エピローグ

 目が覚めると、白い天井だった。

「あれ……あたし……」

 いままで遺跡にいたはずなのに。

 体を起こすと、柔らかい布団の感触があった。

 白いベッドに白い布団。 そうか、ここは病院なんだ。

 あたしは、元の世界に戻ってきたんだ……。

「お姉ちゃん! 目が覚めたの? よかった!」

 そう言った声とともに飛びついてきたのは懐かしい顔。

 妹の楓だった。

 あたしと同じ栗色の髪から、シャンプーの香りが広がる。

「か、楓……? どうしたの?」

「どうしたのじゃないよお姉ちゃん! 発見されてから三日も眠ったままだったんだ……よってお父さん?」

 と、振り向いた彼女の視線の先には同じように起き上がった父がこちらを見て困ったように笑っていた。

「もう! お父さんまでどういうことなの! とりあえずお母さんとお医者さん呼んでくる!」

 そう言って病室を飛び出して行った彼女にあたしは微笑んだ。

「もう、あいつは病院でも騒々しいんだから……。それはそうと、戻ってこれたな」

「楓はいつもあんなんだから。なんだか不思議なかんじ」

 そうだな、と父が微笑む。

「そうだ結衣菜。あの世界……ツーランデレンヴェルトの事は、くれぐれも母さんや楓、他の人には内緒にしておくんだぞ。私と結衣菜だけの秘密だ」

 どうして?という問いをかける間もなく、楓が母と先生を連れて病室に戻ってきた。

 あたしと父は、困った顔を見合わせ、微笑んだ。







 病室の閉じた窓から見える空には、春の様子が広がっていた。

 私は小説家の斎藤結衣菜。


 あれ以来、あの世界へのトリップは起こっていない。

 ただ、私は鮮明に覚えている。

 あの世界のことを。

 あの人たちのことを。

 いつかこの体験を忘れてしまった時それを思い出すため、私は記憶を頼りにこの物語を綴った。

 本当はこれを小説にできればいいのだけど、秘密にしようという約束をしてしまったから。

 もしかしたら、炎の魔法ぐらいなら……なんて試してみたこともあったけれど、やっぱりだめみたい。


 またツーランデレンヴェルトを訪れる日が来るだろうか。

 私がした体験を信じてくれる人は現れるだろうか。

 その日のためにも、この物語は残しておく。


 十四歳の私が訪れた、不思議な世界。


 ──ツーランデレンヴェルト


 長い文章を書き終わった私は大きなため息をついて使い慣れた鉛筆を机に置いた。

 こんなことを今更書くなんて、一冊分ほどの分量になってしまったなと少し嘲笑気味に笑う。

 底なしの元気を集めた赤髪の少年の笑顔が脳裏に浮かぶ。

 首に下げたペンダントが、静かな輝きをたたえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【ZAW1期】ZurAnderenWelt -始まりの物語- 風詠溜歌(かざよみるぅか) @ryuka_k_rii

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画