第16話 偽りの親子

「綺麗な人……」

 あたしの口から漏れた声に気づいたジェシーが口元に人差し指を当て静かにするように促す。と、その時美しい声が聞こえた。

「……誰なの?」

 顔は遠くてよく見えないが、眉をひそめたようなその声色に私たち五人は顔を見合わす。

「……ジェフロワでしょう? また来たの?」

「ジェフロワ?」

 彼女の言葉をガクが復唱し、バツの悪い表情を浮かべたジェシー……いや、ジェフロワと呼ばれた彼が青藍の牢の前に進み出た。

「すまない……」

 謝る彼に牢の中の彼女は続けた。


「ニクセリーヌの第一王子であるジェフロワ殿下がこんな罪人の牢に来るのはまずいんじゃないかしら?」

 でも……と彼が続ける。

「レミア……私はただ、君のことを助けたくて……!」

「何も知らないくせにそんなこと言わないで頂戴……!」

 彼の言葉を遮るような彼女の言葉は落ち着いているが怒りがこもっているとも取れるものだった。

「……私は……」

「酷いことを言ってごめんなさい……でも、あなたにできることはないわ。……余計なことはしないで」

 言い切った彼女に彼は目を伏せて俯き、また出直すよと言ってこちらを向いた。何を思ったのか、口を開こうとしたティリスをガクが制し、こう言った。

「状況はなんとなくわかった。俺としてはまだ君に協力して彼女を助けたい。だけどこのままじゃ……本当のことを全部、ちゃんと話してくれないか?」

 一瞬戸惑いを見せたジェフロワだったがすぐに口を開いた。

「分かった。ちゃんと説明する」




 レミアのいる青藍の真珠牢から少し離れた場所で、あたしたちは話を聞いていた。

 彼の話によるとジェシーの本名はジェフロワ、ここニクセリーヌ王国の第一王子だという。

「そういうことだ。嘘をついて悪かった」

 そういう彼にあたしは尋ねる。

「でも、なんで王子様だってことを隠さなきゃいけなかったの?」

「……私のやろうとしていることが今の王の立場を危うくすることだからだ」

 ティリスが何かを理解したように口を開けた。

「あの牢に囚われているレミアさんは、王族なのですね」

 突拍子のない憶測に聞こえたが、彼が頷く。

「彼女は私の従兄弟に当たるんだ」

「でも、あの女の人がお姫様ならなんであんなとこに捕まってるのー?」

 チッタが発した疑問には、ジェフロワではなくティリスが答えた。


「本来この国は女王制だわ。現在この国の王は男王……ようするに正式な王位継承者ではないのよ。その息子であるジェフロワ王子もまた……。 おそらくあの牢に囚われている彼女こそが……」

 ティリスの言葉にガクが項垂れ、ジェフが頷いた。

「レミアが何か罪を犯してあの真珠牢に囚われているならいいんだ。彼女は先の女王、彼女の母を殺した罪であそこに囚われている。 親殺しはニクセリーヌでは重罪、しかし彼女はやっていない。私は幼い頃彼女の母が私の父、現王アートスの臣下によって毒殺されるところを見ているんだ」

「じゃあ、今の王様が悪いってことー?」

 チッタがそう言い、ジェフは再び頷く。

「で、でも、なんで自分のお父さんが悪いとわかっているのにお父さんをかばわないでレミアさんを助けようとしているの? 家族なんでしょ?」

 あたしの問いに彼は目を背けた。

「私の父、だからこそだよ。自分の父がおかした罪の責任は自分で果たす。……それに、もう父ではないかもしれない」

「……と言うと?」

 ティリスが首をかしげる。


「一週間ほど前のことだ。父は毎日夜にアンドレシア城の庭を散歩するのだが。俺はその時たまたまその場所を通りがかったんだ。父は誰かと話していた。 来週、ついにジェフロワを……私を、殺すと。意気揚々と、楽しそうにね。あんなに嬉しそうな父の声は初めて聞いたよ」

 重力のない水の中に彼の涙が溢れて、水に溶け込んで消えた。

「すみません私……」

 謝ろうとしたティリスをいいんだ、と彼が制した。

「とにかく、父は変わってしまった。今の父は私が知っているような父ではない。……死霊でも取り憑いたとでも考えれば少しは気が楽だが、そういう訳でもないだろう。 国王が相手となればいくら俺が王子でも国民の協力は見込めない。だから君たち旅人に、お願いしたいんだ」

 合点がいった様子のガクを見て、言いにくいことを絞り出すように再びティリスが口を開いた。

「……申し上げにくいことですが。そういう事情であれば尚更、私はあなたに協力することができません。私は、隣国ディクライットの騎士団員。王に仕える身なのです」


 そうなのか……とジェフロワが俯くと突然、チッタが声を荒げた。

「おかしいよ! なんで目の前で困ってるのに助けちゃいけないんだよ!」

 胸倉を掴まれたティリスが目を背ける。

 チッタの深いアメジスト色の瞳は彼女を真っ直ぐ睨みつけていた。

「ちょっとチッタ! やめなよ!」

 あたしの声に手を離したチッタは、ティリスに背を向ける。

「チッタ、私だって協力したいわ。でも、陛下は私の主君であり、恩人でもあるの。陛下への忠誠が疑われるようなことは出来るだけ、避けたいのよ……」

 チッタは何も答えなかった。

「……ま、まぁ、二人も、ここで喧嘩をしていても仕方がないよ。俺はまだジェシー……あっごめんジェフロワだったね。 とにかく彼を助けたい。理由がなんであれ、濡れ衣で囚われている人を黙って見過ごすことはできないよ」

 ガクの自分にとっては他人ごとではないと言わんばかりの言葉にティリスが困ったように大きなため息をつき、そして言った。


「……そう、幸運なことを思い出したわ。私たちはこの国ではよそ者という認識はされているけれど、まだディクライットの人間だということまで知られていないわね」

 そういったティリスがマントに付けていた騎士団の紋章を外し、道具袋にしまうとガクにウインクをした。

 疑問符を浮かべ顔を見合わせた三人を見て、ガクがはにかんだ。

「ティリスも、協力してくれるってさ」

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