第4話「キリギリスのタロ」

 キリギリスの集会では、タロの演説が終わったあと、華やかな宴が始まっていた。集会に参加していたキリギリスたちは、思い思いに楽器を奏で歌を唄う。そして、そんなキリギリスたちの楽しそうな様子を遠くからぼぉっと見つめるアリのマンサク。

 マンサクは思った。

 自分は長老フジの言いつけを守り、幼き頃から身体の悪い母親のためにと、来る日も来る日も働き続けた。働くことこそが、自分たちが未来永劫、安らかに生きてゆくための手段だと思っていた。しかし、ここに集まるキリギリスたちは違った。むしろ、働くことを否定している。人生とは楽しむことだと、自分の思うがまま楽器を奏で、歌を唄い謳歌している。彼らは多分、明日も明後日も働かないだろう。「マネの実」がある限り。

「なぁ、君、僕らと一緒にキリギリスの生活してみぃへんか!?」

 キリギリスのタロは、何かを思い悩むように佇むマンサクに声をかけた。

「えっ……、ボクもいいんですか!?」

「もちろんだ。さっき言うたやろ、これから頑張らないとあかんのは、この島の長老たちや。この島の住民は、働きすぎて今はもう疲弊し過ぎている。君もそうやろ。これからはマネの木をどんどん植え替えてゆくことで働かなくても良い世の中を一緒に作ろう!」

 そう言って、キリギリスのタロは優しい笑顔を浮かべ、アリのマンサクを抱きしめる。マンサクは、日々の暮らしによっぽど疲れていたのか、タロの暖かな胸の中で、気づけば涙をこぼしていた。

「頑張ったよ……。君は頑張った……。だから、これからは僕に頑張らせてくれ。もうすぐ、長老会の選挙がある。僕と一緒に長老会の選挙を戦ってくないか……」

「……はい」

 アリのマンサクは、キリギリスのタロの胸の中で大きく頷いた。

 煌びやかな楽器の音色や歌声に包まれる宴の中、熱い友情の抱擁を交わすマンサクとタロ。一方、キリギリスのミツは妖しく光る眼差しで、仲間たちの宴会を見渡し一人ほくそ笑んでいる。

「ミツさーん、こないだは素晴らしいお話ありがとうございます!」

 アリのマンサクに声をかけられたミツは、思わず我を取り戻したかのように柔和な笑みを浮かべ、マンサクに語りかける。

「おや、君はこないだ私に質問をしてきた若者だね」

「はい。マンサクと言います」

「マンサクくんか……どうした、何のようだい?」

「ミツさん、ボクにもっと『マネ理論』を詳しく教えて欲しいんだ。お願いです。そして、タロさんが長老になれるように、ボク応援したいんです!」

 そんな風に自分に必死に訴えかけてくるマンサクを、ミツはじっと見つめたあと、そっと右手を差し出す。

「いいだろう、マンサクくん。ともに古い体質の長老会と戦おう。今、アリの長老たちが信じているのは天道説だ。そして、私たちがこれから実行しようとする『マネ理論』は地動説。この国の新しい歴史の幕を開けよう」

 マンサクとミツはガッチリと握手を交わした。

 マンサクは、『マネ理論』さえあれば、この島での暮らしは劇的に変わると信じてやまなかった。

「……あ、そう言えばミツさん!?」

「なんだい!?」

「ミツさんって、キリギリスなのに楽器……弾いたりしないんだね」

 マンサクは、何も楽器を持たないミツを不思議に思いふと尋ねた。

「あ、あぁ、私はね、ずっと勉強ばかりしてきたら楽器はみんなみたいにうまく弾けないんだよ。キリギリスのくせに情けないね……」

 ミツのその言葉に、マンサクは慌てて頭を下げる。

「ミツさん、ごめんなさい! 変なこと聞いちゃって。今のこと、もう忘れてくださいーー」


 次の日から、アリのマンサクは働くことをやめ、キリギリスのタロを長老選で当選させるため、キリギリスのミツのもと「マネ理論」を学び始めた。そして、アリの仲間にも、その理論を普及させるために精力的に演説活動を始め出した。







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アリとキリギリス Dr.パンツ @dr-pantsu

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