第11話 (正しい意味で)チート能力者登場!

「ふざけんなって! 背後から一弾倉当てたじゃん。なんでこいつ死なないの!」


「Fuck! ナイフで斬られた! 壁の向こうから斬られた!」


「消えた! 敵が消えた! 何処から撃たれてるの? 地底人でしょ、これ!」


「Shit! ハンドガンの顔射一発で死んだ!」


 やべえ、ゲーム機を床に叩きつけそうだ。


 やり場のない衝動は足をじたばたさせて発散させるしかない。


 ああっ、もうっ。

 僕の床を踏みつける音と、アリサの踵がソファに当たる音がうるさくて気が散る。


 僕たちが発狂したのも無理はない。


 だって、野球で例えるなら、デッドボールを喰らったのにストライク判定だったり、センタースクリーン直撃のホームランを放ったのにファール判定だったりするような、不自然な状況が頻発しているんだもん。


 いや、絶対、これ、僕達がⅤの初心者だから状況が分からないって理由じゃない。


「こいつら負けそうだから、バグ使い出しただろ!」


 ゲームはコンピュータプログラムである以上、必ず不具合を内包している。

 特定の操作により、兵士の体力が増えたり弾薬が回復したりするバグは、FPSではよくある。

 特に発売直後の新作だと、バグだらけの場合が多い。


「カズ、何とかして」


「何とかしてって言われても、バグを使われたら勝てないよ。こっちも同じバグでやり返すしかないけど」


「バグ、駄目ッ」


「だよね……。まあ、やり方も分からないし……」


 相手が卑怯なことをしているからといって、自分たちも同じことをして良い理由にはならない。

 正々堂々と卑怯な手段を駆使すれば打開策はあるんだけど、どうしよう。


「バグ、駄目ッ!」


 アリサが肩を揺さぶってきた。

 僕の沈黙を、バグ技の使用を検討しているように受け止めてしまったのかもしれない。


 泣いたり叫んだりするほどゲームに熱中している子のために、勝ちたいよなあ。


 しょうがない。


「アリサ、ゲーム内のルールを護るなら、正々堂々と卑怯なことしてもいいよね」


「ん?」


「オンライン最後の日、運営からメッセージ着てたでしょ。ハンデ設定オフ部屋だからベテランスキル《徹底抗戦》ってのが使えるっぽい」


 Ⅱで僕は全オンラインプレイヤー600万人のうち、成績が50位で元帥だった。

 いや、まあ発売から五年経ってもⅡを遊んでいたのが50人くらいしか居なかったから、成績上位50位になってしまったってだけなんだけどね……。


 何はともあれ、僕は元帥に相応しい《徹底抗戦》とかいうスキルが最初から使える。

 これは、メーカーが旧作プレイヤーに新作を買わせるためのサービスってやつ。


 解説テキストを読む限り《徹底抗戦》は味方の死亡回数に応じて特殊攻撃が可能になる能力だ。

 僕達は累計で40回死亡しているし、15回連続デスもしているため、強力な特殊攻撃がよりどりみどり。


「デス数に応じて兵器が使えるっぽい。とりあえずアパッチ使ってみる」


 特殊メニュー画面を開き、決定ボタンをポチる。

 ゲーム画面が暗転し、数キロメートル離れた上空から廃工場を見下ろした視点に切り替わった。


 アパッチAH-64Dロングボウ。

 世界最強の戦闘ヘリが戦場の彼方に飛来する。

 狭い対人マップには対空火気なんて設置されていないから、敵チームに反撃手段は無い。


「まあ、ご愁傷様。ハンデ設定オフにしたやつが悪い」


 ゲームの音楽は停まり、ピッ、ピッという電子音のみになる。

 モノトーンの拡大画面には壁を透視して、工場内に人型が五つ白く浮き上がっている。


 一つはアリサ。

 残り四つは敵だ。

 手足の輪郭は曖昧だが銃器は鮮明に写っている。


「ターゲット、インサイト!」


 僕が射撃ボタンを押すと、パシュッという発射音がし、直後、廃工場で爆発が起こる。


 淡々とボタンを押していくと、次々とキルログに敵兵士死亡の情報が表示され、僕に得点が入っていく。

 ざまあ!

 僕が伍長で相手が元帥や大将だから通常の五倍近い得点が入る。


 やっべ。

 三等軍曹に昇格したと思ったら、二等軍曹に昇格した。

 敵のランクが高いから、得点がめっちゃ美味しい!

 スコープとかスキンとか勲章とかめっちゃアンロックしまくって、通知メッセージが止まらない。

 爆発音より、アンロックのチャリンチャリン音の方が大きいくらいでウハウハすぎる!


 何処に隠れても無駄、無駄。

 屋根も壁も殆ど無くなったし、コンテナの陰でも爆風ダメージ、いっちゃうよ。


「カズばっかりキルして、ずるい!」


「アリサもメッセージ着てたでしょ? 据え置き機とポータブルでIDを同じにすればいいのに」


 まあ、ゲーマーIDのリンクはオフィシャルサイトでユーザー登録したりメアドやパスワード設定したり色々と面倒だけどさ。


「Fuck! あいつら逃げた」


 ゲーム画面に次々と、相手プレイヤーが退室しましたというメッセージが出てくる。

 格下にキルされるのが悔しくてゲーム機の電源を切ったのだろう。

 徹頭徹尾マナーの悪いプレイヤーだな!


「つうか、アリサもさっさと切っちゃえば良かったのに」


「だって、途中で止めるのはマナー違反だもん。それに、インチキしているヤツを実力でねじ伏せると、スカッとするんです!」


 アリサのはにかんだ顔が可愛くて、僕もつられて頬が緩む。

 僕と対戦したときはウザかったのに、協力したら可愛く思える。

 不思議だ。


「あ。最近遊んだプレイヤー一覧、見て。敵の階級が、大将、中将に降格してる。全員、一個落ちた! マジでざまあ!」


「ホントだ! やったねカズ!」


「うん」


 あー。

 スカッとした。

 敵はまさか、伍長と二等兵なんていう低ランクプレイヤーにボコられるとは思いもしなかっただろうなあ。


 伍長といっても旧作では元帥だから!


 世界50位だから!

 オンラインプレイヤーが50人くらいしか残っていなかったけどな!


「けっこう時間が経ったし、部屋に戻ろっか。トイレ休憩が長すぎて、ジェシカさんが心配してるかも」


「うん」


 休憩スペースを出ると、通路の奥から四人組の男が歩いてくるのが見えた。


 四人組は肩を怒らせて小走り。

 周囲に首を振って、何かを探している。


 ヤバい。

 仕返しができて爽快だった気分が、一瞬で冷めた。


「アリサ、待って。ちょっと不味い」


 間違いなく、あいつらが対戦相手の四人組だ……。


 僕たちを見るなり早歩きになった。


 しまった。

 立ち止まるんじゃなかった。

 知らん振りしてすれ違うべきだった。


 ジェシカさんたちのいる部屋に逃げこむのは、間に合いそうにない。


 男たちが肩を怒らせてズンズンと近づいてくる。


 後ろの階段からなら逃げられると思いついたときには、ふたりが正面に、左右にひとりずつの男が、僕達を囲むようにして立っていた。


「お前ら、KazuとAlisiaだろう?」


 左眉の上に傷があるゴツい男が、怪しいろれつで凄んできた。

 男達は大学生くらい?


 ゴツい男を手で制して、リーダー格らしき男が、一歩前に出てくる。

 男は、は虫類じみたなまっちょろい顔をしているのに、妙な迫力がある。


 男は蛇みたいな目を細めた。


「……お前。随分と舐めたことしてくれたな」


 やべえ、怖え。


 威嚇してくるヤツが怖いのはもちろんなんだけど、誰も止めようとしないのが怖い。


 ひとりも『ガキなんか虐めるなよ、かっこ悪い』みたいなノリが居ないのは、四人共が僕とアリサに危害を加えようとしているからだ。


 足が震えているから無理かもしれないけど逃げたい。

 もし、アリサが後ろに居なかったら、僕はとっくに泣いて逃げてる。


「ヘリ使うなんて、舐めてんのか? バグ技を使って調子に乗ってんじゃねえよ」


 蛇男が声を荒らげるわけでもなく平坦な口調で喋るから、逆に不気味で、恐怖を煽ってくる。


 僕はアリサを庇うために、震える足で一歩前に出る。


「ヘ、ヘリ使ったの、僕だから……」


 なんとかしてアリサだけ見逃してもらえないだろうか。


 蛇男の背後でゴツい男が怒声を上げる。


ああ? 知らねえよ! 美人の白人女だったら態度次第で許してやろうかと思ったけど、ガキかよ、期待させやがって。クソが!」


 情けないことに、僕は自分に非がないと分かっていても謝りそうになってしまった。


 しかし、僕の相棒は違う。


「バグ技を使ってたのは、そっちでしょ! Fucking Wallhakcer! アパッチの航空支援はバグじゃありません! Oh soooooooooorry! チート大好きFucking NOOBは知らないよね。ザーコ。バーカ。Son of bitch! 」


 英語の成績三の僕でも、アリサがめっちゃ煽っていることは分かる。

 いやいや、火に油を注いでどうするの?!

 深夜のオンライン対戦のノリで煽らないでよ!


 ほら、みんな眉間の皺を深くして、めっちゃ睨んできてるでしょ!


「んだと、テメエ」


「あんた達、バグ技以外にも卑怯なことばかりしてたし、どうせ、ソフトだって正規品じゃないでしょ!」


 いや、僕もコイツ等が現れた瞬間に気付いていたけど!


 コイツ等が持っているゲーム機、なんかツヤが弱いというか、一時期ネットで話題になっていた中華製のパチモンくさいって気付いていたけど!

 でも、そういうこと言ったら逆ギレされるでしょ?!


 アリサ、ストップ、と声をかけたいのに震えて、口が動かない。


 ほらね。


 正面の男が僕を押しのけて、アリサに掴みかかろうとしている。


「や、やめてくだっ……」


 僕が相手の腕を掴もうとしたら、胸を強くどつかれた。


「うっ……ぐっ……」


 痛い!

 なにこれ、なにこれ。

 ただどつかれただけなのに、痛みが胸の中心から上半身全体に広がって、身体が思うように動かない。


 呼吸が辛くなって、立っていられない。


 何でこんなに非力なの?

 僕はたった一回殴られただけで、蹲ってしまった。


「カズ、大丈夫?」


 アリサが僕の傍らにしゃがみ込んだ。

 そんなことより逃げてほしいんだけど……。


 どうしよう。どうしよう。

 声を出してジェシカさん達を呼びたいんだけど、肺から空気が逃げる一方で、ぜんぜん、声が出ない。


 どうしよう……!


「待ちなさい。人を呼びますよ」


 ……?!

 すぐ側から女性の声。

 アリサの声じゃないよな?


 誰か来た?


 すがる気分で声のした方を見上げると、誰も居ない。


 休憩スペースには、僕とアリサと悪質ゲーマー四人組だけ。


 ん?

 観葉植物がもぞりと動いた。


「……え?」


 息が苦しいからといって、幻覚を見るはずがない。


 自販機の横にある観葉植物は、よく見たら、全身に植物を貼り付けた人間だった。


 えっと……。

 いつから居たの?!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る