12/24 ヒイラギの子守歌

 二日酔いで、長椅子に寝っ転がってウダウダしていたらバシン! 派手にドアをあけてレディが入ってきた。

 ビュウウウと雪混じりの風が吹きこみ、部屋の温度は急降下する。あまりの寒さに、僕はバッタのように飛び起きた。


「ちょ、寒いよ! いきなりそんな……」

「ねえ! 今日は24日よ。そんなダラダラしてていいの?」


 え……。あ、そうだ、24日! うっかりしてたけど、いわゆるクリスマス・イブってやつじゃないか。25日のことばっかり気になっていて、すっかり頭から抜け落ちていた。


 反射的にカレンダーに目をやれば、そこには『まだ寝かせて♡』の文字。

 ——? 毎回のことながら、よくわからない。あとちょっとイラッとするのは、僕の心が狭いせい? でもきっと、一日が終わる頃には意味がわかるんだろう。毎回そうだから。


「明日が本番なわけだけど、本当に、本当に、本当に、本当に、大丈夫なんでしょうね?」と、これまでになく心配してくるレディに、こちらの気持ちにも迷いが生じてくる。


 、大丈夫だと、言い切ることはできるのだろうか。


 「……」


 またたく間に不安でいっぱいになってしまった僕は、改めてプディングの状態をチェックすることにした。


 見た目は……うん、大丈夫そう。

 で、味は……? 少しだけ端のほうをちぎって口に入れてみる。

 よし、これも問題な…………………………

 …………………………あ、あれ?


 稲光に似た、衝撃が走る。


 なんだろう。それぞれの食材の個性は際立っているのに…… 微妙に一体感がないというか……。


 サンタクロースは『美味しいクリスマス・プディングを完成させてね』って書いていた。


 このプディングは美味しい。十分、美味しいとは思う。

 でも僕の目指す味と、僅かに生じている“ズレ”。



 何が足りない? もう一欠片だけ食べてみる。


 ……ああ。完全に合点がいった。


 そうか。足りないのは、おそらく——『時間』。


「レディ……」

「なによ。問題でもあったの?」

「問題というか、なんというか……。思ったより熟成が進んでいないみたいなんだ。あと数日寝かせることができれば良かったんだけど……。この具合だと、明日はちょっと厳しいかもしれない。」言いながら、絶望的な気持ちに襲われる。 


 ——失敗だ。完全に失敗した。時間ばかりはどうしようもない。

 けれど、自分が自信を持って美味しいと思えないものを、完成品として出すことは僕にはできない。

 やっぱり向いてないんだ……暗い考えが喉元にまで迫り上がって、呼吸がどんどん浅くなるのがわかる。

 なのに、レディは話を聞くとフッと眉根を開き、笑い出した。


「なぁんだ、そんなこと!」



 ◇



 数分後、僕は、白い布でグルグル巻きにしたプディングを抱えて、レディと一緒に森にきていた。


「これは、どういうこと?」

 この期に及んで、という気もするけど、一応聞いておこう。


「え? だからプディングを寝かせにきたのよ。この森の木はね、みんな赤ちゃんを寝かしつけるのが得意なの。ちょうどいま、このヒイラギの手が空いてるから、寝かしつけをお願いしようと思って。赤ちゃんもプディングも似たようなもんでしょ」


 同じ? 同じかな? ちょっと今、似たビジュアルになってるけど、でもやっぱり違くない? 


 そんな此方の困惑をよそに、ヒイラギはいそいそと腕、もとい枝を伸ばしてくる。


「渡しちゃってもいいの?」

「ふふ、信用していいわ。ヒイラギは家族を大切にする木だから。一度腕に抱いたものは、大切にしてくれるわよ」


 木にも性格というか性質というか、そういうものがあるのか……。

 一度盗まれているからか、プディングを預けることに抵抗を感じる。 

 でもレディがこれだけはっきり言うんだから、きっと大丈夫なんだろう。ここでグダついててもしょうがない。プディングを美味しくするために寝かせる時間が必要なのは、間違いないんだから。

 僕は意を決して、ヒイラギにプディングを任せることにした。


 トゲトゲの葉っぱが当たらないよう、ヒイラギは器用にプディングを抱き、それこそ赤ちゃんを寝かしつけるように優しくゆする。


 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら


 表情とかそんなのは分からないけれど、何となくプディングも喜んでいるようにみえた。


 ヒイラギの葉が擦れるザヤザヤという音が子守唄のように心地よく響き、だんだんこちらの瞼も重くなってくる。


 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら


 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら


 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら

 ゆらゆらゆら ゆらゆらゆら



 ……ぐふっ!!



 半分寝かけていた僕のみぞおちに、したたかぶつかってきたのは他でもない、プディングだった。

 バインッと勢いよく跳ね返るそれを、慌ててキャッチする。


 どういうことなの、これ……。困惑の視線を向けると、レディは悪びれることもなく、さらっと言ってのけた。


「言い忘れてたわ。ここの木たちって、ひとつだけ欠点があって、寝かしつけの最中に自分も一緒に寝ちゃうの。だから、ちゃんと見張っていて、落としたらキャッチしてあげてね」


「えっ」


 いまの様子だと、わりと頻繁に落とす感じだよね? 

 “家族を大切にする”っていう話は、どこにいったんだ?!


「寝かせたいんでしょ。なら、やるしかないわ」


 スタンスを崩さないレディは、我関せずとばかりに、積もっていた雪で雪だるまを作り始めた。キャッチをするのは、あくまで僕のつとめということらしい。


 色々言いたいことはあったけど、これまでの経験が、そんなことしても無駄なことを証明している。僕は心を無にすることにした。


 ゆらゆらゆらゆらゆら  キャッチ

 ゆらゆらゆら キャッチ

 ゆ キャッチ


 これを、ひたすら繰り返す。


 そういえば、干し葡萄を捕まえた時もこんな感じだったっけ。胸の感覚に、懐かしさがよぎる。


 あの時はここに来たばっかりで、もう夢中で……。


 明日は25日だっていうのに、来た時とあんまり変わらないことをしているのは不思議な気がする。


 けれど僕の感覚とは別に、無意識に経験は力になっていたみたいで。


 日がな一日、いつ落ちてくるか分からないプディングを受け取っていたにも関わらず、僕はその日最後までちゃんと立っていられた。すごく疲れたけど、でも前みたいに膝から崩れ落ちるようなことは無かった。


 そんな僕を見て、レディはとてもビックリして、そして……どういう訳か一瞬寂しそうな顔をした。いや正確には、した気がした。それは本当に一瞬で、もしかしたら見間違いかも知れないけれど。


 ……ともかく、プディングの熟成具合は、文句のつけようがないくらい良い状態になった。

 それに、プディングを落としまくったことに恐縮したヒイラギからは、プディングの上に乗せる飾りにピッタリの『ピカピカとした葉っぱ』をもらえた。



  ——さあ、明日はいよいよ勝負の日。クリスマスだ。



 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 以下、登場したマザーグースの紹介


『Hush-a-bye, baby, On the tree top』

(ねんねんこ あかちゃん)


 Hush-a-bye, baby, On the tree top,

 When the wind blows the cradle will rock;

 When the bough breaks the cradle will fall,

 Down will come baby, cradle, and all.


 ねんねんこ あかちゃん

 ゆりかご きのうえ

 すやすや おやすみ

 風が吹くとき ゆりかご揺れる

 つよく吹くとき ゆりかご落ちる

 あかちゃん ゆりかご もろともに

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