12/19 Sugar&Spice


「そろそろ砂糖とか香辛料を手に入れたいな」

 何気なくそう言ったら、レディは森の外れにある店に連れて来てくれた。


『Sugar&Spice』


 まさに僕の欲しかった“砂糖と香辛料”を看板に掲げたその店は、ごく普通の小さな雑貨店のようなのに、中はぐぅーーーっと奥まで広がっていて、まるで洞窟のようだ。


「このお店は男子禁制なの。コータは私の付き添いだから入れるのよ」レディが説明しながらカゴを持つ。僕も慌ててそれに習った。


 入って左側は色んな色と形をした砂糖の塊が、右側にはスパイスの瓶が、それぞれ大量に積み上げられている。


 ここでの砂糖やスパイスの名付け方は、僕のいた世界とは全然違うようだ。シナモンとかジンジャーだとかの代わりに『口笛』『泣きべそ』『カミソリ負け』だとかがラベルされている。


 どんな味なんだろう? 湧き上がる好奇心。これは面白そうな店に連れて来てもらえた。


 けれど、早速、と手を伸ばそうとして、ひとつ致命的なことに気づいてしまった。


 お金が、ない。


「支払いは、どうしたらいい? 全然もってないよ」

 コソコソと囁く。

「それは大丈夫。この店での買い物は、お金を必要としないの。でも……」と、そこでレディは言い淀んでから、

「ここからは、自分にピッタリなものしか持って出れないの」とため息をついた。


 レディのカゴの中には、いつのまにか自分で入れたと思われる『あきらめ』とラベルされた黒い砂糖の固まりが、ひとつ。それも凄く小さいやつが入っている。

 僕も詳しくはわからないけれど……これは、レディにあまりピッタリではない気がした。


「アタシ、ちょっとこの店、苦手なのよ。実は一度も買い物できたことがないの」


 そういうと、レディは入り口横のレジにカゴを置く。

 暗がりからノソノソと現れた顔の見えない店主は、中を見るやいなや、大きく首を振って戻っていってしまった。


「ほらね」

 レディは、ため息とともに『あきらめ』を棚に戻す。


 確かに、これは難しそうだ。僕だって自分にピッタリのものを選べと言われたら困ってしまう。……でも、人のだったら意外と……? レディの顔をみていると、何故かはよくわからないけど、それは出来るような気がした。


「じゃあ、今度は僕がレディにピッタリなものを選んでみてもいい?」


 衝動的に言えば、レディはムムっと眉を顰める。

 けれど「やってみたら? そんな上手くいくはずないけど」と一応、許してはくれた。


 よしっ! 急いで頭の中でレディのもつイメージをまとめ上げていく。そして、ある程度まとまったイメージができたら、それを味のイメージに変換していく。こういうのは、結構好きな作業だ。


 だんだん味のイメージが固まってくる。

 うん、あとは実際に味を確かめながら決めていこう。


 まずは砂糖。

『初恋』『真心』『流し目』などなど、どれも個性的な名がつけられている。僕は、それぞれお試し用の粉末を口に含み、味を念入りに確認した。


 レディのイメージだから、ちょっと最初は甘味が強くくるんだけど、後味はすっと抜けるようなのがいい。捉えどころのない感じ。ただ、時折見せる二面性というかそういう点も加味したいから……


 多少悩んだけど、僕は2種類の砂糖——粉雪のような細かさで軽い口当たりの『願い』と、ややパンチがあって、独特のエグ味がある『涙』を選んだ。


 次はスパイスだ。

 これも、何種類か組み合わせていきたい。


 一つ一つ香りを嗅ぎ、少しだけ舐めてみる。今までに感じたことのない刺激。瞬く間に僕は、周りの音が聞こえないほどスパイス選びに没頭した。


 不思議なことに、レディをイメージすると、どんどんインスピレーションが湧いてきて、味の選択に迷いが生じることはなかった。


 忘れかけていた感覚。久々に胸が躍る。


 あっという間にカゴは、砂糖とスパイスで埋め尽くされていく。

「こんなにいっぱい?」

 僕が『約束』と書かれたスパイスをカゴに加えるのをみて、呆れたようにレディが言った。


 そうかな? と返しながらも、僕には何となく確信があった。


 カゴをレジへ持っていくと、のっそり出てきた例の店主がタンタン!と手のひらを机に打ちつけ、興奮を隠しきれない様子で言う。


「お客さん、すごいですねぇ! ピッタリですよ、ピッタリ!! この砂糖、スパイス、まさにこのお嬢さんそのものだ。よくみてらっしゃるんですねぇ……! 私も長らくこの店をやってるが、ここまでピッタリなのはちょっと記憶にございません!!」


 店主は感動しきりで「普段はこんなことしないんだけど」と前置きして、小さなペロペロキャンデーまで、おまけしてくれた。


 レディは、口をあんぐり。僕は、鼻高々。


 こうして僕らは、特別な『砂糖』と『スパイス』を手に入れた。



 ◇


「やったね、砂糖もスパイスもいっぱい手に入ったよ」

 帰り道、僕が話しかけてもレディはひたすら首をひねり、キャンデーを口に入れたり出したりしている。


「いまだに、これのどこが私にピッタリなのかわからないわ」

「嫌なの?」

「ううん。ただ……いつも選んでたのと全然違ったから驚いてるだけ」

「そう? 僕はレディにピッタリだと思ったけどな。パンチが効いてるんだけど、でもどこか奥ゆかしさもあって優しいんだよな。ちょっとピリッとした刺激もするけど、むしろそれが他にない魅力っていうか……」


 味のイメージを口にするたびに、レディの頬は赤く染まっていく。

 何か変なことを言ってしまっただろうか。


「……コータ。アンタ、そういうの、ホント気をつけなさいよ」

「え、なにが?」

「別にぃ!」


 女心はよくわからない。


 でもこの日、橋で別れるまで、レディはずっとご機嫌だった。



 *…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*…*

 以下、登場したマザーグースの紹介


『Whats the Little Boy Made of?』

(男の子って何でできてる?)


 What are little boys made of?

 What are little boys made of?

 Frogs and snails

 And puppy-dogs' tails,

 That's what little boys are made of.


 What are little girls made of?

 What are little girls made of?

 Sugar and spice

 And all that's nice,

 That's what little girls are made of.


 男の子って何でできてる?

 男の子って何でできてる?

 カエルにカタツムリ

 それに子犬のしっぽ

 男の子って、それでできてる。


 女の子って何でできてる?

 女の子って何でできてる?

 砂糖にスパイス

 いろんなステキ

 女の子って、それでできてる。

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