きそうだったくせに、勝ちだしたら元気になったらしい。

 ちょっと困らせてやろう。


「欲しい。パンティくれよ!」


「はいっ」


 ほんのいたずら気分だったのに隣から白い布が飛んできて、僕のゲーム機を覆い隠した。


「うわあっ」


 焦ってゲーム機を落としてしまったけど、パンツは僕の手に引っかかったまま。


 えっ、なに、いつの間に脱いだの。

 アリサって中学生なんでしょ、恥じらいは無いの?


「ん?」


「カズのエッチ~」


「あっ、ハンカチ!」


「ねえ、パンツだと思った? アリサのパンツが気になるの? カズ変態なの?」


「汚いから驚いただけ!」


 ハンカチを指先でつまんで投げ返す。


「アリサのパンツ、汚くないもん!」


 何故か、投げ返された。


「じゃあ見せろよ!」


 投げ返す。


「カズのえっち!」


 横から手がにゅっと伸びてきて、太ももを抓ってきた。


「痛い! 痛い! 痛い! 味方の僕を妨害して、どうすんのさ」


 僕はパンティネタをうやむやにするため、ゲーム機を拾って作戦を指示する。


「まだ負けてるんだし、真面目にやろうよ。右回りで敵のリスポンポイントに行くよ」


「了解、エッチマン!」


 死亡した相手チームが復活する位置は、僕たちから最も遠い位置になる。

 つまり、廃工場の対角線上だ。


「相手が怒って一直線に来ているなら」


「ズドンだね」


 僕たちが反対側に移動し終えるのと同時に、爆音が聞こえた。

 アリサの設置しておいたクレイモアが敵のふたりを吹っ飛ばしたのだ。


「ざまあ。僕たちが本気を出せば、簡単に負けるはずないっての。アリサ、ここにもトラップしかけておいて」


「うん。たまたま、たまたま、たまったま」


 リズミカルな言葉の意味が、偶々(たまたま)、弾丸(たまたま)、溜まっただって分かっちゃうの、不思議だよなあ。

 さっき倒した敵の弾を拾ったという意味ね。


 敵の走る足音が、コンテナの向こう側に接近してくる。


「敵は警戒していないようですね。予想どおり、怒り心頭ってところかな」


 僕は敵の出現予想位置に銃口を向け、構える。

 敵が見えたら狙うんじゃない。

 敵が現れる位置を狙っておくのが、FPSの基本!


「徒競走は手をつないでゴールって習わなかったのか?」


 僕はアサルトライフルを三点バースト射撃。

 最初に現れた敵をヘッドショットで仕留める。


 一斉に出てくればいいのに敵はバラバラに出てくるから、現れた順に各個撃破のチャンス!


 さすが携帯機版だ。

 射撃補正がめっちゃ入るからヘッドショットしやすい。


 隠れようとしていたふたり目の胴体にも数発食らわせる。


 ひるんだ敵にアリサが乱射でトドメ。


「悪い子さんは、ピュアローズがお仕おきです!」


 アリサは女児向けアニメの台詞を真似して、上機嫌だ。

 やはり、僕たちが組めば最強だ。


「かくれんぼに飽きたのか? ママが呼んでるぞ!」


 僕は敵兵士に背後から忍び寄り、口を塞いでナイフで仕留める。


 台本があるかのように有利な展開が続く。

 僕やアリサも何度か死亡するが、敵を倒す方が圧倒的に多い。


 累計50キルした方が勝利というルールだ。

 2対25という絶望的な点差から始まり、17対27と点差は縮まった。

 このまま逆転してやると意気込んでいたら、異変が生じた。


「あれっ」


「ん?」


 僕とアリサはほぼ同時に、声を漏らした。


「NS2000って、20メートルから胴体1発? Ⅴってシャッガンの威力減衰が無い?」


「ねえ、カズ。グレの爆風ダメージがやけに広くない?」


「あれ。M16のヘッショ三発で死ななかった。アサルトライフルが弱体化したにしても酷くない?」


「伏せたのにナイフ一撃で殺された……」


 あっれえ、何か違和感が出てきた。


 や、僕達が何を訝しんでいるのかっていうと、要するに「なんか敵の攻撃が強くね?」「手応えがあったのに、死ななくね?」だ。


 いや、まあ僕達はⅤを始めたばかりの初心者だから武器の強弱に違和感があっても仕方ない。

 ゲームバランスが調整されたのだろう。


「ま、いっか。すぐに逆転だし」


「うん」


 ……というやりとりがあってから僅か一分後。

 僕たちは発狂していた。

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