第12話 撃滅!アラクネの罠

アラクネは俺を見て笑っている。ちょっと人間の表情とは異るが、多分そうだ。少しくらい魔法が使えるくらいで、大した魔力も感じない、自分よりも小さい獲物に何を恐れる必要があるのか、という態度だ、あれは多分。


しかし、奴は知らない。俺と斉藤が錬気術を応用した魔力操作で、魔力の体外への放出を抑制する術を開発していた事を。そして、いつでも大気中の魔素を吸収して、大量の魔力に変換出来る事を。


俺はニタニタ笑いながら、余裕の足取りで近づくアラクネに対し、身体強化した脚力で一気に距離を詰めるとともに、その上半身に目がけて火球を放った。


「ギエエエェ!」


至近距離からいきなり顔面に火球を食らったアラクネは悲鳴を上げ、仰け反ってもがく。


すかさず俺はアラクネの上半身の高さまで跳躍し、右脚に更に魔力を込めた回し蹴りでアラクネの頭部を粉砕した。


頭部を失ったアラクネは、そのまま右向きに倒れた。アラクネが絶命しているかどうか、すぐに確かめたいところだが、不用意に近づくと脊髄反射があるかもしれないので出来ないが、いくら魔物とはいえ、頭部を失えば生きてはいないだろう。


俺はアラクネとの戦闘に呆気なさを感じた。少し拍子抜けしてしまったが、アラクネが俺を舐めて過小評価していた事、そのため奴の不意を突く事が出来た、という要素があった事は事実である。決して慢心してはいけない、という事だ。


と、俺がこの戦闘を振り返って検証していると、俺目がけてエーリカが凄い勢いで向かって来た。

その表情を見るに、うん、これは怒られるパターンだとわかってしまう。


案の定、エーリカは俺の元に来るや、怒りの表情で右手を大きく振りかぶった。これは男として甘んじて彼女のビンタを受けなければなるまい。


バシッ


非常に痛い。魔力込められてないか?


「リュータの馬鹿!もう知らない!」


「ごめん。」

「何で私が怒ってるか、わかってる?」

「…はい。」

「じゃあ、言ってみなさいよ!」


何も俺は魔法が使えるようになったからと慢心してアラクネに突っ込んだ訳ではない。十分に勝算はあった。そして、俺なりに現況と今後の展開を考慮して、必要と思ったからこそ、アラクネとの戦いに及んだのだが、いや、言い訳はすまい。


「俺が、一人で突っ込んで行ったから、デス。」

「そうよ。何で一人でそんな事するの?みんなが揃うまで待つべきでしょう!あんな危ない真似して、見てる人の身にもなりなさいよ。リュータが勝ったからいいものの、何かあったらどうするのよ!」


「本当、ごめん。」


いつの間にかエーリカの後ろに斉藤、ユーリカ、そして先程保護した狼獣人の少女サキちゃんが来ていた。サキちゃんは今の俺とユーリカの遣り取りを見ていたのか、俺とエーリカを交互に見ては困ったようにオロオロしている。


「まあまあ、エーリカ、そろそろその馬鹿を許してやってくれないか?多分、こいつなりに魔物を各個撃破して合流を防いで、とか考えての事だろうからさ。」


斉藤にそう諌められたエーリカは、うぅ〜と唸った後、再び俺を睨みつける。


「次、こんな事したら許さないからね、いい?」

「ハイ、モウシマセン。」

「何よ、その変な言い方は!」


エーリカを怒らせてはいけない。そう心に誓う俺だが、事の本質を忘れてはいけない。そう、魔物は他にもいて、サキちゃんの仲間を助けなければならないのだ。


「あの、皆さん、助けてくれて有難う御座いました。」


ペコリと頭を下げて俺達に礼を言うサキちゃん。

さて、どうやってこの娘の仲間を助けるか、だが。


俺達はサキちゃんの案内で、魔物の巣となっている倉庫へと急いだ。サキちゃんの話によると、サキちゃん達は故郷の森で薬草やキノコの採取をしていたところ、急に霧が立ち込め、いつの間にかこっちの世界に来ていたそうだ。


「それ、私達と一緒だよ。」


ユーリカはそう言って、サキちゃんにここがアースラ大陸ではなく、別の世界である事を説明した。サキちゃんはその事実に驚いていたが、それはそうだろう。


仲間と共にこっちの世界に来てしまったサキちゃんは、(魔物に襲われて)誰もいない集落を見つけ、壊れていない倉庫にいたところ、突然アラクネの群れに襲われたのだそうだ。


目的の倉庫に近づき、俺達は魔物の気配を探る。


「リュウ、魔物の気配は3つだ。そっちは?」

「俺も3つだ。」


俺は振り返ってエーリカに確認すると、エーリカが無言は頷く。彼女達も魔物が3体と認識している。


俺達は簡単に打ち合わせをして、サキちゃんの仲間救出作戦を立案した。人質を取ったテロリストが立て籠もっている訳じゃないので、まあ、上手くいくだろう。


俺は倉庫前の民家の物陰に隠れ、振り向くと後ろに控える斉藤達が黙って頷く。


俺達が立てた作戦とは、こうだ。まず、大きな音を立て、驚いて倉庫から出て来たアラクネをエーリカ、ユーリカの光の矢(光魔法)と斉藤の風刃(風魔法)でメッタ刺し、メッタ斬りにするという単純なものだ。残念ながら、ここでの俺の役割は大きな音を出すだけ。


サキちゃんは仲間の無事を祈ってか、両手を組んで一生懸命祈っていた。俺は思わずサキちゃんの頭をポンポンした。


「ふぇ?」

「大丈夫。俺達がみんなをきっと助けるよ。」


急に頭をポンポンされ、ちょっと抜けた声を上げて驚いてサキちゃんに、俺は安心するように、そう声をかけて思いを伝えた。


サキちゃんは俺をじっと見ると、「はい。」と答え、懸命に笑顔を作ろうとしていた。何て健気なんだろうか。俺はサキちゃんを安全のために後ろに下がらせた。



さて、作戦開始である。


俺はそこらで拾った半欠けのコンクリートブロックを、身体強化して大きく振りかぶり、閉じていた倉庫の鉄扉に向かって投擲した。


パワーを増した筋力により投擲されたコンクリートブロックは、たちまち鉄扉に当たり、轟音をたてて砕け、鉄扉を内側に凹ませて半壊させた。


すると、音と衝撃に驚いた3体のアラクネが、半壊した鉄扉を強引に開いて外に出て来た。


「今よ!」


エーリカの掛け声と共に、エーリカとユーリカの突き出して開いて両手から夥しい光の矢が、斉藤が右腕を振るう度に風刃が、3体のアラクネに殺到した。アラクネ共はなすすべも無く光の矢に貫かれ、風刃に切り刻まれて絶命した。


それはあっという間の出来事であり、俺の視界には、地面の上にバラバラに散らばる肉塊となったアラクネ共の死骸が有るばかりだ。


「どう?こうやれば危なくないし、早いでしょ?」


と、ドヤ顔するエーリカ。結構しつこい性格でもあるのかもしれない。


「何よ!また失礼な事考えてたでしょ!」

「そんな事ないって。」

「どうだか。」


俺はそう言ってすねた表情を見せるエーリカを、だがそれがいい、と思ったのだった。


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