第10話 お買い物


「ふんふんふーん。あっ、これかわいい!」


 とても上機嫌にステップをしながら、商品棚に置いてある洋服を手に取っては、自分の体に合わせていく雨宮。

 既に俺が持っている買い物籠にはいっぱいの洋服が放り込まれているのに、まだ買うつもりなんだろうか。


「……ハァ」

「なんだなんだ、溜息ばっかり吐いて! 幸せが弾丸ライナーだぞー!」

「溜息でそんなに鋭い打球は飛ばないだろ」

「あはは、ナイスツッコミ! 10尊ちゃんポイント獲得です!」


 シンプルなワンポイントが入ったTシャツを体に当てつつ、くるくる回って楽しそうに笑う雨宮。いったい何が楽しいのか、家を出てからずっとこの調子だ。


「ハァ……阿武名さん……」


 しかし、俺はそんなに楽しい気持ちではいられなかった。

 あの優しい阿武名さんがいなくなってしまったのだ。物理的に消失したわけではないけれど、もはやあの阿武名さんは元の阿武名さんではない。



 正直に言えば、俺は阿武名さんにちょっぴり憧れていたんだ。

 美人でスタイルがよくて、こんな陰キャの俺にいつも笑顔で挨拶してくれる、優しい年上のお姉さん。友達は男しかいないし、職場も男だらけの俺にとって、むさ苦しい日常で唯一のオアシスだったと言ってもいい。

 近くのスーパーでバッタリ会った時なんか、一緒に並んで買い物をして帰って、夜ご飯の肉じゃがをご馳走になったりしたことだってある。

 惚れないほうがおかしいってものだろう。


「まだ気にしてるの?」

「そりゃ、気にするよ……あの阿武名さんに嫌われたんだぞ……」

「仕方ないじゃんー。ああでもしないと、あたしは結衣さんの部屋に行くことになってたんだよ?」


 確かにあの時はそういう流れだったが……いや、俺はむしろ賛成だったんだ。阿武名さんが言っていたように、初対面の男女で住むなんておかしいんだから。

 むしろ、雨宮がなんで阻止するような動きをしたのか分からない。絶対に俺と住むよりも、阿武名さんと住む方が安全だし楽しいはずだ。


「そういえば、ハイタツくんはあたしが出ていくのに賛成って感じだったよねー」

「うっ、どうしてそれを」

「女の勘ってやつだよ。意外とそういうの敏感なんだからね!」


 そう言って、なぜか慎ましい胸を大きく張る雨宮。

 さっきは俺が阿武名さんに賛同しようとした瞬間、ちょうど遮るようにウソ泣きを始めていた。『チラリズム・モラトリアム事件』の時もそうだったが、こいつは確かに鋭いところがある。

 心を見透かされているみたいだ。


「ちなみに、いま考えていることも分かるよ? 『どうして結衣さんと住むのを嫌がるのか』って思ってるよね?」

「うっ、どうしてそれを」

「あはは、反応がさっきと全く一緒! わかりやすー!」


 手を叩いて笑う雨宮と、肩を竦めて溜息を吐く俺。

 年上だというのに、手のひらの上で転がされている感じだ。まさに俺が考えていたこととドンピシャで、超能力者なのかって疑いたくなるレベルである。もしかして、『FBI超能力捜●官』とか出てました?


「ハイタツくんは女心が分かってないなぁ」

「そんなの、自分がよく分かってるわい」

「そういうところだぞー!」

「うぐっ」

 

 そんなことを言いながら思い切り背中を叩かれ、油断していた俺は軽く咳き込んでしまう。それを見て雨宮は大爆笑していた。こういう陽キャなノリが、どうにも俺に合わない気がする。

 やっぱり雨宮を説得して、阿武名さんと住んでもらった方がいいんじゃないか。きちんと説明すれば、阿武名さんも分かってくれるかもしれない。このままでは精神的にも肉体的にも休まらないぞ。


「雨宮、やっぱ――」

「ちょっとここで待っててね!」


 俺が声をかけようとした瞬間、遮るように俺の持っていた買い物籠を引ったくり、いつのまにか目の前にあった試着室に雨宮は駆け込んでいった。

 なんという間の悪さ……いや、まさか追い出そうとしたのをまた察知したのか?


「さすがに考えすぎか」


 友達とババ抜きをやって勝った試しはないが、それでも雨宮とは会ってまだ2日だ。こんな短期間で心を読まれるほど、俺だって単純じゃないはずだ。

 えっ、単純じゃないよね?


 そういえば誕生日プレゼントだって、一度も何が欲しいか聞かれたことがないのに、毎年のように一番欲しいものをもらっていた。

 そんな分かりやすいのかな、俺って……。


 そんな風に自分の単純人生を振り返っていると、後ろから試着室のカーテンをサーッと開ける音がして、続いて元気のいい雨宮の声が聞こえてきた。


「おまたせ、ハイタツくん!」

「そんなに待ってな……い……」


 振り返った先には、白地にところどころフリルがついたシャツを着て、春らしいピンク色のプリーツスカートをはいた美少女の姿があった。上のシャツをインすることで、彼女のウエストの細さが際立ち、いつもよりさらにスタイルがよく見える。

 サラサラ流れる茶髪を肩で揺らし、クルリと振り返った姿は、まるでガールズコレクションに出ているモデルのようだ。

 現実離れしたそのかわいさに、俺は声を失ってしまった。


 しかし、なにより俺の視線を釘付けにしたのが……。


「たしか、こんなポーズだったよね?」


 なんてことを言いながら、恥ずかしそうな表情でスカートを抑えつつ、クルリと回った時に見える――。


「ピ、ピンク色――ッ!?」


 ふわりと広がるスカートの間から、チラリと覗ける桃源郷。そこに俺の目も心も、完全に釘付けにされてしまっていた。

 そこから少し視線をあげれば、恥ずかしそうに頬を赤く染めながらも、どこか期待するような表情を浮かべる美少女の顔。


 俺が長年に渡って追い求め続けた姿が、そこにあったのだ。


「あはは、すごい見てるね……えっち」


 そう言って、さらに恥ずかしそうに微笑む美少女。そんな彼女は、いままで見てきたどの女の子よりもかわいらしく、とても魅力的で、そしてえっちだった。


「な、なな、なんなん」

「いろいろと迷惑かけたお詫び」


 ウインクをする彼女に、腰から崩れ落ちそうになるのを、俺は必死にこらえた。

 お詫びだからって、刺激的過ぎる……!


「ごめんね、ハイタツくんと一緒にいたかったから……」


 視線を逸らし、伏し目がちに呟く美少女。

 こ、これはどういう意味だろう。俺と一緒にいたかったから、阿武名さんと一緒に住むことを拒否したということだよね。あんなにくさい芝居を打ってまで、俺と住みたかったってことだよね。

 そ、そそ、それってつまり、俺のことが好きなんじゃ――!?


「――なんちゃって! どう、かわいかった?」


 コロリと表情を変えて、クスクス笑いながら俺を見つめる雨宮。スカートもしっかりと抑えて、桃源郷への道も閉ざされてしまっている。

 ま、まさか……。


「ぜ、ぜんぶ、演技だったの……?」

「さーて、どうでしょう?」


 そう言いながら、試着室のカーテンを閉める雨宮。

 そして、カーテンの向こうから漏れ聞こえてくる、押し殺すような笑い声。 


 な、な、なな。


「なんじゃそらああああああああああああああああ」


 やっぱりコイツは詐欺師だ!

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