第3話「アリのマンサク」

「おっかぁ、今帰ったよー。ほら、長老からもらったマネの実だ」

「マンサク…、いつもすまないねぇ。母さん、働けなくてごめんよ…」

 キリギリスのミツの話を聞いた後、アリのマンサクは身体を壊して働けない母親のために、マネの実を長老からもらい母の待つ自宅へと帰った。

「どうだ、うめーだろ、マネの実」

 そう言って笑う我が息子に、母もそっと柔和な笑顔を浮かべる。

 マンサクが生まれてすぐ、身体を壊し働けなくなった母は、自分の分まで幼い体に鞭を打ち働くマンサクに、ずっとひけめを感じていた。


 ーー私さえいなければ、この子はこんなに働かなくてもいいのに……。

 

 いつも、傷だらけになるまで働く我が息子に感謝と言うよりも、負い目を感じることの方が多かった。しかし、そんな母親の気持ちに気づいてか、マンサクは母親の前では絶対に弱音など吐かずいつも笑顔で笑っていた。そして、そのマンサクの笑顔は、今日は特に輝いているように思えた母親は、マンサクに尋ねた。

「マンサク…、今日はえらい嬉しそうだね。なんか、いい事でもあったのかい?」

「うん! おっかぁ、聞いてくれるか、ボク、今日すごい話を聞いたんだ」

「すごい話!?」

「そう、『マネ理論』ってやつなんだけどね」

「マネ理論!?」

 そう言って、今まで見せたことのないような笑顔を浮かべるマンサクに、母親も釣られて笑顔になって聞き入る。マンサクは、母親に渡したマネの実を指差し、目を輝かせて語り出した。

「コホンッ…。実は、この実をならすマネの木は雑木になっても、伐採して新しく植える事が出来るんです」

「何を言ってんだい、マンサク。雑木になったマネの木は燃やすことが出来ないので、伐採してもただのゴミになるだけじゃないか」

 母親からのその言葉に、待ってましたとばかりにマンサクは笑顔で母に答える。

「おっかぁ、マネの雑木は、実はボクらの資産なんだよ」

「マネの雑木が資産……?」

「そう、マネの雑木は資産なんだ。実はね、一度実をならしたら使い物にならないと思われていたマネの雑木は、それを集めて海浮かべていけば、なんと島を作ることが出来るんだ」

「…島!?」

「そう、島。マネの雑木で作られた浮遊島だ。その島は、もちろん住むことも出来るし、その島にさらにマネの木を植えることも出来る! つまり、ボクたちはマネの雑木が増えると住む場所がなくなると言うのは全くのウソで、雑木になったマネの木はボクらの住む場所を広げる事が出来る資産だったんだよ! だから、マネの木が雑木になる度に伐採してゆき、新しい島を作りながら、マネの木を新しく植え替え、植え替えして行くことで、永遠にマネの実を手にすることが出来るんだ! すごいだろ、おっかぁ!」

 まるで何かに取り憑かれたかのように饒舌に話すマンサクに、母親は少し戸惑いながら、静かに口を開いた。

「マンサク……。何をバカなことを言ってるんだい。そんな夢見たいなことは出来る訳がないじゃないか。私たちは、長老の言いつけを守り、マネの木に頼らないように働かなきゃいけないの。キリギリスさんみたいな事を言うもんではありませんよ」

「……」

 母親のその言葉に、マンサクは強く唇を噛み締めた。

 そしてーー。

 気づけば、ぽたぽたと頬に涙がこぼれ落ちていた。


 ーーボクはただ……おっかぁをラクにしたいだけなのに!


「おっかぁのバカヤロー!」

 マンサクは、家を飛び出し無我夢中に走った。

 そして、気がつけば、キリギリスたちが集まる集会に来ていた。

 その集会には先ほどのミツの横で、何やら涙を浮かべて演説している一人のキリギリスがいた。

「みんなはな、もう頑張らんでええねん。十分頑張ったやん。これから頑張らなアカンのは、この島を取り仕切る長老らや。だからな、だからオレに力を貸してくれ。オレが長老になってこの島を変えたるわ!」

 熱狂だった。

 集会に参加していたキリギリスたちは、力強く演説をする一人のキリギリスにみな心酔していた。

 そして、マンサクも心を奪われた。

 演説をしていたキリギリスの名はタロ。

 そして、そのタロの横には不敵に微笑むミツがいた。

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