12/23 渡すものか!

 意外なことに、城門の近くに見張り等は一人もいなくて、僕らはあっさりと城に入ることに成功した。


 入り込んだ城の中には、とても食欲をそそるイイ匂いが漂っている。


 焼ける肉と脂、果物それにスイーツ……?


 右も左もわからないなか、鼻の感覚だけを頼りに進む。

 盗んだ相手がそこにいるかは分からない。けれど食べ物があるところに、きっと誰かはいるはずだ。


 人気ひとけのない幾つもの廊下を進んでは曲がり、階段の上り下りを繰り返して、たどり着いた場所は……


 ——大きなパーティ会場だった。


 極彩色の衣装に身を包んだ動物や魚に虫、それにどう表現したらよいか分からない奇怪な客人たちが、ごった返している。


 真ん中にデンと置かれた、端の見えないほど長----いテーブルの上にはこぼれ落ちんばかりの大量のご馳走。城全体に漂っていた良い匂いの正体はコレだと、一目で分かった。


 話し声と鳴き声が入り混じる、華やかな喧騒。

 そのなかで、人だかりが出来ている、ひときわ賑やかな一角がある。


「何に集まってるんですか?」

 僕はちょうど隣にいた、てんとう虫に聞いてみた。


「彼らは燃えているのさ、メラメラと。どちらが真のクリスマス・プディング好きか白黒つけるって。勝負に勝ったほうが、プディングを総取りよ」触覚をピクピクさせて、興奮気味にてんとう虫は答える。


 クリスマス・プディングだって?!


 体をくねらせ、ずいずいと人の輪の中心に向かって進むと、果たして、そこではライオンとユニコーンがチェスの試合の真っ最中だった。


 二匹の間に置かれた台には、白い布の包みがトロフィーのごとく鎮座している。


「レディ!!!……って、あれ?」


レディは既に動いていた。

カツカツ! 大理石の床に鋭く打ち鳴らさせるヒール。勢いよく左右に揺れる金の巻き毛。チェス盤の横へ一直線に進む。


「アンタたちぃぃぃ!!! 人から盗ったプディングをかけて勝負とは、いい度胸してるわねぇ!!」


 2匹は、ギョッとしてチェスを指す手を止めた。


「……な、な、なんなのかね君。突然やってきて失礼ですぞ」

「全くもって、失敬な輩であーる」


 2匹がレディに気を取られてる隙に、僕は姿勢を低くして進み、包みに近づいて中を確認する。


 うん。見た目も同じだし、何よりこのスパイスの香り。僕が何時間もかけて調合したものに間違いない。絶対に忘れるものか。


 そうと分かったら、さっさと返してもらう! と、包みを手にしたらライオンとユニコーンがバッと腕を広げて行手を阻んできた。


「ど、ど、泥棒はいかんですぞ!」

「盗っ人なり。盗っ人なーり!」

「はああ??? 泥棒はアンタたちでしょーが!!!」

 

 プディングを挟んで睨み合う、僕らvsライオンとユニコーン


 なんだ、なんだ! 喧嘩か??

 パーティの参加者たちがざわめき始める。


 ザワザワ、ザワザワ。


 それは勢いを次第に増し、会場全体へと広がっていく。誰も彼もが不安げな顔で、小声であるいは大声で好き勝手に話し、かかっていた優雅な音楽もかき消されてしまった。



「…………騒がしいのぉ。どうしたというんじゃ」 


 突如放たれた、会場を震わす低い声。

 広間の一番奥に座っていた、王冠を被った大柄な老人が立ち上がるのが見える。


 王様だ、王様がお怒りだ……。客人たちは瞬く間に鎮まり、潮が引くように道を開ける。その間を王様と呼ばれた老人が、赤く長いマントをズルズルと引きずりながらやってきた。


 2匹は先を争うように王様の前に行き、ひざまずく。


「お、お、王様! 何やらこの者たちが我々に言いがかりをつけてくるのでございます」

「左様でーす。このプディングは、私どもが作ったもの。なのに、自分たちのものだと言いやがるのでーす」


レディの額にピキキと青筋が立つ。


「嘘おっしゃい! アタシたち、盗んだやつの足跡を追ってきたのよ。まさにアンタたちみたいな“蹄”と“肉球”の跡をね!!」

「足跡? ハッハッハ、そんなもの、もうこの雪で消えちゃってまーす。証拠なんてどこにもないのでーす」

 ユニコーンが、窓の外——その向こうにはふたたび雪が舞い始めたのが見える——を蹄で指して、ふてぶてしく笑った。


「なんですって?!」

 殴りかかろうとするレディを、僕は慌てて押し留める。



「フォッフォッフォッ。はてさて、どちらが真実を言うておるのか」

 そこまで黙って聞いていた王様は、ギュッと目を細めた。


「でものぅ、肩を持つわけじゃあないが、この若者とお嬢さんは、ここ数日クリスマス・プディングの材料を集めておったことは事実のようじゃ。この前も『ミルク』を捕まえていたと、ホレ、うちの楽団の猫が言うておる」

 王様の後ろから、バイオリンをもった猫がひょこりと顔をのぞかせ、パチンとウインクをしてくる。


(あっ……! あれは月の牧場でバイオリンを弾いていた猫じゃないか。こんなところで再会するとは)

 

「おおそうじゃ、自分たちでこさえたと言うなら、当然、中に何が入っているか答えられるじゃろ。それ、言うてみよ」


「えっ……」

 2匹は顔を見合わせ、お互いをつんつんと小突き合う。


「おや、答えられないのはおかしいのぅ。——では。そなたらは、どうかの?」

 王様はこちらを向き、にこりと微笑んだ。明るい茶色の瞳が、イタズラっぽく光るのがみえる。


「はい! 材料も、なんなら作り方もぜんぶ言えます!」


 僕は大声で答えた。そんなの言えるに決まってる。こっちは、レディと一緒に必死で材料を集めて作ったんだ!


 それから僕はスラスラと、材料とその手に入れた方法、さらに作り方まで事細かに言ってやった。


 王様はウンウンとうなづき、ジロリと2匹に目をやる。


 無言の圧力。


 「……………」


 観念したらしく、2匹はガクリと頭を下げた。


「……わ、わ、私どもが盗みました」

「あまりに美味しそうなプディングだったのでーす。申し訳ないのでーす」


 王様はゆっくりと、優しく、2匹の頭の上に手を置く。ただその後に発した声は、それまでのどこか呑気さをたたえたものとガラリと変わり、氷のような冷たさをたたえていた。


「……盗みに、嘘まで重ねよって。お主ら、白黒つけたいとチェスをしておったが、盗みを働いた時点でどちらも『有罪』じゃ。少し反省が必要じゃの」


 途端に王様の手は、鉤爪を持つ巨大な手に変わる。シワがれた真っ黒な皮膚から生える鉤爪が牢屋のように2匹を閉じ込め、ギリギリと握りこんでいった。


「はっ、ひっ、ど、ど、どうかお慈悲を……!」 

「ちょっと魔がさしただけなんでーす!」


 叫びも虚しく、“手”によってクレーンゲームのように掴まれた2匹は、シュルシュルシュルシュルと王様のマントのなかに引き込まれていって……そして……あっという間にその姿を『消した』。


 残ったのは恐ろしいほどの静寂。


 パンッ!

 王様は手を打ち鳴らし、静まりかえる広間に号令をかける。


「——さあ、仕切り直しじゃ。音楽を!!!!」


 ハッと呼吸を合わせ、猫のバイオリン楽団が華やかなワルツを奏で始める。場の空気が一瞬で変わり、客人たちも、今までの騒ぎなんて初めからなかったように飲み食いと談笑に戻っていった。


 気づくと、僕とレディの手には小さなグラスが握られている。


「不快な思いをさせて悪かったのぉ。お詫びといってはなんじゃが、そなたらもワシのパーティを楽しんでいってくだされ。——ブランデーは、お好きかな?」


 王様が並々とお酒を注いでくる。

 早く帰りたいけど、こんなの断れるわけない。だって、たぶん、変なことしたらあの“手”に掴まっちゃうんだろ?


 ブランデーの引き込まれるような香りに、普段はあまり飲まない僕もうっかり口をつけてしまい……


 はっきり言って、それからの記憶は曖昧だ。


 ただ、3匹の目が見えない鼠とトランプで神経衰弱をしたり、やけに似ている双子と当てっこゲームをしたことは、うっすら覚えている。

 職場の愚痴をレディにぶちまけて『アンタ、泣き上戸なのね』なんて呆れられた覚えも、なくはない。


 ともかく、したたかに酔ったことは、確か。


 素面に戻った時には、『クリスマス・プディング』と『ブランデーの小瓶』を抱きしめて、僕はあの厨房の床に寝転んでいた。



 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 以下、登場したマザーグースの紹介


『The Lion and the Unicorn』

(ライオンとユニコーン)


 The Lion and the Unicorn,


 Were fighting for the crown,



 The Lion beat the Unicorn, 


 All about the town.
 


 Some gave them white bread,

 And some gave them brown,

 Some gave them plum cake,

 And sent them out of town.



 ライオンとユニコーン

 王冠かけて戦った


 ライオンがユニコーンをやっつけて

 街のあちこち追いかけ回す


 白パンあげて

 黒パンあげて

 プラムケーキもあげてから

 どちらも街から追い出した



『Old King Cole』

(コールの王様)


 Old King Cole

 Was a merry old soul,

 And merry old soul was he;

 He called for his pipe,

 And he called for his bowl,

 And he called for his fiddlers three


 Ever fiddler, he had fiddle,

 And a very fine fiddle had he,

 Twee tweedle dee, tweedle dee, went the fiddles.

 Oh, there's none so rare.

 As can compare

 With King Cole and his fiddlers three.


 コールの王様は 陽気なお方

 まったくもって 陽気なお方

 パイプをご所望

 お酒をご所望

 お抱えの、3人のバイオリン弾きを呼び寄せた


 バイオリン弾きのバイオリン

 いずれもすこぶる上物さ

 タリラリラリラァ タリラリラリラァ 一つ鳴らせば

 類い稀なる、その音色

 比類なき、その調べ

 コールの王様とバイオリン一座さ



※その他、パーティの客人たちは下記マザーグースからとりました。


『Ladybird, ladybird fly away home』

 てんとう虫、飛んでゆけ


『Three blind mice』

 3匹の目が見えない鼠


『Tweedledum and Tweedledee』

 トゥイードルダムとトゥイードルディー


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