第13話 蜘蛛の糸、その傾向と対策

3体のアラクネを倒してすぐ、サキちゃんが一人で倉庫の中に飛び込んで行こうとした。慌てて近くにいたユーリカが引き止めていたが。


俺と斉藤は、倉庫内に魔物の気配が無い事を確認してから中に入った。斉藤の光魔法で内部を照らすと、倉庫内はアラクネの糸がびっしりと張り巡らされ、光魔法の光が反射して真っ白に輝いていた。


そして、張られた糸の所々に、人が一人入った位の大きさの繭があったのだ。俺の後に倉庫内に入って来たエーリカが、その繭の一つに手を当て、サキちゃんに振り向き、笑顔で頷いてみせた。


「大丈夫、中の人は生きてるわ。」

「本当ですか?」

「うん、鼓動を感じるし、呼吸もしているようよ。」


確かに、繭を良く見てみると、胸の辺りが微かに上下に動いている。


「良かった。皆さん、本当に有難う御座います。」


サキちゃんは再び深々と頭を下げ、嬉しそうに礼を述べた。


それはそうと、早くサキちゃんの仲間達を繭の中から助け出さなくてはならない。だが、俺が危惧するのは、例えばトックリバチがゾウムシを針で刺して麻酔をかけるように、アラクネもその様な事をしているのではないか、という事。その場合は、残念ながら俺と斉藤ではお手上げで、エルフの治癒魔法に縋るしかない訳だけど、それすら効果があるのか未知数だ。


また、それ以前にこの繭の糸をどのように排除するのか、という難題がある。こっちの蜘蛛の糸もその性質はしなやかで強靭なのだ。ましてや、異世界の魔物蜘蛛の糸ともなれば、本当にもう未知の領域だろう。



まずは鉈で繭の表面の糸を切ろうとしたが、柔らかくて糸の隙間に刃が入るだけで全く切れない。


「さっきの戦いで、糸が火炎で燃えたから、表面を炙ってみたらどうか?」

「やめて下さい!そんな事したらみんな死んじゃいます。」


斉藤の冷酷とも思える提案に、サキちゃんは噛みつかんばかりに猛然と抗議した。確かに、斉藤の提案にも一理あるとは思うが、中身に影響を与えずに表面だけを焼く、という器用な真似は俺にもまだ出来ない。


「エーリカはどう?」

「私も無理かな。」

「ユーリカは?」

「私も無理。」


「向こうの世界では、アラクネに捕獲された人を救出する時はどうしているの?」


エーリカとユーリカは、俺の質問に困ったように顔を見合わせた。


二人によると、そもそもエーリカ達が住んでいたエルム大森林地域には殆どアラクネは生息していないらしく、稀に見つかればたちどころに周辺の村人達か冒険者ギルド(冒険者ギルドは本当にあったんだ!)から依頼を受けた冒険者パーティに討ち取られてしまうので、アラクネに捕獲された人を救助する、という事案自体が無いというのだ。


因みに、エルム大森林には周辺の国々が安易に手が出せない位の、いずれ腕っ節か魔法に覚えのある種族達が棲んでいるので、村人といっても、そんじょそこいらの村人では無く、はぐれ魔物くらいなら軽く狩ってしまうそうな。


すると、自案をサキちゃんに却下されてから黙っていた斉藤が、繭の糸を排除する方法を再度提案した。


サキちゃんは警戒して斉藤を睨んでいる。俺が、「まあ、気持ちはわかるが、聞くだけ聞いてみよう。」

と言うと、不承不承「う〜、わかりました。」と言って俺の背後に隠れた。


「刃物もダメ、火炎は却下となると、分解するしかないわけだが、リュウの念力が役に立つかもしれない。」


斉藤の案は、俺の念力を応用して高周波振動を起こし、糸の分子結合を破壊して分解する、という事らしい。


斉藤はもっともらしく言ったものだが、俺もそんな事やるのは初めてなので、正直、自信が無い。


「リュウ、魔法は想像力が大切だ。それが出来ている場面を想像して見るんだ。」


そういえば、昔に師匠の家で師匠の古い漫画コレクションを読んでいる時に、高周波振動ナイフとか出て来たし、昭和の変身ヒーローが乗るバイクの前輪には高周波振動で壁を砕く機能(ライダーブレイクだったかな?)がある、なんていう設定もあったな。


まあ、何でも試してみないと始まらない。俺は手始めに、近くのみっちり張られている糸で出来た面に右手で触れ、細かで強力な振動を念力で作り出してみた。更に、振動で糸の分子結合がバラバラになっていくイメージを持つ。


果たして、俺が触れて振動を送り込んだ糸の面が張りを失い、次いでボロボロに崩れたのだ。


「「「おおおー!」」」

「ふっ、俺の思った通りだな。」


よし、善は急げという。俺は最も近い繭に右手を当て、先程の要領で振動を送った。そして、頃合いをみて、脆くなった繭の表面を掻き分けると、糸の間から猫耳の可愛い女の子の顔が現れた。


「ミアちゃん!」


サキちゃんは猫耳獣人少女の名前を呼び、頬を叩いた。


「ミアちゃん、大丈夫?目を覚まして。」


しかし、猫耳獣人少女の意識は戻らず、他の3人の仲間(2人は虎獣人、もう1人は狐獣人で、皆男子)も繭の中から助け出したものの、同じく意識は戻らない。


アラクネの糸には麻酔作用でもあるのだろうか?

彼等4人を観察すると、明らかな外傷は見当たらず、皆一様に呼吸、脈拍は正常にあり、発熱症状も無い。瞳孔は左右差、偏視無く正中。瞳孔反射は鈍かった。四肢は脱力した状態で麻痺はわからない。上肢末梢のリフィリングタイムも正常。意識は痛み刺激を加えても戻らない。


彼等は呼吸、循環に異常無く、とりあえず意識が戻れば(麻痺の有無は別として)いいのだが、糸の麻痺作用が切れるまで様子を見るか。しかし、そうすると意識障害かいつまで続くのかわからず、ここには点滴で水分や栄養素を補給させる設備も無ければ、医療従事者もいないので、いずれ皆衰弱してしまう。第一にそのような時間的な余裕があるわけではないのだ。


ここはエーリカとユーリカの治癒魔法に賭けるしかない。


俺がそう考えていると、エーリカが「私達に任せて。」とウィンク付きで言って彼等の治癒に取り掛かった。


エーリカとユーリカが虎獣人の少年にハの字に両手を当て詠唱すると、少年の全身が淡い緑色に輝いた。


そして、その数秒後、果たして少年の容態に変化が現れたのだ。少年はやや顔を顰め、苦しそうに唸ったかと思うと、薄っすらと両眼を開け始めた。


「ラミッド君!」


サキちゃんが少年の名前を呼ぶと、少年の瞳に焦点が結ばれて意識が戻った。


「サキ!助かったのか?他のみんなはどうした?」


ラミッドと呼ばれた少年は上半身を起こすと、サキちゃんの両肩を掴んで尋ねた。どうやら知覚・運動麻痺は無いようで、一安心だ。


「この人達がアラクネを倒して、みんなを助け出してくれたんだよ。他のみんなはまだ意識が戻ってないけど大丈夫だよ。」


サキちゃんはラミッドに両肩を掴まれてあわあわしながら、そう答えた。ラミッドは、一度俺達を見渡してから深々と頭を下げた。


「皆さん、俺達を助けてくれて有難う御座いました。この御恩は生涯忘れません。」


「うんうん、助かって本当に良かったよ。じゃあ、他の子達も起こそうか?」

「「はい、お願いします。」」


ユーリカの言葉に声が重なるサキちゃんとラミッドであった。


そうして、助かった4人とサキちゃんで獣人の子供達は5人。子供達といっても、皆、中学生くらいではあるが。リーダーがは虎獣人のラミッド、虎縞模様も凛々しい最年長の頼れる兄貴だ。その弟アミッドはやんちゃな男子。狐獣人のアックスは如何にも賢そうで、斉藤と同じ匂いがするような。猫獣人のミアちゃんは、ちび猫を彷彿させる美少女。そして、狼獣人のサキちゃんは、可憐さと野性味がいい感じで合わさった美少女である。


いつの間にか、陽が落ちる頃となっていた。今日はもう移動するのも危険で、子供達もいろいろあり過ぎて疲れているだろうから、今夜はこの集落に泊まる事にした。


集落内の民家は殆ど破壊されているか、焼けているので、無人のまま放棄されていた市役所の支所の建物を使う事にした。この施設は災害時に避難や救助活動の拠点として使用出来るように鉄筋コンクリート製の耐火造3/1であり、食糧、医薬品、衣類などの備蓄もあった。


プロパンガスの残量も十分に有ったので、俺達は災害時用の大鍋で、調達した食材を使って適当に

シチューを作った。獣人の子供達は腹が減っていたのだろう、もう食べる食べる。そして布団を敷いてやると、そのままもぐり込み、あっという間に寝入ってしまった。


この子供達も、生まれ育った故郷から外国どころか異世界に飛ばされ、挙げ句の果てにはアラクネに襲われて、危うく食べられてしまう寸前だったのだ。今夜はせめて腹一杯食べて、ふかふかの布団でぐっすり眠って、心と身体を休めて欲しい、とその寝顔を見ながら、そう思った。


ああ、もちろん男女で部屋は分けたけどね。


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