第18話 平安の庭で

ヒカリは明るい霧の中を、平安の庭へ向かって歩いていた。

鮮やか色の葉っぱが雫を葉の先端に集めては、時々飛ばして遊んでいるようだった。

ヒカリは歩きながら頬と腕に当たる冷たい霧が気持ち良くて深呼吸した。

霧は何かを洗い流してくれるように、優しかった。


平安の庭へ抜ける丘を登りながら、ヒカリは自分を含めた世界の全てを慈しむように大地と草を踏みしめた。


ヒカリもツバキも、もうこの世界に生き始めていた。

しかし向こうの世界を忘れたことも、向こうの世界の実感を失うこともなかった。

二人は最初にエバンズに言われたことを理解し、体感していた。

二人はこの世界に生きながら、向こうの世界を自分の中に内包して大切にしていた。


ヒカリは黄色の花畑の中にいるツバキを見つけた。

ツバキもヒカリに気づき手を振った。


「何してたの?」

ヒカリがツバキの横に腰掛けながら話しかけた。

「うん、この花が少しずつ開いていくところをずっと見てたの。」

そう言って目の前の黄色の花にそっと触れた。

「ここにいると、自然の全てがまるで自分の一部みたいに感じるの。止まっているように見える樹や土も呼吸していて、花や葉も楽しそうに遊んでいるように見える。」

 

ヒカリはツバキの言葉の意味とその気持ちを汲んだ。

「そうだね、向こうの世界にいる時は世界がこんな風に鼓動し、全てが連動し支え合っているなんて気づきもしなかった。この花が一瞬一瞬姿を変えるために、世界のあらゆる要素が影響し合っているんだよね。」

「そして人も、その世界の連動の一部。それが本当の人間の姿かもしれないね。」


ミツバチが飛んできて、若い黄色の花に留まった。

花と戯れているような、どこか開花を手助けしているようなその姿を見ながら、二人は豊かに微笑んだ。


黄色の花が咲くこの丘に、全てがあった。


ツバキの脳裏から母のあの目が消えたことはなかったし、そしてこれから先も消えることがないことを知っていた。

しかしもう、心が揺れることはなかった。


『ここで生きていくことに、迷いはない。』

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平安の庭へ marina @marina8

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