第5話 待ち合わせ場所には金髪の女子小学生が居た

(名古屋の北栄4番出口……。来てしまった……)


 地下鉄の階段を上り終えれば、これでもかってくらいの快晴だから、僕は太陽が眩しくて思わず手でひさしを作って眼を細めた。


(乗り換えに失敗して遠回りしたのに、約束より30分も早い……)


 万が一にも遅刻したら拙いと思い早めに出すぎた……。


 昨晩は眠れなかったのに、まるで眠気がない。

 心臓がバクバクし続けて、呼吸が辛い。

 階段を上って息が切れただけかと思ったのに、いつまで経っても落ち着かない。


 ヤバい。

 もうすぐ生Sinさんと会うんだ。どんな人なんだろう。


 多分、嘘だろうけど、Sinさんは自称超絶美少女だ。


 いや、声の高い男という可能性は捨てきれないし、そもそも口調や行動パターンや知識量からして、少女という年齢かすら怪しい。


 英語と何か分からない外国語がペラペラで、銃器や兵器に詳しくて、夜中の0時までゲームしているような人が、少女の可能性は低い。


 落ち着け、落ち着け。

 想像に怯えるな……。


 手提げ鞄からお茶を出して、軽く喉を潤す。


(マジで来てしまったんだし、あと30分でSinさんが来る……)


 四番出口のすぐ手前は、ビルの一階にコンビニが店舗を構え、右隣にはシャッターの降りた靴屋がある。

 左隣には準備中のラーメン店があり、何かの店舗が続いている。


「Sinさんらしき人は居ないよな。さすがに八時半は早すぎたか」


 周囲に確認できるのは、コンビニ客や、休日出勤らしきサラリーマンくらい。


 眠れない一晩で悩み続けた。

 初対面の相手に会うのは怖い。

 緊張しやすい僕が、異性とまともに会話できると思えない。


 しかし誘いを断ったら嫌われるかもしれないと思ったら、来るしかなかった。


 二年間も一緒の相手だから、実際に会ってみれば、すんなりと話せるかもしれない。


 今日は格好に気を遣い、カーキ色のシャツを着てきた。

 カーキとは土煙のことで、砂漠戦仕様の戦車と同じ色だ。


 以前Sinさんに、重戦車エイブラムスみたいな服があることを話したので、気付いてもらえるはずだ。

 でかいポケットのゴテゴテ感が、まさに重戦車という感じの服だ。


(つうか、Sinさん、お互いが気付けるように、目印くらい決めとこうよ。超絶美少女というのは、いつものノリで言った軽い冗談でしょ?)


 周囲を見渡してみても、人を探しているらしき年上の女性はいない。


 車道を挟んだ向こう側の森林公園に何人か若い女性がいるようだけど、四番出口を指定してきたのだから、Sinさんが五番出口側にいる可能性は低い。


「Sinさんが来るのは九時。あと三十分。……ん?」


 デデンデッデデンデン……。


 気のせいだろうか。

 BoDのテーマ曲が聞こえる。


 デデンデッデデンデン……。

 デデンデッデデンデン♪


 いや、気のせいじゃない。

 街中だというのに、背後から確かに聞こえてくる。


 映画ターミネーターのテーマ曲に似ている、BoDシリーズ伝統のテーマ曲が、確かに聞こえる!

 ミコミコ大百科に『デデンデッデデンデン』という名前で登録されている、あの曲だ!

 テーマ曲がミコミコ動画でメーカーの許可を得てアップロードされているという、あの曲だ!


 音の出所を探ると、ラーメン屋の立て看板の陰に大きなキャリーバッグが横倒しにしてあって、金髪の少女が座っていた。


 少女は黒と赤のチェック柄をしたワンピースを着ている。

 リボンやポシェットも同じ色彩で統一してあるようだ。


 僕の方に背中を向けているので顔は見えない。

 けど、金髪は真冬の太陽みたいに澄んでいるし、手足は初雪のように清らかな色をしているのは分かる。


 髪の毛の中からチラッと眼鏡が見えた。Virtual Studio Portable 2だ。

 一見するとただの眼鏡にしか見えない物がゲーム機本体。

 発売されたばかりの最新機種だ。


 どうやら少女の携帯ゲーム機が、BoDのテーマ曲を流しているようだ。


(外国人? 何でこんな所でBoDをやってるんだろう。つうか、Sinさんじゃあるまいし、女の子がFPSって珍しいんじゃ……。ん?)


 疑問に思った直後、凄く簡単な答えがパッと閃いた。


(Sinさんだ! こんな所に居るってことは、人を待っているからだし、引っ越すから大量の荷物なんだ! 外国人の小学生? それならミリタリー系シューターを遊んでいるのも納得だけど、声と外見が、ぜんぜん合ってないじゃん!)


 僕はラーメン屋の看板を迂回して少女にゆっくり近づく。

 一歩ごとに心臓がばくばくしてきて、呼吸が苦しくなってきた。


(いやいやいや、待てよ、まだSinさんと決まったわけじゃない。もし人違いだったら、大変だ。小さい子に声をかける変質者だ。事案発生。逮捕だ)


 僕は看板を挟み、少女の反対側に隠れる。


 手提げ鞄から携帯ゲーム機Virtual Studio Portableを出す。

 少女のと違って旧機種だが、基本的な機能は同じ。

 真ん中に液晶画面が有って、左右に十字キーとボタンが並んでいる。


 少女との距離は一メートルだから、赤外線通信の有効範囲内だ。


(ゲーマーIDを確認すれば、Sinさんか別人か分かる。新型機と旧型機だけど、ソフト自体は同じだし、オンライン接続出来るよね?)


 携帯機は据え置き機とデータがリンクする。

 僕が携帯機と据え置き機の両方でKazu1111というIDを使っているように、SinさんもOgataSinというIDを使っているはず。


「電源オン。近くにいるプレイヤーの一覧……。あれ? AlisiaSantiago?」


 赤外線通信で、付近のVirtual Studio PortableユーザーのIDが表示されるんだけど……OgataSinは出てこない。


(アリシア……サンチアゴ……。……別人だ。そうだよな。こんな小さい子が深夜0時にハスキーボイスで『ファック、マイ、アスホーッ!』なんて言うはずがない……)


 Sinさんめ……。

 僕、ファックマイアスホーの意味を英語の先生に聞きに行って怒られたんだぞ……。


(せっかく起動したんだし、アリシアは協力待ちうけしているみたいだから、少し遊ぶか)


 僕はアリシアが遊んでいるゲームに途中参加した瞬間、口に含んでもいない牛乳を噴きそうになった。


「これは酷い!」


 アリシアはコンピューター操作の敵にフルボッコにされていた。


 戦場の山岳地帯は、さながら特撮番組の戦闘シーンみたいに大爆発の連続だ。

 もう、爆発しすぎて地面が月面クレーターみたいなってる。


 一瞬、初めてSinさんと出会った日のことを思いだした。

 二年前のSinさんも、思いっきりフルボッコにされていた。


(開始地点まで押し込まれたのか……。げ。最高難易度じゃん。初心者なのになんで最高難易度を選んだんだよ)


 アリシアのゲーム内ランクは二等兵。

 つまり、一番下。

 始めたばかりの初心者だろう。

 負けてばかりの中級者でも、少尉くらいまでは昇格しているはず。


(アリシアの移動はよろよろしているし、射撃精度も悪いようだ……。うん?)


 銃撃音が小刻みに、パパパンッ、パパパンッと響いてきた。

 アリシアは射撃ボタンを押し続けないですぐに離すことにより、反動で銃口が跳ね上がらないようにしているのだ。


(初心者が指切ってる? あ。狙いが甘いとはいえ、手榴弾や閃光弾を使うタイミングは申し分ない。BoDは不慣れだけど、他のFPSはやったことあるって感じかな?)


 人のことは言えないか。

 僕も《Battle of DutyⅡ》はやりこんだけど、《Battle of DutyⅤ》は昨日始めたばかりで、オンラインプレイ3時間程度の素人。


 過去の経験を生かして戦うだけの糞雑魚だ。

 ひとりで最高難易度をクリア出来るか分からないし、アリシアと連携しなければ……。


 僕はアリシアを狙っている敵を優先して倒すことにした。


 意外なことに、初めて同じ戦場に立ったにしては連携が上手くいく。

 アリシアは僕の張った煙幕に戸惑っている様子はないし、援護射撃のタイミングに合わせて移動しているようだ。


(セオリー知っているっぽい。やっぱ、BoDは初心者だけど、他のFPSの経験者か)


 あっ。やばい。

 アリシアが背後から狙われているけど、気付いていない。


「チェック、シックス!」


 思わず看板の反対側に向かって声を投げてしまった。

 方角を時計盤に見立てて六時方向、つまり後ろを見ろと警告したのだ。


「OK. Target down」


 やった。少女と会話成立!

 僕の英語が通じた!


 ……と喜んでみたものの、やはりというか、当然というか、アリシアの声はSinさんとは似ても似つかない、幼く可愛い声だった。


 Sinさんが据え置きゲーム機と携帯ゲーム機とでプレイヤーIDを別にしている可能性もあったけど、声が違うのだから別人確定だ。


 協力プレイ用の小さなマップは、佳境に突入した。

 ふたりでヘリの着陸地点を護りきれば、戦場から脱出してクリアだ。

 十名近い敵の増援が僕たちを狙い、四方から迫ってくる。


「プランティン、クレイモア!」


「OK」


 やった、また通じた。

 対人地雷のクレイモアを設置したから気をつけてという意味だ。


 すげえ。

 ゲームで覚えた英語なのに、外国人と意思疎通できているじゃん。

 僕のへたくそな英語に、可愛い声が応じてくれるのって、なんか楽しい。


 程なくして敵の重戦車をRPGで破壊し、ステージをクリアした。


「Thank you」


「イ、イエス!」


 少女からの謝意を聞いてにやけている僕キメエ、なんて思っていたら、アリシアから対戦の招待メッセージが届いた。


「ん? 協力プレイじゃなくて、対戦プレイの申し込みが着た? 上等じゃん」


 アリシアが作製したゲーム待ち受け部屋は、四部屋ある一階建ての廃病院で戦うモードだ。


(兵科はランダム決定でハンデ設定なし? さっきの最高難易度をクリアできたのが、誰のおかげか分かっていないのか。いいのかなー。僕は大人気ないよ?)

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