第6話 小さな炎

 その後、あたしたちはしばらくディクライット城下町の宿屋にお世話になっていた。

 ティリスさんはこの前の盗賊団の一件の処理に忙しいため、中々チッタ達のお家の手配まで手が回らないらしく、それまであたし達は待機……ということでここに置いてもらうことになったのだった。

 事件から三日も経ったが、あたしはまだ外を歩いて見る気にはなれなかった。

 あんな怖い思いをして、これからどうやって帰る方法を探せというのだろう。

 まだ、ふとした瞬間にあの時の恐怖が蘇える。

 掴まれる腕にかかる圧力と強く当てられた刃先の痛み。

 この世界の不思議な魔法によって傷こそ治ったが未だに痛みを感じるように錯覚することがある。

 ティリスさんがあたしを助けるために思い切った作戦、あの噴水の下に騎士団の魔法隊が間に合っていなかったらどうなっていたのだろうと考えると身震いがする。

 さらにチッタがいなかったら……。

 かなりの無茶とはいえ、ティリスさん及び騎士団のピンチを救ったとしてチッタはこのディクライットの王様から感謝状をもらったらしい。

 あたしは宿屋の寝台の脇にある窓枠に肘をついて外の城下町の景色を見つめる。

 街は何か催しでもあるのか、ごった返す人で賑わっている。

 小鳥のさえずりに呼応するように心地よい風がそよぎ軽く髪を撫でたが、あたしの心は沈んでいた。

 正直、いままで起こったことが全て夢だと思いたいところだ。しかし、頬をつねると痛みを感じるこの不思議で危険な世界は夢ではなく、簡単に元の安全な世界に戻れるはずもないのだった。

 寝ても覚めても周りはあたしが住んでいた国の首都の殺伐とした空気はなく、ただ何処か懐かしい匂いがするディクライットの白い街が広がっているだけだった。

 

 何かをしなきゃいけないのはわかってる。

 あたしは首にかけたペンダントに手をやった。

 竜の目の所に嵌め込まれた石は変わらず鈍く緑色に輝いており、父の顔が脳裏によぎって家族のことを思いだす。

 母は心配していないだろうか、妹の楓は寂しくて泣いたりしていないだろうか。

「……帰りたい」

 ため息と共に吐き出した言葉は風に溶けて消えた。

 と、その時ノックも無くいきなりドアが開く音がした。

 驚いて振り返ったあたしにその人は言う。

「ユイナ! 祭り! 今日からだぜ! 見に行こうぜ!」

 嬉々としてそう言ったのは赤髪の少年。

「祭り? でも……」

 外にはでたくないのだ。

「いいから! いこうぜ! すんげー楽しそうなんだ! ほら早く!」

 手を引き嬉しそうに笑う彼に、あたしは引きずられるように連れ出されたのだった。




 城下町は混雑を極めているようだった。

 あちこちに吊るされた花とツルの装飾が香しい匂いを放っていた。

「……すごいんだね。なんのお祭りなの?」

 押し引きする人混みに揺られながらあたしは彼に問う。

「んー、なんだっけ? 冬のお祭り? ティリスが言ってた気がするけど、忘れた!」

 そう言ってヘラヘラ笑う彼はどんどん人混みの奥へと入っていく。

「結局なんのお祭りなの……」

 少し悪態をつきながらもあたしは彼を見失わないように歩く。

「あっ! みて! ユイナ!」

 不意にチッタが足を止め、あたしは反応しきれずにぶつかってしまった。

「チッタ! 急に止まらないで!」

「ごめんごめん! だってみてよあれ! すごいよ! ほら! あれ!」

 そう言って彼が指差したのは少し開けた広場にいる二人組の大道芸人だった。

 暗い赤の髪色に三つ編みが特徴的な男の人が手に持っていたスティックを投げ上げたかと思うともう一人の水色の長い髪の男の人がそれに向かって水を打ち上げる。

 そして水とスティックがぶつかるかというまさにその瞬間、赤髪の男が手を上げなにやら掛け声のようなものを叫び自らに注目を集める。

 すると男の手から眩い電撃が迸り水とスティックにめがけて一気にその力を強める。

 三つがぶつかった瞬間、光る水の中スティックが爆発し広場の空に美しい虹を描いた。

 二人の大道芸人が礼をし観衆が歓声をあげ、お金やその他価値のあるものを逆さにした帽子へと投げ込んで行く。


 まだ先ほどの興奮が収まっていないあたしたちはただその光景を見ていた。

「す、すごい……!」

 あたしはまだ、興奮していた。

 チッタは人が少なくなるとここぞとばかりに男たちに駆け寄り、すごいすごい! と子供のようにはしゃいだ。

 赤毛の方の男はチッタにありがとうな、と頭をくしゃくしゃと撫で、こちらをみた。

 目があったその瞬間、あたしはとっさに口を開いていた。

「あ、あの、それ……あたしにもできませんか?」

 自分で言って、驚いた。

 こんなこと言うつもりは、なかったのに。

「ん? それって、何?」

 赤毛が言う。

「えっと……さっきの、何も無いところから水が出たり、電気がビリビリしたり……」

「電気? なんだそりゃ」

 彼は不思議な顔をして首を傾げたが、そうか! ビリビリな! と彼は思いついたように手をたたき言った。

「嬢ちゃん、それは魔法だぜ? やってみる?」

 うん! と頷いたあたしの頭を撫で、男は言った。

「よし教えてやるよ! えっと……俺はエルム。あそこにつったってる水色のがヴィル。あいつと一緒に色んなところ回って大道芸やってんだ、へへへ。嬢ちゃんたちは?」

「俺はチッタ!」

 エルムの言葉を半ば遮るようにチッタが叫んだ。

「え、えっと……あたしはユイナ……」

「チッタにユイナか! よろしくな! へへ、じゃあさっそく……」

「エルム、何子供に絡んでんだ」

 エルムの言葉を遮ったのはヴィルと呼ばれた水色の髪の男だった。

「なんだよぉ~! いいだろ! チッタとユイナって言うんだぜ、この子達魔法を教えて欲しいんだってっ」

「へぇ~、またそんなめんどくさいこと……まったくお前は……ごほん。まぁ、俺はヴィル、よろしくな、チッタにユイナ」

 チッタが元気によろしく! と返す。

「はは、チッタは元気がいいな、いいことだぞー! こいつみたいに年中葬式みてーな辛気臭い顔してるより全然な!」

「どっかのバカみたいに労力使うよりはいいだろ……。それで、魔法を教えるんじゃなかったか?」

 ヴィルにそう言われエルムははっとしたように言った。

「お、おう、もちろん。忘れてなんかないぜ? じゃあやるか! まず、えっとね、魔法を使うには、呪文を詠唱しなきゃいけないんだ。 簡単な魔法ほど短くて、難しい魔法ほど長くなる。そんで……」

「ちょっ、ちょっとまってよ!」

 あたしは口を挟んだ。

「さっきの演技のときって、呪文なんて唱えてるようにみえなかったけど……」

 するとヴィルが口を開いた。

「それは無言詠唱さ。頭の中で呪文を思い浮かべるだけで魔法の発動が可能になる。それには修練が必要だけどね。 えっと……そうなると一から説明しなきゃだめそうだな。ユイナたちは、魔法の種類については知ってるかい?」

その問いにチッタが口を開く。

「俺ちょっと知ってるよー! あれだろ、癒魔法ゆまほうっていうのがあるんでしょー?」

「うん。それも魔法の一種だ。簡単に説明すると、魔法にはだれにでも使える渾魔法こんまほう、ある種族にしか使えない殊魔法しゅまほうがある。 殊魔法しゅまほうは例えば……そうだな、ジェダンの変身術とか」

 そうヴィルが言った言葉に、またもやチッタが反応する。

「これでしょ!」

 そういって白い煙に包まれ狼姿に変身したチッタはヴィルをみてにっこり笑った。

「うぉー! お前ジェダンの子だったのかー! てことはユイナも?」

「ユイナは違うよー! えっと、うーんとねー」

 狼姿のチッタをみて喜ぶエルムへの返答を詰まらせるチッタに、あたしは言った。

「ディ、ディクライット族です!」

 ティリスさんと同じ種族の名。

 この世界には人間、の中でも様々な特徴を持っている沢山の種族がひしめいていて、チッタのように狼に変身出来る種族、未来をみることが出来る種族などがいる。

 その中でもあたしに一番近いのはこのディクライット王国を中心に栄える種族だろうと聞いていたからだ。

「へぇ~珍しいコンビだなーっ」

 そういったエルムにヴィルが続けた。

「金色の毛並み……まぁいいか。そう、こんな感じで特定の種族だけが使える固有の魔法が殊魔法しゅまほうだ。 それぞれ呼び方は様々だけどね。この世界にはたくさんの種族がいるんだから殊魔法しゅまほうはその数だけある、といっても過言ではないかもしれないな。 それでやっと肝心の渾魔法こんまほうについてなんだけど……」

「それは俺が説明する」

 そういったのはエルムだった。

渾魔法こんまほうは、さっきもこいつがいってたとおりだれにでも扱える魔法だ。種族によって得意不得意はあるけどね。まぁそれはいいとして渾魔法こんまほうは大きく三つに分けられるんだ」

「三つ?」

 あたしは聞き返した。

「うん、三つ。一つは実魔法じつまほう、二つ目はさっきチッタがいっていた癒魔法ゆまほう、そして最後は宿魔法しゅくまほうだ。実魔法じつまほうは人々が一般的に魔法と呼んでいるもの。 さっきユイナが教えて欲しいって言っていた、なにも無いところから水や雷を作り出すのがそれ。魔法っていったらだいたいこのことを指すんだよ。 それで二つ目、癒魔法ゆまほうはその名の通り人々の傷を癒す魔法だ。とっても役に立つんだけど病気や死に至るような大怪我だと全く意味をなさないから、そこが注意な。 最後は、宿魔法しゅくまほう、これは割と新しい魔法だから聞きなれないかもしれないけど、武器に実魔法じつまほうを宿す魔法だ。 この国の騎士団で使われてるらしいけど実魔法じつまほうをある程度使いこなせるところから始まるから、習得はかなり難しいらしいぜ。俺たちは使えない。 宿魔法しゅくまほうを使う騎士団の奴は魔法剣士って言うんだけど、そいつらはそれもあってエリートなんて言われてるらしい。 そういえば最年少で魔法剣士になった子はすごく陛下に可愛がられているって噂だぜ。やっぱ優秀なんだろうなぁ。 ……っと話が横に逸れちまった。……とりあえず、魔法の説明についてはこんな感じだ。長くなっちゃったな、それじゃあ実際にやってみようか」


 エルムが話し終わるとヴィルが言った。

「よし、じゃあ今から呪文を教えるから、それの通りに詠唱しながら、発動させたいところに手のひらを向けるんだ」

 そういったヴィルの通り、チッタはエルムに向かって手のひらをかざす。

「ち、チッタ、そっちは危ないからな、地面だぞ、地面」

 少し焦ったようにエルムが言う。

 わかったー! と素直にチッタが手のひらを地面に向けると、ヴィルが言った。

「じゃあ呪文を教えるよ。覚えやすいのにしよう。えっと、エーフビィ・メラフだ。エーフビィ・メラフ。……覚えたかい?  エーフビィ・メラフ。ほら、言って見て」

「エーフビィ・メラフ?」

 よし、とヴィルは頷いた。

 チッタは呪文が覚えられずエルムと奮闘している。

「ねぇ、呪文を言ったのに、なんで魔法が出ないの?」

 やっぱりこの世界の人間じゃないからかなと思ったが彼は言った。

「魔法が発動するにはもうひとつ、やることがあるんだ」

「やること?」

 そう、とヴィルはもう一度頷く。

「今呪文を唱えただけで何のための呪文なのか、わかっていないだろう? これはね、炎を生み出す魔法だ。 魔法はそれを理解し、且つ頭の中で鮮明に思い浮かべることでやっと発動するんだ」

「へぇ~難しいんだね」

 ヴィルは少し微笑んだ。

「やってごらん、これでやり方はわかっただろう?」

「うん!」

 返事をしたあたしは再び、口を開いた。


 先ほどの呪文を唱えながら手のひらの先、地面に向かって神経を集中させる。

 炎の魔法……赤く燃え上がる炎……。

 そのときあたしは不思議な感覚に襲われた。

 手のひらの先から何かが飛び出すような、そんな感覚。

 思わずつむっていた目を開けると、そこには小さな炎が揺らめいていた。

「すごい……」

 そう呟いたのはヴィルだった。

「すごいぞユイナ! 初めてで魔法が発動したのをみることが出来るなんて! 俺たちだってその感覚をつかむのに一年はかかったんだぞ! 本当に始めてだよな? すごいぞ!」

 そう興奮するヴィルにエルムも言った。

「ユイナには魔法の才能があるんだな!」


 熱で雪が溶けて露わになった地面に、未だその小さな炎は静かに揺らめいていた。

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