第6話 僕は金髪女子小学生にレ*プ未遂してしまった

 ゲームが始まった。

 廃病院の室内には手術台や倒れた棚が散乱しているし、廊下は開け放たれたドアや崩れた天井のガレキが積もっている。

 障害物が多くて歩きにくいし、隠れる場所も多い。

 油断すれば一瞬で殺されてしまうだろう。


 けど……。

 警戒した様子もなく、アリシアの操作する狙撃兵が走ってきた。


(床に落ちているガラスの破片を踏んだら、位置がバレるだけだって!)


 僕が操作する突撃兵が、アリシアの側面から発砲。

 アリシアが反撃を試みようとしている間に、倒した。


「とりあえずワンキル」


 倒せたけど、少し気になる。

 アリシアはドアから突入した直後に振り返ろうとしていたから、僕の位置を読んでいた?


 壁には穴や窓が多いから、僕の姿を何処かで目にしたのだろうか。


 アリシアは下手なくせして勘は鋭いみたいだから、やはり他FPSの経験があるのだろう。


(ごっめーん。連続キルしちゃった)


 復活したアリシアの工兵が同じドアから突入してきたが、既に僕は反対側の死角に隠れている。

 正確に頭を狙って倒した。


「Fuck!」


 ……ファック?

 アリシアがくしゃみでもしたのかな。

 背後から、Sinさんが言うような、下品な言葉が聞こえた気がするけど、気のせいだよな?


 背後に居るアリシアの様子を窺おうとしたら、ゲーム機から走る音が聞こえてきた。

 またしても、アリシアが同じドアから突入してきた。


 別に僕が同じ部屋に篭もって待ち伏せしているわけではない。

 あまりにもアリシアの突入が早い。


 しかも、部屋に突入してくるなり、背中を見せてきた。

 多分、僕の考えを読んで裏をかいたつもりで、部屋の左隅を狙ったんだろう。


 けど、僕はさっきと同じ場所に居る。

 ごめん。ほんと、ごめん。

 キャンパー(同じ位置にこもり続ける悪質プレイヤーのこと)しているわけじゃないんだ……。アリシアが早いんだよ。


「なんつーか、ごめん」


 背中が隙だらけだから、ナイフで斬っちゃった。


「Nooooooooooooooooooooo!」


 絶叫が聞こえたから僕は思わずゲーム機から視線を外し、振り返る。

 立て看板の側面から、女の子が顔を半分だけ出した。


 アリシアは金髪だし英語を話していたし、やっぱり外国人だった。

 顔は真っ赤に染まってるけど、瞳は蒼い。


 僕と視線が合うとアリシアは顔を逸らし「Fuckin Shit」と地面を睨みながらボソリと呟き、看板の陰に消えた。


(やっべ。見知らぬ外国人少女を怒らせてしまった。少し手加減しよう)


 ゲームに意識を戻す。

 案の定、アリシアが走り回ってた。


(うわー。めっちゃ探し回ってる。相当、頭に血が上ってるな。ちょっとは後ろを見ようよ)


 僕はアリシアの真後ろを走っている。

 四つの部屋をふたりでぐるぐると回っている状態だ。


(あー。なんか、すぐに突撃するところとか、頭に血が上って単調な行動パターンになるところがSinさんにそっくりだ。Sinさんって、冷静に喋ってても、負けが続くとプレイが雑になるんだよな)


 廃病院を二周したところで、ようやくアリシアが振り返った。


 僕がナイフで刺すために最後の一歩を詰めるのよりも早く、アリシアのショットガンが火を噴く。

 僕の操作する兵士は一撃で死んだ。


(まあ、この距離で相手がショットガンなら負け確定だし、しゃーない。ん?)


 視界の片隅で何か金色の物が光った気がして目を向けると、看板の側面でアリシアが満面の笑顔を浮かべ、頬と鼻を膨らませている。


「やーい。ざ~こ。へたくそー。いーっ」


 歯を剥き出しにして挑発してきた。

 しかも、たどたどしい日本語で!


(……いやいや、今の手加減したんだよ? 撃ち殺そうと思えばいつでも撃ち殺せたんだよ? オーケー。どうやらお子様にはお仕置きが必要なようだ)


 本気スイッチ入ったぞ。

 工兵になった僕はアリシアの位置を予測し、壁に向かってRPGを発射。

 歩兵携行式のロケットランチャーは壁を破壊し、向こう側に居たアリシアを巻き込んで大ダメージ。


 僕はその場を去る。


 僕の予想どおりなら、アリシアは壁にあいた穴を抜けて僕を追いかけてきているはずだ。


 マップを一周走ってもアリシアの姿は無い。


 ……よし。狙い通り。


 アリシアは発砲せずに僕の真後ろを走っている。

 僕が油断して立ち止まったら、背後からナイフで切るつもりだろう。


 銃で戦うFPSにおいて、ナイフキルは相手に最も屈辱を与える殺し方だ。

 ナイフキルされた直後のアリシアは憂さ晴らししたいだろう。


 そうだ、近寄ってこい。


 僕はフィールドを一周する間に、対戦車地雷を設置しておいた。

 僕は次の部屋に突入すると同時に手榴弾を投げ、素早く部屋を抜ける。


 直後、手榴弾が爆発し地雷が誘爆。

 背後の部屋全体が爆煙に包まれ、アリシア死亡。


(よし。狙いどおり! この子、下手だけどセンスいいな。むっちゃ反応が早いんだよなあ。さて、そろそろ怒って、看板から顔を出して睨んでくるかな?)


 僕はゲーム機から視線を外し、看板を見てみたけど、少女は来ない。

 どうしたんだろう。

 真っ赤な顔でファックって言うんじゃないの?


「うっ……ぐっ……」


 看板の向こうから、ゲーム音楽に混じって小さくくぐもった声が聞こえてくる。

 覗いてみたら、アリシアは顔をくしゃくしゃにして泣いていた。


「ううっ。うぐっ……」


 げえっ、やりすぎた。

 マジ泣きしてる。

 ゲームで負けたくらいで泣くなんて、どんだけ打たれ弱いんだよ。


「あ、あの、ご、ごめん……」


 恐る恐る少女の方に移動し、道路に落ちていた携帯ゲーム機を拾う。


「ソ、ソーリー。ほら、これ、落としたよ」


「うっ、うっくっ、うっ。うええええん!」


 うわあ。どうしよう。

 まるでお気に入りのぬいぐるみをなくしたかのような泣きっぷり。


 この子、小学生だよな。

 そこのコンビニでお菓子を買って、泣きやんでもらうってのはありだろうか。


 どうすればいいのか分からずに狼狽える僕の耳に、背後から不穏な言葉が届く。


「ねえ、あいつ、小さい子のゲームを盗ったんじゃないの」


「うわ、最低。あいつコーコーセーでしょ。ショーガクセーのゲーム、盗んでる」


 地下鉄の駅から出てきたらしいふたり組のギャルが僕を見ながらひそひそと話している。


「ほ、ほら、落としたよ」


 周囲にアピールしたかったけど、僕の声は小さいし裏返ってしまった。


「うあああああああああああん! 顏射されたぁぁっ!」


 少女は一際声を大きくして、周囲に誤解しか与えないであろうゲーム用語を叫んだ。


 顏射とは顔面を射撃するという意味だ。

 大抵のFPSでは頭部を射撃するという意味でヘッドショットと言うが、BoDでは顏射と言うプレイヤーが多いのだ。


 同じ開発メーカーが作ったファンタジーTPSの攻略Wikiに『女騎士は甲冑を装備しているから弓矢では頭部にしかダメージが通らない。顏射で倒せ』と書かれたのが元ネタだ。


 やはり、アリシアの言葉は周囲に誤解を与えたらしい。


「電車とかでたまによく居る、体液をかける痴漢だ! ケーサツ呼ばないと!」


「ケーサツって111番だっけ。あ、いた。ちょうどケーサツいた。おまわりさーん!」


 やめて! 誤解だから!

 あ、ああ……。

 本当に自転車に乗った警察官が居る!


「何かお困りでしょうか?」


 止まった自転車から降りたのは、何処からどう見ても警察官。


 ああ、駄目だ。

 ゲームしてただけなのに、僕は警察に捕まるんだ……。

 どうしよう。

 頭がクラクラしてきた。

 視界がグニャグニャ歪む。


 ギャルふたり組が、いじめっ子のような嬉々とした笑顔で僕を指さしながら、早口で何かを訴えているけど、何を言っているのか分からない。


 やだ。

 怖い。逃げたい。


「なるほど。君、ちょっと、いいかな」


 警察があからさまに不審者を見るような目で間近に迫ってくる。


 ね、ねえ、アリシア、泣きやんで誤解を解いてよ。

 一緒に最高難易度をクリアした仲間だろ。


「アタシ見てたんだけど、そいつがその子からゲーム盗ってたの」


「そいつ痴漢だからタイホしてよ。アタシ、さっきお尻触られたしー。タイホしてお金貰えるんでしょ。お金チョーダイよ」


「マジ、お金貰えるの? じゃあアタシ胸触られたーっ!」


 お前らは黙れよ。

 というか警察の人、ギャルの言っていることがおかしいって分かるよね?


 警察官はギャルの態度に眉をひそめている。

 ギャルに不審を覚えているようだ。


 でも「うえええん」とアリシアは絶賛、号泣。


 そして、さらなる爆弾投下。


「うぐうっ……顏射された! レイプされるかと思った! うえぇぇぇん!」


 ひいいっ。

 レイプとか言わないで!

 FPSプレイヤーにはフルボッコという意味で通じるけど、一般人には絶対に誤解を与える!


 警察官の目の色が変わり……僕が『もうやだ』と弱気になりかけた瞬間、背後で硬質な足音がした。


「おいおい、なーに、やってんのさ」


 聞きなれた声は少し呆れているようだった。

 でも、いつもどおりの頼もしさに溢れている。


 何度も窮地を救ってくれた相棒の声。

 振り返らなくても分かる。

 相棒が僕の背中を護りに、やってきた。

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