第17話 豚の王

ヘリを守る陸軍の守備隊は、事前に到着して陣地などを構築していた部隊と、後から大型ヘリと共に来た部隊からなり、前者は強化歩兵を含む歩兵部隊、後者は空挺部隊であるようだった。


強化歩兵とは何か?それは人工筋肉による倍力装置が内蔵された装甲服を着装した特殊な歩兵部隊である。諸元性能については、無論軍事機密なので詳らかではなく、俺のような大学で短期現役予備士官養成課程を受講するなんちゃって士官候補生程度では知る由も無い。


しかし、マスコミで報道されている映像から、その戦闘力、機動力は凄まじいものがあり、歩く戦車とか、リアルボ○ムズなどと評されている。


今のところ、守備隊は土嚢陣地の重機関銃、パンツァーファウスト、強化歩兵が連携して襲い来るオーク共を撃退し、避難民のヘリへの搭乗も終わりそうに見える。


オーク共も守備隊のまもりが堅くて攻めあぐねて、両者の間は膠着状態となっている。


このままヘリが離陸してしまえば、既に分派が全滅しているため、オーク共は攻撃に集中可能となる守備隊、御眷属様、そして俺達により包囲されてお終いであろう。


だが、世の中そう思い通りにはならないようで、さっきから嫌な予感がしてしょうがないのだ。


「リュウ、まずいぞ。恐らくあの群れに統率者がいて、更に進化しそうだ。」


やっぱりか。確かにあの群れには周りの個体より一回り大きなオークがいる。あれが統率者なのだろう。


「このタイミングでか?ってか、何でそんな事がわかるんだ?」

「何となくだ。何となく、直近の未来がわかるようになった。」


オークは50mくらい離れてヘリを包囲している。その距離で上位種が出現したらどうなるのか?あまり、良い未来は想像出来ないな。


「じゃあ、やるか?」

「そうだ。危険な芽は早い内に摘み取るに限るし、大威力魔法を試す良い機会だ。」


全く身も蓋もない言い方だが、その通りだ。



俺達が開発した大威力魔法は、遠距離攻撃魔法が出来ない俺と、火力の無い斉藤のお互いの長所と欠点を補い合ったもので、二人で一人、俺と斉藤の魔法の合作による遠距離大火力魔法といったものとなるのだ。


しかし、オーク共はヘリを包囲しているので、一撃で全滅させる事は出来そうに無い。無理をすればヘリや守備隊を巻き込んでしまう。それに対する斉藤の考えはこうだ。


「何も一撃で全滅させる必要は無い。要はオークの注意をこちらに惹きつけてヘリを離陸させればいいんだ。その後に袋叩きにする。」

「了解した。」


俺と斉藤はオークの群れに近付き、統率者オークウォーリアを狙える位置に付?く。そして、大気中の気を吸収して体内で魔力操作により大量の魔力の発動準備を整えた。


俺は斉藤に目線で合図を送り、斉藤が頷く。


「火炎!」

「旋風!」


俺は斉藤が風魔法で起こした高濃度酸素の強風に火魔法で作り出した火炎を合体させた。火炎は一気に火勢を強め、轟音を伴って炎の奔流となってヘリを包囲するオーク共の半数近くを飲み込んだ。


そして、火炎旋風が過ぎ去った後には、黒く炭化したオーク共の死骸が散らばっていた。我ながらの凄まじい威力に唖然とした。


「成功だな。」

「…そうだな。」


だが、合作の大威力魔法は成功させたものの、肝腎な統率者を打ち漏らしてしまった。どうも、統率者のオークウォーリアは、俺達の魔法発動を察してすかさず退避してしまったようだった。


「タケ、もう一発いくか?」

「いや、待て!様子がおかしい。」


なんと、オークウォーリアは近くに居たオークを襲って捕食しだしたのだ。すると、次第にオークウォーリアの身体が膨張を始める。


「不味いぞ。あれは進化が始まったんじゃないか?

「魔物の進化の条件は死に対する極度のストレスと共喰いなのかもしれないな。」


そうかもしれないが、そんな事冷静に考えてる場合か?


オークウォーリアは更にもう1体を捕食すると、身体の膨張が止まり、まあ、何というか、上目黒の狭い土地に建つ3階建住宅くらいの大きさになった。その身体は分厚い筋肉と針金ですか?という程の剛毛に鎧われている。オークキングの誕生である。


そんな怪獣みたいな奴が避難民満載の大型ヘリの間近に現れたのだ。流石の強化歩兵でも一撃まともに当たったらひとたまりもないだろう。


「☆$%○*々^€&#&!!!」


オークキングは何とも表現し難い雄叫びを上げた。敢えて訳すとしたら、『俺、誕生!』というところだろうか。


ただ、問題はその雄叫びに多量の恐慌を起こす魔力が含まれていた事だ。俺が以前、ゴブリン相手に放った技と同じものではあるが、流石に魔力量は桁違いで、まともに聞いたら普通の人間なら卒倒してしまう。事実、守備隊陣地からの弾幕が止まっている。陣地内の兵士達が意識を失っているのだろう。


弾幕が途絶え、無防備に晒された大型ヘリに迫る巨大なオークキング。はっきり言って大ピンチ。3機の強化歩兵がオークキングの足止めをしているが、突破されるのは時間の問題だ。それまでにヘリが離陸出来なければ、ヘリは破壊され、機内の避難民もパイロットも全滅する。そして、客観的に見て、なんとかそれを阻止出来そうなのは俺だけ。


その瞬間、なんとか出来そうな方法を思いついたのだが、正直、俺がそこまでする必要があるのだろうか、とも思ってしまう。俺は別に勇者でも聖戦士でもなんでもない。本来ただの大学生だ。成り行き上、アラクネから獣人の子供達を助け、さっきも二人の女の子をオークから助けた。だが、俺に出来るのは精々それくらいだ。効くかどうかもわからない危険な技で戦う義務なんて無い。戦わなかったとしても、表立って俺を非難する奴はいないだろう。


しかし、たった一人だけ、戦わなかった俺を許さない奴がいる。そいつは俺を生涯にわたって攻め続けるのだ。臆病者、卑怯者と。そいつが誰かといえば、俺自身。自分の事は自分が一番良くわかっている。


まあ、しょうがない。俺はそういう馬鹿で、損する人間なのだ。自分の事を嫌っていても、弟妹だからと学校じゃ随分守ってやったし、校内のいじめも自分には全く関係ないのに、斉藤に頼まれて一掃した。


全く損な性格だ。また、きっとエーリカに引っ叩かれて怒られる。



「なあ、タケ、風魔法で俺を上空高く飛ばす事は可能か?」

「…可能だが、何を考えている?」


俺は手っ取り早く、斉藤に念話でイメージを送った。


「…また無茶な事を。」

「だが、今、あのヘリを見殺しにしても、次は俺達だ。ならば、やるなら今しかない。」

「…」

「仮にオークキングに効かなくても、おれが死ぬ訳じゃない、多分。でも俺は運がいいから大丈夫だ。」

「多分が余計な一言だったが、わかったよ。」


強引に同意させられた斉藤は、風魔法で俺の周りに強力な上昇気流を作り出す。その様子を見ていたエーリカが、懸命に何かを叫んでいるのが見えたが、風の音で何も聞こえない。まあ、想像はつくが、後で謝り倒すしか無いな。


襷掛けに肩に掛けていた雷丸を、念力で飛ばしてエーリカに受け止めてもらう。そして、念話で"必ず帰るから大丈夫。"と伝えると、意外にも"絶対よ!約束だらね!"との返事。嬉しい誤算だ。


そして、次の瞬間、俺の身体は凄まじい上昇気流で、上空高く飛ばされていた。


仲間も、魔物も、ヘリも、神社もたちまちのうちに小さくなり、空高く昇り続ける。


聖地の上空には澄んだ魔素に満ちていて、俺は四肢を大の字に大きく広げ、思い切り魔素を吸収、魔力操作して魔力に変換する。


そして、最大限に身体強化し、更に両脚に魔力を集中させると、次第に自分の全身が赤く発光し、両足部分が一際赤く輝いた。


俺は太陽を背に、地上のオークキングめがけて蹴り突っ込むべく、自由落下に念力で更に加速をかけようとしたところ、斉藤からの念話が伝わった。


"リュウ、言霊だ。技に名前を付けて、技を支配するんだ。"


日本は言霊の幸ふ国だ。今、俺は言霊の力も用いて、この国に災い成す異世界の魔物を討ち果たす。


『炎龍爆砕!』


咄嗟に思い浮かんだ技の名前を叫ぶ。すると、俺の周囲に四方から凄まじく濃厚な"気"が集まり始め、やがて渦を巻き、次第に龍の姿となった。


それは、真紅の全身に炎を纏った炎龍。果たして、炎龍の名を冠した技に呼応して顕現したのだろうか?


炎龍は俺の周りをとぐろを巻く様に回り咆哮を上げると、俺の身体は炎龍の中に取り込まれた。その瞬間、炎龍の思考が俺の意識に流れ込んで来た。


炎龍は満峰山の狼と同じく、この秩父の空の守護者。そして、炎龍は自らが守る聖地を侵した異界の魔物に激怒し、自らは空の守護者で実体を持たないが故、御眷属様の様な自らの眷属を欲していたのだ。


"我を呼び出したる者よ。汝に我が加護を与える故、存分に異界の魔物を滅せよ"


俺は炎龍の思いを受け入れて身を委ねると、炎龍が再び上げた咆哮により、炎と共にオークキングへと撃ち出された。


俺の身体は炎龍の灼熱のような気で満ち、かつて無い程の全能感と力が漲っていた。炎を纏い、真っ赤な軌跡を描いて加速する。


そして、遂に守備隊の最後の砦、強化歩兵の抵抗を排し、離陸出来なかった大型ヘリを破壊すべく迫っていたオークキングの巨体を、俺の必滅の蹴りが一気に貫いた。



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