第4話

 義豊が居なくなり、俺は無気力になっていた。


 “舞わずの太夫”は、舞えないだけじゃない。


 単なる人形の様になっていた。


 それでも物好きな客が来ては、俺を抱く。


 雇われ人に、なんとか飯を食べさせられる日々。


 食べる気力もない。


 むしろ、食べたら成長しちまうんだろ?


 男になっちまう。


 そしたら、俺はどんどん必要じゃなくなるんだろ。


 少しでも美しくいなければ。


 そんな俺の思いとは裏腹に、こんな状態の俺を見兼ねたおとっつぁんは、とうとう俺に客を入れなくなり「今は休め。」と、だけ言ってきた。


 俺は……、客すら当てられないのか。


 捨てられる。


 なら、死ぬしかない。


 俺は、鏡台に近付いた。

 そこには、小さな剃刀がある。

 それで、首を切ろうと思った。


 自害……終われる。

 そう、思ったんだ。


 鏡台の引き出しを開けると、そこには剃刀に紙が巻かれていた。


 その紙をめくると、それは義豊からの手紙だった。


ーーーーーー


 林太郎


 この度は、長い間、世話になり、感謝奉り候。


 我は、長州の出であり、密告のため、壬生浪となり、脱走した身。


 局中法度にて、脱走した者は、これ切腹となりけり。


 また、密告も失態したため、長州に戻っても打ち首となる身でありけり。


 この手紙は、いつか林太郎が我の様に逃げられなくなった時に読まれる様にと筆をとった。


 林太郎、お前は生きてゆける。


 どんな者より、強かで賢い。


 林太郎、生きろ。


ーーーーーー


 義豊。

 まだ生きてるか?

 

 俺は、生きてるよ。


 お前の手紙で、生まれて初めてって位、思いっきり声出して泣いたんだ。

 でも、泣いたら「生きてる」って感じられた。

 あと、そのせいですっかり声は枯れて低くなって男の声になっちまったよ。


 おとっつぁんが、俺に休めと言ったのも、客を取らせなくなったのも、全ておとっつぁんの考えだった。


 跡取りのいないおとっつぁんは、誰かにこの若衆茶屋を継いでほしい、と考えていたからだったらしい。

 ずっとここで育ち、ここでしか生きていけない。

 だから俺にこの若衆茶屋を継がせる準備をさせようとしていたって話さ。

 

 ちなみに、義豊。


 お前の事は、雇われ人もおとっつぁんも気付いていたってさ。


 客からもらっていた“小遣い”を、雇われ人に賄賂してたんだけれども、雇われ人もしっかり者で、その“小遣い”を受け取りつつも、自らの懐には入れず、おとっつぁんに義豊の事を伝えていたらしい。


 そのおかげで、よりおとっつぁんからしたら、俺への信頼が熱くなったそうなんだけへども。


 本当に、どいつもこいつも信用ならねえしまともじゃねえよ。

 

 でも俺、強かだろ? 


 義豊。

 俺、生きてくよ。

 腐ることなく、真っ直ぐに。


ーーーFinーーー



 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

舞わずの太夫 あやえる @ayael

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ