第2話

 俺は、生まれつき足が不自由だか、なんとか杖があれば歩ける。しかし、長い時間は歩けない。階段は使えるわけないから、いつも雇われ人に抱えられている。平坦な道しか使えない。あと、店の“上質商品”だから、何かあったり、逃げ出さないように、とだいたいいつも、店の雇われ人の誰かしらが側にいる。……逃げ出したくても逃げ出せないし、逃げられないのにな。


 客の中には、線香代とは別に、秘密で“小遣い”をくれる奴もいる。でも、こんな“小遣い”、使い道や使い方がわからない。だからどんどん“小遣い”は、貯まっていっていた。


 部屋から出て、たまに店の外を見る。風が気持ちいい。

「林太郎さん!そんな窓から身を出してもし落ちたりしたら!」

 雇われ人に声を掛けられた。

「うるせぇな。いつも舞台裏の日の当たれねぇ所に閉じ込めさせられてるんだ。こうややってせめて外の風感じなきゃ、気が狂いそうってもんだぜ?」

「林太郎さん……。」

 なんとなく、俺は察した。

「あの……俺。」

 わかってるよ。

「本当に……すみません。」

 雇われ人は、部屋に俺を抱えて連れ戻して……ずっと「すみません、すみません。」て言いながら俺に好き勝手してきた。

 もう慣れたし、人の情が飛ぶ瞬間も察してしまえる様になった。

 無心で堪えて、無かった事にしてやる。

 だって、じゃないと、俺はここでしか生きていけないから。


ーーーーーー


 いつも通り、窓から店の外を見ていた時だった。一人の男が凄い怯えた表情でキョロキョロしながら歩いていた。凄い汗だった。

 なんとなく気になった俺は、そいつに声を掛けた。


「おい!」

 そいつは、ビクっとしてよけいに周りを見渡す。

「こっちだよ!上だよ上!」

 男は、俺と目があると、目を擦って見開いていた。

「なんだよ?アンタ、盗人かなんかかい?」

「ち……違います!」

「にしては、逃げてるか……追われてんのか?」

「……まぁ。」 

 気の弱そうな奴のくせに、くたびれた着物の割に腰に刀を刺している。

「なんだよ、アンタ。ははあん?もしや浪士とかそんなか?」

「……浪士。そうですね。」

「浪士とか、侍ってもんはもっと堂々としてるもんだ。その汗、話し方。刀が泣いちまうぜ?」

「……事実、追われているんです。」

 俺は、いつも変わらない毎日に嫌気がさしていたのか、その男の事が気になった。

「おい!下の扉あるだろ?そこから静かに入ってこいよ?」

「え?」

「いいから!追っ手が来る前に早く!」


 男は、俺の言う通り、静かに入ってきた。

 それは窓の所から杖を使って廊下で男が上がってくるのを待ち、自分の部屋に招き入れた。

「こっちだ。」

 俺は、小さな仕切の裏に男に隠れるように伝えた。

 すると外から壬生浪が「こっちに来たはずだ!」と、話しながら歩いているのが見えた。俺は興奮して、男の所に戻って話しかけた。 

「今、壬生浪が通ったぞ?もしかしてお前、長州とか薩摩の者か?」

「はあ?!」

「だって、じゃなきゃ壬生浪に追われないだろ?」

「……じゃ、じゃあそういう事にしておこう。」

「すっげえな!本当の壬生浪に、目の前には……世間様の話が目の前で起きてんだ!」 

「世間?」

「そうなんだろ?」

「……ま、まあ。」

「俺は林太郎!アンタは?」

「義豊……。」

「年は?」

「あ?……じゅ、十八!」

「俺は十三だ!はは!義豊は俺より大人のに低姿勢なんだな。気に入った!追っ手から逃げられるまでこの襖裏に隠れてなよ。飯なら、俺ので良ければ分けてやる!」

「……アンタ、いい奴だな。」

「なんとなく、義豊の事気に入ったんだよ。」

 初めて、客以外、仲間以外の人間。ここにいると普通やまともって事がわからなくなる。だから、違う世界の奴に触れてみたかったんだ。


 その日からの数日は、俺の忘れられない日となった。

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