12/21 プディング作り

 今日は、いよいよクリスマス・プディングを作る。


 難しい工程ではないから、一人でもやることはできる。けれど、今まで材料集めを手伝ってくれたレディと、できれば一緒に作りたい。


 ——そう思って、橋を訪ねてレディを誘ってみたら、意外なほどアッサリと承諾をもらえた。「少し待ってて!」と言って戻ってきたと思ったら、花柄のエプロンをつけていたのには不覚にもちょっと、いや、けっこう可愛いと思ってしまったのは内緒だ。


 すでに、干し葡萄とドライフルーツにしたオレンジとレモンはラム酒につけてある。

 砂糖とスパイスも昨日のうちにブレンドして、計量しておいた。

 小麦粉もふるって計量済み。

 ストーブの上のヤカン——そう、厨房にはいつの間にか暖をとることができるストーブが出現していた——には、お湯も沸かしてある。 

 そのほか、必要な製菓道具は初めから厨房に揃っていた。


「もう、ほとんど準備はできてるのね。私がやることなんてあるの?」

 レディは自分の着けてきたエプロンを、ピンと弾く。せっかく着てきたのに、ってことだろう。最近、彼女の言いたいことが仕草から何となくわかるようになってきた。

「もちろん」僕は、大袈裟なくらい頷いてみせた。

「まず、パン粉を作ってほしいんだ」 

 食パンを差し出すと、レディはトミーのことを思い出したらしく、苦虫を噛み潰したような顔をしながら受け取る。それでも、文句は言わず木製のすりおろし器でせっせと削りはじめてくれた。


 この間、僕はリンゴの細切りをつくる。皮はむかずに芯だけを除いて、そのまま包丁でサクサクと、薄く切っていくだけなので簡単だ。


 レディはすぐにパン粉を作り終えてしまったので、ボウルに入れたバターを木べらで練ってもらうことにする。

「どれくらいまでやったらいい?」

「——そうだな、ちょっと白っぽくなるまで」

 レディは意外と手つきが良くて、バターはあっという間に空気を含んで白っぽくなっていく。その頃には僕もリンゴを切り終えていたから、レディの横に立って砂糖とスパイスをボウルに加えていった。


 次は卵。いったん別の小さなボウルに割りいれる。満月みたいな黄色は、たしかに『至高』と思わせる艶めき。それを泡立てないように静かに溶いて、ボウルの中に注ぎ入れた。


 ここで役割をチェンジ。今度は僕が混ぜていく。


 レディに小麦粉を数回に分けて加えてもらいながら、ネバつきが出ないようにざっくりと木ベラを動かす。


 そこに作りたてのパン粉、切り立てのリンゴ、そして汁気を切った干し葡萄、オレンジ、レモン。躊躇せず、どんどん加えていってもらった。




「——そういえば、混ぜるときに願いごとをするといいらしいよ」


 ふと、うろ覚えな知識を思いだして口にすると、レディは緑の目をパチクリとさせる。


「……叶うの?」

「え? あ、うーん、絶対にとは言えないけど……でも、やってみて、もし叶ったら嬉しいんじゃないかな」

「ふーん……」


 しばらく考え込んでいたレディは、戸惑うように手を出したり引っ込めたりしたあと、僕がもつ木べらに手を添えて一緒にかき混ぜてきた。


「あるんだ? 願い事」

 レディはわりと現実主義者、あくまでこの世界でだけど、そんな気がしていたから意外だった。

「もう、うるさいわねぇ。別に、本気で思ってるわけじゃないわよ」

 ぶっきらぼうにレディは言うと、この話はお終いとばかりに力強く木ベラを動かす。だから僕も、それ以上追求することはしなかった。



 ◆


 生地がフルーツとまんべんなく絡んだら、あとは型に詰めていく。

 大きなプディング型にうっすらとバターを塗ってから、底に油紙を敷き、二人で協力してボウルの中身を流し込んだ。


 トントンと作業台に底を一、二度打ち付けて空気を抜いたら、表面を木べらでならして、上から油紙を被せる。


 もう一枚、型より大きめにカットした油紙で型の上を覆い、外れないようにぐるりと紐を巡らせて固結び。飛び出た余分な紐をチョキンとハサミで切って、一回り大きな鍋に入れ、型の半分くらいの高さまでヤカンのお湯を注いだ。


 鍋をストーブの火の、真上からやや外れた場所に置く。

 このまま湯煎でじっくりと熱を加えていくのだ。


「これ、どれくらいの時間かかるの?」

 レディがしげしげと鍋を見つめながら聞いてくる。


 そうだなぁ、僕はストーブの火加減を調整しつつ思案した。

「……だいたい日が暮れるまで、ってとこかな」

「うっそ、そんなに!?」


 確かに時間はかかるけど、鍋に湯が無くならないように継ぎ足しながら待つだけなので、手間はかからない。

 ただ、いきなり誘ったし、レディはもう帰りたいと思っているのかも……そう思ってチラッとみると、彼女は優雅な仕草でお茶のセットを取り出し、ヤカンに残ったお湯で紅茶を入れ始めている。

 このお茶セット、前も出してたけど、一体どこに隠しているんだろう?

 でもこの様子だと、最後までいてくれるつもりなのかな。僕もその方が嬉しかったりはするけど……。


 ——なんて思っていたら。


 ふと茶器から顔を上げたレディが、弾んだ声をあげる。


「ねえ! コータ、みて!」


 指された窓の向こうには、チラチラと白い雪が舞いはじめていた。


 朝からやけに寒いと思っていたけど、そういうことか。

 ガラス越しに伝わってくる冬の寒さに、ブルっと体を震わせると

「はい。特別よ」と、レディがカップを差し出してくる。


 身体にジワリと染み込んでいくような、飴色の温かい紅茶。

 それを飲みながら、ふたりで降る雪を眺めた。


 カタカタとストーブの上で、小さく鍋がなる。

 

 今、型のなかで、集めた材料たちは柔らかく固まり合い、クリスマス・プディングへと姿を変えていっている。


 ここまでくるのに、レディには助けてもらってばっかりだ。




 でも——


 雪に目を輝かせる彼女を横目に、自問自答する。


 僕は、レディに何をできるんだろう。




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