第15話 囚われの人魚

「助けてください!」

 口を開いたのは燃えるような赤い髪に褐色の肌、エメラルド色の瞳がよく映える青年で、とても緊迫した表情をしていた。

「助けてくださいって……」

 彼の言葉を復唱したガクがなんと返せばいいのかと口ごもる。

 そんな中、ティリスが口を開いた。

「私はティリス・バスティード。ディクライットから来た旅人です。東方のテーラへと向かう道中其方の国を通らせていただきたく思い、訪れました。 お話の前にまずあなたのお名前を教えていただいてもよろしいでしょうか?」

 彼女のその言葉に青年はハッとした表情を示し口を開いた。

「すまない、これは失礼なことをした。私はこの国に住むジェフ……ジェシーだ」

 彼が自分の名を言い直したことにティリスが眉をひそめるのが見える。

「……では、ジェシーさん。ただの旅人である私たちに一体なにを助けて欲しいと言うのですか?」

 言葉こそ丁寧だがティリスは明らかに彼への不信感を募らせているようで、それを知ってか知らずか、彼は話を続けた。


「……助けて欲しい人がいるんだ」

「……人?」

 ガクも怪訝な表情を示したが、ああと頷いた彼にティリスとガクが困ったように顔を見合わせる。

「だれをー?」

 突拍子なく声をあげたのはチッタで若干驚いたジェシーが答える。

「その人は……彼女はこの国の奥、だれも立ち入らないサンゴの森の中、青藍の真珠牢に捕らわれているんだ」

「捕まってるの?」

 頷く彼にさらに不信感は増すばかりだ。

「でもなぜ、ニクセリーヌの人たちではなく、見ず知らずの私たち旅人に頼むのですか?」

「それは……」

 ティリスの問いに言葉を濁す彼に、彼女はまた首を傾げ、ガクが続ける。

「ちゃんとした説明がないと協力できないよ」

「……この国の者には頼めないんだ、わかってくれ」

 そういった彼の目はそれ以上聞いて欲しくないと言わんばかりにあたしたちの視線を避けた。


「ちょ、ちょっとまってよ!」

 私は思わず声をあげた。

「その人を助けるとしても、あたしたちどうやってあなたたちの国に入るの? 水の中だよ?」

 あたしの疑問に彼はなんの戸惑いも見せなかった。

「大丈夫だ、それなら問題ない。この国全体には水中でも僕たち以外の人間が息できるようなある種の巨大な魔法がかけられている。ここはいずれ観光都市になる国だ」

「そうなんだ……ならいいんだけど」

 まだ不安が残るあたしの言葉にチッタが再び口を開く。

「じゃあとりあえずその捕まってる人のところに行ってみようぜ!」

 そうしてそれぞれの理由で中々気がすすまないあたしたちは、ジェシーについていくことになったのだった。




 未だティリスはジェシーを信用していないように見えた。

 しかし一体どういう魔法なのか、ニクセリーヌの海の中は彼が言っていた通り人間でも息が吸えるようになっており、あたしが考えたような心配は起こりえないようだった。

 美しい海の中に広がる街は幻想的な光景が広がっていて、たくさんの色とりどりの魚の群れが目の前を通り過ぎ、わぁっとはしゃぐあたしとチッタにジェシーが微笑む。


 まるでおとぎ話の中の世界。

 薄暗い海の中には太陽の光とは別に光るサンゴや均等に並ぶ光の玉が美しく、それを道標として人々も生活しているようだった。

 あまり人に見られてはいけない、というジェシーの案内で裏道を通ったためよく見えなかったが、彼らの家は砂で形作られたものが多く一つとして同じような形のものは見受けられなかった。

 鮮やかに生える赤や緑のワカメの並木を抜けていると、何かの旋律が聞こえてくる。


 なぜか懐かしくも美しい、そしてどこか悲しげなものを感じさせる旋律だった。しばらく流れたその女性の歌声にあたしたち四人は聞き入ってしまった。

「素敵な歌声ね……」

 今までずっと怪訝な顔をしていたティリスも、水の中で自由に動く髪を抑えながら少し穏やかな表情を見せていた。

「彼女の歌声だ」

 この美しい歌声と例の人助けの件は何の関係があるのだろうか。問う間も無くジェシーは奥へと進んでいた。




 今まで通ってきた街の中にはジェシー以外の人たちもたくさん生活していたが、このサンゴの森にはニクセリーヌ族の人はおろか魚一匹も見当たらなかった。

 どうしてだろう? と思った瞬間、また先ほどの歌声が聞こえ、そのまま進み続けるジェシーについていくと突然、あたりが開けた。

 青藍の真珠牢と言われるだけある。青く輝く不思議な真珠で造られた大きな檻に、金色に輝く真珠の手枷につながれた腕。

 その歌声の主は……。

 海の色より少し明るく輝く髪にピンク色の瞳が美しいその女性は、とても悲しそうにその音を紡いでいたのだった。

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