12/20 月の牧場

 ホウホウとフクロウがなく夜の森を抜け、行き着いた丘の上には、ポツンと一つ、小さなボックスがあった。

 遊園地のチケット売り場に似たそのボックスの中には、やせっぽっちの男がひとり。粥のようなものを啜っている。


 僕たちが近づくと、男は粥を脇に置き、煩わしそうに「大人一人につき、2枚だよ」とアクリル板越しに言ってきた。


 レディは慣れた仕草で、砂糖のコイン——これは先日手に入れた砂糖の一部を使ってレディが僕に作らせていたもの——を4枚わたす。


「へい、まいどあり」

 男はそういうと、縄を2本差し出してきた。

「投げ縄はこちらをお使いくだせぇ。馬はこちらで選ばせてもらいやす。あと牛を捕まえられんのは、音楽が鳴ってる間だけなんで。そこんとこ、ご注意くだせぇ」


 投げ縄? 馬? 牛……? そんなことより、ここはどこ?

 そう僕が思った瞬間、つる草で柵のように周りを囲まれた広大な牧場が、目の前に現れた。


 ンモォー ンモォー 

 月色をした牧場の中で、数えきれないほどの牛が、夜中だと言うのに騒がしく鳴いている。


「ねえ、レディ。ここは……?」

 牧場に足を踏み入れながら、一応聞いてみた。

「見ての通り『月の牧場』よ。月がやってるだけあって、いい牝牛めうしがそろってるの。アンタ、生クリームがほしいって言ってたでしょ」

「うん」

「いい生クリームは、いいミルクから。いいミルクは、いい牛から。そして、いい牛を捕まえるのは、いい『カウボーイ』の役目。そうよね?」

「……」


 正直、なんとなく予感はあった。

 真夜中に僕を叩き起こしに来たレディの服装が、明らかにいつもと違っていて、追い立てられるように似たような服に着替えさせられたときから。

 頭にはウエスタンハット、肩部分に切り返しが入った厚手のシャツに、デニムジーンズ、それに丈夫で尖ったブーツ。手には、ついさっき男から渡された投げ縄。

 さらに、僕らは牧場に足を踏み入れると同時に、いつのまにか馬に乗っていた。


 ——これは、どっからどう見てもカウボーイ&カウガールだ。


 もう、深く考えずに、牛を捕まえるしかないんだろう。

 僕は諦めと緊張で小さく息を吐いた。


『ミュージック、スタート!!』


 男が始まりを告げる。途端に、ヒョロロンヒョロロンシャンシャンシャン。陽気な音楽が鳴り出した。みると、気取った仕草で猫がバイオリンを弾き、それに合わせて犬が小さなシンバルを叩いている。


 へえ、生演奏なんだ。すごい……。うっかり見入ってしまいそうになる僕を、レディが急かしてくる。

「音楽が鳴っている間が勝負よ! どの牛にする?」


 そうなこと急に言われても——

 見渡す限り牛、牛、牛。違いなんてわから……


 と、そこで一頭の牛に、目が釘付けになった。月の光を透かし取ったような青白い毛並み。スポットライトを浴びたように、それだけが特別に見える。


 うまく言葉がでない僕の視線の先をみて、レディは大きくうなづいた。「いいセンスしてるわ。早速捕まえましょ」


 はっ! レディが踵で馬の脇腹に合図をおくる。高らかにいななき、馬は疾風のように駆け出した。


 慌てて僕も、真似をする。ヒッヒヒーン。情けない声をあげて、僕の馬も駆け出したけど、どうも落ち着きのない走りっぷり。右へ左へ蛇行して、振り落とされないように掴まるだけで精一杯だ。


 困ったことに、僕の馬の迷走ぶりに、牧場の牛たちが皆騒ぎ始めてしまった。目当ての牝牛もさっきまで呑気に草をハムハムしていたくせに、ゴム毬のように跳ねながら逃げ始める。


「ちょっとぉ! 何やってんの?! さっさと挟み討ちにするわよ!!」

 レディが叫んでくるけど、返事することすらできない。

 こんなんで、捕まえることなんてできるのか?


 挟み討ちをすべく努力してみるものの、そのたびに馬が変な方向へ行ったり、牝牛がスルリとかわしたりで全然うまくいかない。レディも果敢に縄を投げるけど、そういう時に限って僕と僕の馬が邪魔してしまい、すんでのところで逃げられてしまう。


 あたふたしているうちに時間はどんどん過ぎていく。音楽も山場を迎え、フィナーレが近そうな気配が漂ってきた。


 早く捕まえないと!


 気合を入れ直し、僕はかじかんだ指にグッと力を込めた。

 と、その時——


「キャアアアア」

「タスケテーータスケテーー!」


 助けを求める甲高い声がする。

 どこだ? というか、僕ら以外に誰かいたっけ?


 慌てて声の方向に目を凝らすと、手を繋いだお皿とスプーンが走り回る牛の群れの中でオロオロとしていた。


 なんでこんなところに食器が?! いや、そんなことより、このままじゃ牛に踏み潰されてしまう!


 時を同じくして、あの青い牝牛がこっちに猛スピードで走ってくるのが見えた。


「早く縄を!! もう音楽が終わっちゃうわ」叫ぶレディ。


 そうだ、これは最後の大チャンス。でも、牝牛と僕の間には、お皿とスプーン……!! どうする……?!

 



 ——ッ!



 頭が答えを出すよりも先に、体が動いていた。


 お皿とスプーンのところにダッシュして、抱えこむ。

 そのまま逃げようとするも……思ったより、牝牛のスピードが速い!


 ぶつかるっ……!!!


 思わず目を瞑ると——

 モォオォオオ……!!! びっくりするぐらい大きな咆哮。


 恐る恐る目を開けると、例の牝牛は後ろに引っ張られ、前脚をバタバタとさせている。間一髪のところで、レディが牝牛の首に縄をかけてくれたのだ。

 その焦ったような安心したような表情が見えた瞬間、鳴り続けていた音楽はジャアアンというシンバルの音を最後に止まった。


 牝牛は一声鳴くと、クルリと体を丸め、僕の目の前で、“搾りたて”と書かれた大きなミルク缶に変わっていく。


「ステキ……ドキドキ シチャッタ」

「ナンテ イイオトコ……」


 気がつくと、腕の中で僕を見上げるお皿とスプーンの目つきが熱っぽいものに変わっている。


「ボクタチ……」

「ワタシタチ……」

「「アナタニ ツイテク」」


 へっ?


「あらぁ、モテるわねぇ。ま、いいんじゃない? プディングを乗せたり食べたりにちょうど良いわよ」


 ミルク缶に寄っかかり、必死で笑いを堪えながらレディが言ってくる。


 ……なんだかよくわからないけれど、僕はこの夜、搾りたての『ミルク』と、『銀のお皿』&『素敵なスプーン』を手にいれた。



 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 以下、登場(イメージ)したマザーグースの紹介


『The Man in the Moon』

(月にいる男)


 The Man in the Moon came tumbling down,

 To ask his way to Norwich.

 He went by the South and burnt his mouth,

 By eating cold plum porridge.


 月にいる男

 転がり落ちてきた

 ノリッジへの道を聞くために

 南の方を通ったら

 口を火傷してしまった

 冷めたプラム・ポリッジを啜って



『Hey diddle diddle』

(へい ディドル ディドル」


 Hey diddle, diddle

 The cat and the fiddle,

 The cow jumped over the moon;

 The little dog laughed

 To see such sport,

 And the dish ran away with the spoon.


 へい ディドル ディドル 

 ネコが バイオリンを弾き

 牝牛が 月を飛び越えた。

 イヌは バカ笑い

 これは見ものだ

 おさらはスプーンと逃げてった。



『Yankee Doodle』

(ヤンキードゥードゥル)


 Yankee Doodle came to town,

 Riding on a pony;

 He stuck a feather in his cap

 And called it macaroni.


 Yankee Doodle keep it up,

 Yankee doodle dandy;

 Mind the music and the step,

 And with the girls be handy.


 ヤンキードゥードゥル 子馬にのって

 町にやってきた

 帽子に一本 羽さして

 マカロニさ なんて気取ってる


 ヤンキードゥードゥル その調子

 ヤンキードゥードゥル いい男

 音にあわせて ステップ踏めば

 女の子は皆イチコロよ


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