第7話 集う仲間
あたしはディクライット城下町で唯一海を臨める場所に来ていた。
遠くに見える鮮やかな青い海と同じく爽やかに晴れ渡る空にはなにも心配することはないとでも言うかのように黄色い太陽が輝いている。
ディクライットの冬の大祭が始まってからもう四日も経っていることもあり、ディクライット城下町の道はもうほとんど頭に入っていた。
中でもこの大きな木が一本だけ生えているこの高台はあたしのお気に入りの場所になりかけている。
冬の冷たい風が優しく頬を撫で、被ったマントの羽毛がふわふわと揺れる。
「これからどうしよう……」
独り言を口にした自分にハッと気付く。
いつまであたしはこうしているつもりなのだろうかという気持ちが、口の隙をついて出てしまった。
この四日間、城下町を散策してはチッタと一緒にエルムとヴィルの芸を見に行って魔法を教えてもらったり、騎士団の人たちとお話しをしたりしているだけだった。
チッタは今日やっとお家が決まると言って出て行ったが、あたしはどうすればいいんだろうか。
トラブルを避けるため、ほとんどの人間にはディクライットのはずれの街で暮らしていたという説明をしていたが、チッタと親しいティリスや、騎士団のエインとは会話をすることも多く、異世界に帰る方法を探しているということを話していた。
その会話の中でエインが言っていたことを思い出した。
──東の山脈を超えた砂漠に位置するテーラと言う国に異世界から来た人の噂がありました。何年か前のことなので、本当かどうかはわかりませんが……。
東のテーラ。そこに行って異世界から来た人と話をすることができれば、あたしが帰る方法が見つかるかもしれない。
とりあえず、チッタに相談しよう。
足元の雪があたしの歩みに応えるかのように快い音を鳴らしていた。
歩を進めるあたしの後ろで木に積もった雪が地面に落ちる音が鳴っていた。
事前に聞いていた通り、チッタは宿屋から街門の方へ十五軒ほど歩いたところにある小さな一軒家にいた。
引越し……といっても前のジェダンの家から持ち出せたものは写真のみらしく、あたしがついた頃には大方落ち着いていた様子で、むしろエリルさんには色々ものを買い足さなきゃだめねとぼやかれたほどだ。
「ティリスがさ、結構いいとこ見つけてくれたんだよ! ちょっと狭いけどな!」
と入るなりチッタはあたしに言った。
「しばらくはまだ慣れないだろうけれど、本当にティリスちゃんには感謝だわ」
掃除をしていたのか、腕まくりをして少しくたびれたように見えるエリルさんが微笑んだ。
「で、どうしたのユイナ? まただいどーげー見に行く?」
そう目を輝かせたチッタにあたしは切り出した。
「ちょっと相談したいことがあって……」
「そーだん?」
首を傾げながら再び質問を投げかけた彼のぴょこんと立った髪の毛がかわいらしく揺れた。
「うん、相談。あたしね、東の方にあるテーラって言う国に行きたいの。あたしみたいに異世界から来た人の噂があるんだって。もしかしたらそこに行けば帰る方法が見つかるかもしれないの。だから、どうしたらそこに行けるかなって」
「テーラとなると、かなり遠いわね」
エリルさんが少し眉をひそめた。
「ディクライット城の後ろにそびえる大きなペペ山脈、分かるかしら? テーラはその山脈の向こう、ペペ砂漠を進んだところに突然現れるペテル緑地と言うところにある国なのよ。 山越えは危ないから迂回をしないと……。だからユイナちゃんのような女の子が一人で行くには……」
難しいだろうという彼女の言葉を遮るようにチッタが叫んだ。
「俺も行く!」
あたしとエリルさんの驚きの声が重なった。
あたしたち二人の反応なんかお構いなしに彼は続けた。
「俺も行くよ! だってそうすれば、ユイナは一人じゃないだろ?」
「そ、そりゃそうだけど……でもチッタ……」
突然のことに返答に詰まるあたしに彼が言う。
「あのね、俺いつか世界で一番強いトレジャーハンターになりたいんだ。だから、その練習! な? いいだろー?」
どうしても行きたいと言わんばかりの彼に、エリルさんは少し悩んだ後に大きなため息をついて、こう提案した。
「チッタ。どうしても、と言うなら二つだけ、約束して」
「やくそく?」
聞き返した彼に彼女は一つ頷いた。
「ええ。いい? 一つはね、必ず無事に戻ってくること。二つ目はなにがあってもあなたがユイナちゃんを守ること。約束できる?」
「できる!」
即答だった。
その言葉にエリルさんは微笑んで言った。
「ユイナちゃん、チッタを連れて行ってくれないかしら?」
頷く他にない選択肢を選びながらあたしはその微笑みが寂しそうな色を帯びていたのを見つめていた。
次の日、あたしとチッタはティリスさんを尋ねるため、ディクライット城へと向かっていた。
街はまた雪が降り始めていて祭りの飾り付けが発する香しい匂いはまだ続き、その賑わいも最高潮に達しているようだった。
あたしたちが城門につき、門番の騎士にティリスさんの所在を尋ねようかどうか迷っているとちょうどティリスさんが門から出てきたところだった。
彼女はあたしたちを目に止めるとすぐ駆け寄ってきた。
「チッタ! ユイナちゃん! よかった、まだ出ていなかったのね! ちょうどあなたたちの所に行こうと思っていたの! ……あ、城に用かしら?」
「ちがうよー! 俺たちもティリスに用があって来たんだーっ!」
元気な彼の勢いに乗っかって、あたしも口を開いた。
「あたしたち、テーラに行こうと思ってるんですけど、旅をするのなんて始めてで、なにを準備すればいいのかなって。ティリスさんなら知ってそうだなぁって思って」
「……そう、そのことなら話が早いわ」
彼女の宝石のような瞳が少し揺れたように見えた。
「私もあなた達と一緒に行く。陛下から直々に東方調査の命を受けたの、その関係でテーラにも行かなきゃならなくて。 それに昨日、エリルさんからあなた達を頼みたいって……やっぱり心配なのね」
彼女はそう言うと心配性なエリルさんのことを考えたのか、ふふっと微笑んだ。
さりげなく見せるその笑みは少し子供っぽく、私と二、三ほどしか違わないという彼女の幼さが見えると、今までの大人っぽい彼女よりもなんだか少し親しみやすいように感じた。
「じゃあティリスも一緒に行くのー? やったー!」
そうはしゃぐチッタにあたしも口元が緩む。
「よし、じゃあ決まりね。旅の準備をしましょうか。ある程度は昨日のうちに済ませておいたけれど……旅着は本人がいなければね」
「おう! いこうぜ! 俺なんかわくわくして来た!」
「ちょっと! 待ってよチッタ!」
走り出した彼を二人で追いかけながらあたしは考えていた。
誰も知らないような不思議な世界、あたしがここに来たのには何か理由があるのかもしれない。
けれど悩んでいたって仕方が無いじゃない。
何かをやってみるべきなんだ。
狼に変身できる少年と頼もしい女騎士、二人との旅が始まる。
ディクライットの街は未だその賑わいが収まることはなく、チラチラと降る雪がまるで何かが始まるような、そんな不思議でワクワクする予感を感じさせていた。
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