第14話 エネルギー
たっぷり休息した三人は、心も体も軽くなって平安の庭を後にした。
ツバキもヒカリも、今までの人生で一番開放された気分だった。
エバンズはまた二人に見せたいものがあると言って、楽しそうに次の場所へ案内した。
「よし、着いた。」
エバンズはそう言ったが二人は何に着いたのかわからなかった。
そこは廃墟になっている小さな建物と、周りに鮮やかな紫の花が点々と咲いているだけの場所だった。
ツバキが訝しげに聞いた。
「ここが目的地ですか?」
エバンズは「そうだよ」と少し誇らしげに言った。
「ここにある建物は百年以上前の建物でね、大事に保存しておこうということで今は使われていないんだ。」
そう言いながらエバンズは廃墟になった建物を見上げて大事そうにそっと触れた。
「この建物を大事に保存。」
二人はまだ理解できずになんとなく建物を見ていた。
エバンズはちょっと笑って続けた。
「まぁ、そりゃこんなボロい建物を何でって思うだろね。でも何か気づかないかい?」
「気づいたことは屋根の形が向こうの世界の屋根の形と全然違うということですかね、なんであんなにいびつなんですか?」
ヒカリはなんとも複雑な形をした屋根を指差してエバンズに聞いた。
エバンズは微笑んで頷いた。
「それはね、この建物はこの紫の花からインスピレーションを受けて造られたからなんだよ。」
エバンズはそう言って紫の花の横にしゃがんでじっと花を見つめた。
しかし二人はますますわからないというように首を傾げて複雑な顔をしていた。
エバンズはそんな二人を楽しそうに見て、何も言わずにジェスチャーで花を見るように促した。
その鮮やかな紫の花に吸い込まれるように、二人は注目した。
そして、突然二人同時にわかった!という顔をした。
その顔のまま建物と花を交互に何度か見た。
「その花って、一日を通してずっと太陽の方を向き続ける花ですよね?」
エバンズは満足気に深く頷いた。
「この建物のあのいびつな屋根は、どの時間でも建物の中に光が入るように角度と反射を計算してあんな形になっている…とか?」
ヒカリが嬉しそうにエバンズに向き直って聞いた。
「その通り。どの季節、どの時間でも必ず太陽の光がまんべんなく室内へ入るように設計されている。」
「へ~どの季節、どの時間でもですか。」
ヒカリは頭で季節ごと、時間ごとの太陽の傾きを考えながら屋根を見た。
しかしどんな計算で屋根の角度や形を決めたのか到底解明できそうにない気がした。
「最初にこの建物を造った人は、本当に自然を尊敬していたんだと思う。さっきの話しじゃないが、自然への揺るぎ無い信頼が伝わってくる。この花にインスピレーションを貰い、太陽や地球の動きを観察して造りあげたんだよ。」
エバンズがそう誇らしげに語る横顔を、二人は静かに見ていた。
「ん?今ふと思ったのですが、この世界に電気ってあるんですか?」
ヒカリが質問をした。
「電気…とは確かあの…あれだね、人工的に光を作る…」
このエバンズの反応でこの世界に電気が存在しないことがわかった。
「この世界には電気はないよ。というか必要ないからね。」
「必要ないんですか?でも夜とか暗い部屋とか…あとは向こうの世界で電気で動かしているものはみんなどうしているんですか?」
ヒカリは興味深々だった。
ツバキはなんとなく二人の会話を聞いていたが、半分は紫の花に心奪われままだった。
「この世界では光は全部太陽の光を直接もらっている。この建物は初期の建築物でね、その後画期的なものができてこのタイプの建物は必要なくなったんだ。」
「画期的なもの?」
「そう、この屋根の役割をしてくれるもので、ずっとコンパクトで設置も簡単な、ん~複雑な反射板と言ったらいいのかな。」
「どの角度からでも太陽の光がそれにあたるとその内部で何度も反射する。そしてその反射によって光が増幅して、向こうの世界の…電球?みたいに明るく光る。」
エバンズは上手く説明できたと小さくガッツポーズした。
「でも太陽が沈んだら真っ暗になりますよね?それに雨の日はどうしているんですか?」
ヒカリの頭の中はまだ?でいっぱいだった。
「太陽が沈んだら月の光があるじゃないか。」
エバンズ少し驚いて言った。
しかしすぐに何かを思い出したような顔になった。
「あぁそうだそうだ、向こうの世界とこっちの世界の太陽と月の明るさは違うと聞いたことがある。こっちの世界では月はとても明るく輝く、さっき言った複雑な反射板を通した月の光はとても明るいんだよ。…まぁそしてなにより私達は陽が沈めば寝る。」
『…』
一番最後の言葉が一番説得力があった。
「では雨の日は?」
「これも月と一緒で口では説明しにくいのだが、この世界は雨の日でも空は明るいんだよ。」
そう言われたがヒカリは明るい雨の日が想像できなくて首を傾げた。
「空は明るい?」
この話しでそれまで紫の花と戯れていたツバキが顔を上げてエバンズを見た。
「そう、いや私がなかなか上手く説明できなくて申し訳ないんだが…実際に見てみたらわかるさ。」
どう説明しようか一瞬悩んで諦めたエバンズだった。
「なんか向こうの世界とは空気や気候が違うとか違わないとか!」
『…どっち?』
頭ではちゃんと理解できなかった二人だが、確かにここの世界は向こうの世界と空気も気候も違うことを肌で感じていた。
空気は濁ることなく澄んでいたし、気候も穏やかな風がずっと吹き続ける最良の気候のように思えた。
「私が生まれ育った国ではこんな風に青い空を見られることなんて滅多になかった。でもここでは、この空が毎日あるってこと?」
ツバキが空を見上げて息を吸いながら、自分に話しかけるようにそう言った。
「そうだよ、いつでもこの青い空だ。」
ツバキはまた大きく息を吸って、空に手をかざした。
廃墟を離れて、帰りながらまた別の話しで盛り上がっていた。
「じゃあ、この世界にはガスもないんですか?」
「ガス?え~とガスとはなんだったかな?」
エバンズがガスを思い出せないで「ん~…」と唸っているので、ヒカリは教えようとした。しかし次の瞬間、エバンズの顔がパッと明るくなった。
「思い出した!向こうの世界の乗り物だな、あの、でっかいやつ!」
エバンズがわかったという顔をして、でっかいやつを子供のように無邪気にジェスチャーで表現した。
ヒカリはもうそのままにしておきたかったが、あえて鋭くツッコんだ。
「いえ、それはバスです。」
「…!」
エバンズはしまった!という顔をして少し顔が赤くなった。
「いや、すまない、ガスとは何だったかな?」
焦りながらヒカリに聞き返した。
「いえ、こちらこそすみません。ガスとは…火が点く気体のことなんですけど。」
エバンズはヒカリの話しを冷静に聞いていたが、まだ耳だけ赤いままなのをツバキは見てていた。
結局ガスも電気も、向こうの世界で人工的に作られているものはこの世界には何一つ無かった。
電気は太陽の光、ガスは火など自然のもので十分に事足りているようだった。
それどころか電気やガスを必要と感じたことさえないことが、エバンズの語り口調でわかった。
この世界では自然界に存在するもの以外使用しなかった。
なぜなら自然界に存在しているもので十分に生きていけると、誰も疑わなかったから。
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