第3話

 義豊が来てから俺の生活は変わった。

 そりゃ、部屋から出られないし、案内された客を接待するだけの毎日。でも違う世界の奴が、襖の向こうにいる。それだけで、なんとなく心が救われたんだ。


ーーーーーー


 義豊の飯は、俺が米をおかわりするふりして握り飯を作っていた。もともと他の奴等より食が細い俺は、漬物やら干し焼き魚を残しがちだったから、それを義豊にこ握り飯の具にしてこっそり部屋に持っていっていた。

「おい!林太郎!最近お前、米よく食うな!」

 他の仲間が声をかけてきた。

「俺も育ち盛りになったのかもな。」

 適当に返答する。

「本当の女みてぇな容姿が崩れねぇ様に気をつけろよ!舞わずの太夫!いや、“舞えずの太夫”さんよ!」

 俺は、カッとなった。いつもならここで悪態をつく。でも、そしたら奴らの思うツボで、また悪戯されかねない。俺は、耐えた。

「舞えない分、床の作法が大変なんだよ。だから最近腹がいつもより減るようになった。それだけだ。」

 仲間達の中には、箸を落したり顔を見合わせてる奴もいた。

 そりゃそうだ。口達者で喧嘩っ早い、あの林太郎が口答えしなかったんだんもんな。食場は静まり返り、変な雰囲気になる。

「はっはっは!林太郎!大人になったな!」

 豪快な笑い声とともに、その空気を壊してくれたのは、おとっつぁん。

「おとっつぁん、俺だってもう十三だぜ?」

「十三?!まだまだ子供だろうがよ!しかし、林太郎?声が少し枯れてねぇか?」

「あぁ、なんとなく声が枯れて。最近、客多いから……喘ぎ疲れかな?」

 朝からなんの話をしてるんだ、と自分でも思ったが、義豊の事がバレる方が嫌だった。

 俺、いつかは義豊がいなくなる事わかってる。それでも、ここしか知らない、ここでしか生きられない俺にとって、義豊がいるって事で、なんか心が救われたんていたんだ。


 部屋に戻って、雇われ人も廊下にいないことを確認すると俺は、襖を開けて義豊に握り飯を渡した。義豊も、雇われ人がいない時を狙っては、ここを抜けたし、外で厠やら近くの河原で身体を洗っているらしい。にしても、俺が客からもらった「せぼん」を貸してやってるから、十八の男から良い香りがして笑えてくる。まあ、香り自体は部屋にお香を炊いてるから、客にも、雇われ人にも、おとっつぁんにもバレてないみたいだけれども。


「なあ、義豊?いつも襖越しに、俺の接待が聞こえたり、あわよくば覗けるだろ?変な気にならないのか?」

「は?お前、男だろ?」

「男だけれども、見た目は女だぞ?自分で、言うのあれだけど、俺は女より美しい自信もある。」

「すげぇなあ。林太郎は。……似てるんだよ。」

「似てる?」

「俺の惚れた幼馴染に。そいつは小さな頃、病で死んじまった。だから余計にお前には、変な気は起きねぇんだ。」

「……え?まさか十八で……まさか……お前。」

「安心しろ。一応、女は抱いた事はある!それに、やっぱり、お前は男だよ。華奢とはいえ、肩幅や、声は男になりつつあるだろ?」

「え?」

「特に、声。日に日に低くなって来てるし。そのうち、髭とか、それこそ毛とか生えてくるんだろうな。」

「そんな……。」

「当たり前のことだろ?」

「困る!」

「は?」

「美しくなければ……女の変わりじゃなければ……客の相手が出来なくなる。ここに居られなくなる!そしたら俺、捨てられるのか?生きていけなくなる!」

「おいおい!林太郎、落ち着けよ!そりゃお前は綺麗だけど。それだけじゃないだろ?作用や所作がある。それに頭もキレるじゃねえか。俺、林太郎の事ずっと凄えな、と思っていたんだ。だから余計に変な気が起きなかった。むしろ尊敬してるよ。」

「俺が……凄い?」


 初めてそんな事を言われた。


「あぁ。だって、十三で色んな客の相手を身体だけじゃなくて、話でも相手してるんだ。正直、身体の声より、客と話してる林太郎の声の方が俺は好きだぜ?」

 俺は泣きそうになっていた。そんな時に下から鈴の音がした。これは俺の部屋に、上客の来る知らせの音だった。

 俺は襖から離れ部屋の真ん中へ戻る。

「“舞わずの太夫”。噂通りの美しさだな。」

 客が俺を見つめる。

「ん?なんか目が潤んでないか?」

「作用でございますか?」

 俺は泣くのが堪えられなかった。だからその時は、いつもより悦んでいるフリをして、涙を流した。本当に、義豊から言われた事が嬉しくて。本当に泣いていたんだ。


ーーーーーー


「林太郎。声といい、身体つきといい、最近男らしくなってきたな?」

 おとっつぁんが、俺に話しかけてきた。

「他にも男らしい奴ならたくさんいるだろ?」

「まあな……。でもアイツらは、舞えるから。例え舞えなくても、普通の“男”として生きていける。しかしお前は、その足だ。」

「おとっつぁん?なんだよ?」

「“舞わずの太夫”は……、舞わずに客はとれない。」

「え?」

「実はな、最近、男になりつつあるお前から離れている客がいるんだよ。」


 確かに最近見なくなった客はいた。


「まあ、より若い奴を気に入ってもらって店には来てもらえているがな。」


 俺は、背中に冷や汗がつたうのを感じた。


「林太郎、ずっと“舞わずの太夫”だったんだ。暫く客を入れるのを辞めてみるか?」

「そんな……。困るよ!なんだってする!」

「林太郎!落ち着け!いつまでも同じやり方じゃいけねぇんだよ!」

「そんな……。」


 おとっつぁんはそのまま部屋を出た。

 俺は、部屋の中でひとりしゃがみ込んでいた。そして襖に近付いた。


「義豊……。聞いてたか?」

「あぁ。」

「義豊、俺こんな足だしよ、普通に生きていけないんだ。いや……普通ってなんだよ?ここにいる奴等も……ここに来る奴らも……普通の奴なんていないじゃねぇか!どいつもこいつも!こんな身体の俺の方がよっぽどまともで普通だよ!」

「……林太郎。」

「義豊。ここを出る時、俺も連れて行ってくれよ。」

「……それは、無理だ。」

「なんでだよ……。あぁ、あれか?そりゃそうだよなぁ。お荷物でしかないもんなぁ。」

「それは違う!」

「何が違うんだ!」


 俺は、気が付いたら義豊を押し倒していた。

 

「……林太郎。」

「じゃあ……俺が。お前が俺を必要になる様にしてやるよ。江戸の噂話……“舞わずの太夫”の所作……その身体に、たっぷり教え込んでさしあげましょう?」

「林太郎!辞めろって!」

「幼馴染の名前、呼んでもよろしいですよ?」

「林太郎!……林太郎!」


 俺は、義豊の唇を自分の唇で塞いだ。

 でも、義豊はそれに答えてくれなかった。


「……なんで、答えてもくれねぇんだよ。」

「……答えられるかよ。」

「……畜生。」

「……世話になった。本当にありがとう。」


 そのまま、義豊は部屋を出て行った。



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