第5話 ブラウストーラ団
――雪は少し強くなってきていた。
私とエインがそこに駆けつけた時には、もうすでに多くの野次馬で噴水の周りは埋め尽くされていた。
「騎士団だ!みんな道を開けろっ」
野次馬の中の誰ともなく聞こえた声に従い、群衆は私たちが通れる道を開けてゆく。
「お、また騎士団の嬢ちゃんとチビ助くんのお出ましかい。毎回毎回懲りないねぇ」
気持ちの悪い笑みを浮かべた彼の名はブルーノ。この盗賊団の参謀のような存在で、いつも頭であるバルダという男に付いて回っている。 元は彼の追っかけのような存在であったという。
恥ずべきことではあるが、私達騎士団は頭の切れる彼の思案した策のお陰で今までこの盗賊団を捕まえられずにいた。でも、今日は違う。
こんな街中で騒ぎを起こせば逃げ場はない、騎士団の手の内である。
「何が目的です?」
声をあげたのはその青い瞳を正義に燃やし、悪を見つめる小さな団員、エインだった。
「分かるだろう…金だ」
下劣な笑みと共に吐き出したのは予想通りの言葉で、何かを言いかけたエインを遮るかのように彼はまた口を開いた。
「……それと」
「お前たち騎士団のような立派な武器も欲しいかな」
突拍子もないその言葉に、エインは目を丸くする。
「なぜそんなもの……!」
「力が欲しいんだよ。こんなちゃちいナイフじゃお前たち騎士団にやられるのも時間の問題ってもんさ、チビ助くんよ。どうだ、ここで交換条件というのはどうだ?」
いつもあれやこれやとこちらを騙そうとする彼らにしては実に素直な申し出だった。
とその時、私達とは反対側の群衆の中に紛れ込むチッタの姿を私は捕らえた。
ついてきたのね……。
沈む気持ちを抑えつつ、私は口を開いた。
「交換条件とは?」
彼は口元に不敵な笑みを浮かべ、低い声でこういった。
「もうすぐお頭が戻ってくる。そうすればわかるさ」
言い終えた彼は何処か自信ありげで、何かを確信しているとも取れる口ぶりであった。
群衆の外れの方で甲高い女性の悲鳴が上がった。
おそらく、野次馬のなかの一人であろう。
どよめいた人々の輪が崩れその中を一人の男が悠々と歩いてくる。
ぼさぼさの紫色の髪の毛に光る金歯……バルダだ。
彼は青い布を巻きつけ、黒鉄色に錆び付いたナイフを右手に持ち、その切っ先にいたのは数刻前までチッタ達と一緒にいた少女、ユイナだった。
柔らかい栗色の髪と同じ色をしたその瞳は、恐怖に揺れていた。
「卑怯な……!」
隣でエインが小さく噛み殺すように呟いた声が聞こえた。
私は彼をなだめるようにその小さい肩に手を置き、バルダを睨みつける。
「おお、こわいこわい」
そんなことを呟きながらバルダは道を進めていく。
ふと向こう側に目をやるとチッタが叫ぼうとしたのか隣にいたエリルさんに口を押さえられ止められているのが見えた。
そういうことか……あの子とはここに来る途中ではぐれてしまったのだろう。
ブルーノ達手下がいる場所まで辿り着いたバルダはなにやら彼等と相談していた様子だったが、やがて口を開いた。
「もうわかるだろう。この嬢ちゃんの命と、交換だ」
そう言い放ったバルダの言葉に群衆は同様と恐怖に包まれ、逃げ出すものまで出た。
「うるせぇっ黙れ愚民ども!」
そう叫んだバルダの腕に力がこもり、ユイナの首に一筋の血が流れる。
傷は深くはないように見えるが、流れる赤は群衆の騒ぎを黙らせるのには十分であった。
そして、彼らは私たち騎士団に視線を向ける。
――雪は、その激しさを増していた。
冷たい雪が勢い良く顔に当たっては溶けてゆく。
騎士団が人質を取った盗賊団に降伏、一見するとそうせざるを得ないように見える状況。
しかし、私には一つの考えが浮かんでいた。
噴水の下に見える仲間の影。あれなら……!
「ティリスさん……」
「大丈夫よ、エイン。行ってくるわ」
彼にそう告げた私は一歩群衆の輪の内側に入って声を上げた。
「先ほどの交渉への返答。このティリス・バスティードがディクライット騎士団の代表として、申し上げます!」
現場にいる全員が私に注目する。
言葉の切れ目が大事だ。
「あなた方の要求はわかりました」
そう言うと群衆はどよめき、様々な声を上げる。
騎士団が盗賊団などに降伏するのかという野次だ。
背後からはエインの不安そうな呟きが聞こえ、向こう側ではチッタがぽかんとした表情でこちらを見つめている。
私の言葉の意をどのように解釈したのか、盗賊団たちの表情は先ほどの私を睨みつけるような鋭いものとは変わって品のない薄い笑いへと変わっていく。
──うまくいった。
バルダが返答しようとした時、私は小さく呟いた。
「しかし……」
それに驚いたのか、盗賊団たちは一瞬困惑の表情を見せた。
その瞬間、私は剣の柄に手を伸ばし、声を張り上げた。
「我々騎士団は、あなた達の要求を受け入れることはできません!」
突如盗賊団達の足元から白煙が広がり、彼らの中から悲鳴が聞こえた。仲間の援護だ。
群衆の輪の中は大混乱である。
そして白煙に包まれた場所から一歩退き、剣を抜いた私は叫んだ。
「エイン!」
そう叫んだ私の声に応じるように地を割るような轟音が響き渡り、同時に稲妻の光が白煙一面を駆け巡った。
思わず怯んでしまうような雷の音は苦手だ。
その音に耐えながら、私は人質であったはずの少女の名を呼んだ。
「ユイナちゃん……?」
後方から聞こえた高笑いに、私は剣を構える。
「残念だったなぁ嬢ちゃんよお、せっかくかっこいいところを見せられるとこだったみたいだけどな、人質はまだこっちのもんだ。少しでも動こうとしてみろ、この子の細い喉が真っ赤に染まるぞ」
そういったバルダの声は下劣な響きを帯びており、にやりと笑ったその奥に見える金色が光っていた。
「……!」
剣を構えた体制のまま、身動きが取れなくなってしまった。
何もできない……!
ユイナの恐怖に震えたその目から、涙がこぼれ落ちるのがみえる。
人質を助けなければと思って実行した策はどうやら裏目にでてしまったようだった。
すると、突拍子が無く能天気で明るい声が聞こえた。
「おっさん。おーい、おっさん」
バルダの後方からだった。
「!」
彼が驚き振り向く、すると少し鈍い音が聞こえた。
声の主が彼を殴ったのだ。
突如の事にナイフを落とした彼が気絶した先に立っていたのは、チッタだった。
少し自慢げに鼻をこすり、腰に手を当てガッツポーズを決める。
「へへっお手柄だろ?」
そういって彼はにかっと笑ったのだった。
──雪は、もう止みかけているようであった。
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