第4話 夜の城下町で

 ディクライットの街は雪が降り積もり、雪化粧に包まれた街に蝋燭に火を灯した街灯が光り、静かな景色が広がっていた。

 街並みは私が住んでいた日本のそれとは違い、どちらかというといつか写真で見たヨーロッパの古い街のようだった。

 一歩歩くごとに雪が踏みしめられ、心地いい音が街に響く。

 元の世界も冬だったから、ブーツを履いていてよかったなと心から思う。それでも、滑らないように歩くのはまだ慣れない。ここに来るまでに何度もチッタに支えてもらってしまった。

「なぁティリス、俺お腹空いちゃったー」

 突拍子もなくチッタが口を開いた。

「……そうね、母さんのところに戻る前に、グレープレングスで、食事でも取りましょうか。あ、その前に、少し城に寄ってもいいかしら。先に誰かに言付けを頼まないと……」

「お城? お城があるの?」

 あたしは普段聞きなれない言葉を聞いた気がして聞き返す。

「そうだぜ! でっかいんだよ! ほら、あれ!」

 チッタが半ば興奮したような様子で、前方を指差した。

「あ、あれが……? すごい……」


 街に隠れてどのくらいの大きさなのかはちゃんと把握ができないが、そこには高くそびえ立つ塔が三つ連なっていた。

 レンガでできているであろう塔の姿は雪が舞う灰色の空の中でも白く銀色に煌き、三つの中最も高くそびえる塔のその頂きには、どこか厳かな印象を帯びた赤い下地に 煌びやかな金色の装飾がなされた大きな旗が、この国の統治を表すように風にはためいていた。おそらくこのディクライット国の国旗なのだろう。

「ふふ……私、あのお城で騎士として働いているの。そうだ、一度外装だけでも見たらどうかしら?」

 ティリスの言葉に、エリルさんも口を開いた。

「そうね、丁度用事があるのでしょう? ティリスちゃん」

 彼女の問いかけにティリスは一つ頷く。

「やった! お城みれるんだ!」

 おとぎ話の中でしか聞いたことのないお城という響きに、そういう状況ではないながらも思わずはしゃいでしまう。そんなあたしにティリスは微笑みこういった。

「ええ。チッタも、それでいい?」

「うん! 俺もちゃんとお城見たことないしな!」

 笑う彼の口元に白い歯が光った。

「じゃあ、いきましょうか!」

 舞い続ける雪の中、私達はお城に向かう城下町のなだらかな石造りの坂を、ゆっくりと登って行くのだった。




 城の全体が見えるまでに、どれほど歩いただろうか。

 ティリスとチッタは幼馴染の間柄らしく、道中仲良さげに話をしていた。

 どうやらチッタは昔、この街に住んでいたことがあるようだ。

 比較的広く歩きやすい中央道のような道を進んで行くと、噴水がある広場が横目に現れ、さらにそこを突っ切って進んで行くと突然あたりがひらけ、目の前に大きな城が現れた。

 噴水は雪が降っているというのに凍りもせず、美しい水が綺麗な放物線を描いていたが、それもこの世界の魔法の一種なのだろうか。


 先ほどまで見えていた旗が立っていた塔の真下にある巨大な建物が城の本体らしく、所々美しい装飾がなされたモニュメントや布などで飾り付けられている。

「すっげぇ……こんなにおっきかったんだ!」

 チッタがそういったのと同時にあたしも歓声を上げた。

「相変わらず荘厳ね……」

 エリルさんも感慨深くつぶやいた。

「ふふ……あ、それじゃあみんなを城に入れてもいいか聞いてくるわね、ここで待っているのじゃ寒いだろうから」

「うん! 待ってる!」


 チッタが元気良く返事をし、ティリスがスペディ──ティリスの馬のような生き物だ──のスイフトを引き連れ、閉鎖的に開いた城の門の前に威圧的に立っている鎧に身を包んだ騎士二人に 話しかけに行った。

 遠くからはよく見えないが少し話し込んでいるようだ。

 たまにこちらを振り返り指示をしたりもしている。

「ねぇ、ティリスさんってここのお城で騎士やってるの? かっこいいよね」

「そうだよ! あいつすごいんだよ! すごい強いの! 俺は勝てないやー」

 あたしの問いに答えるチッタの興奮をみてエリルさんがふふっと笑った。

「彼女はお母さんのフィリスに続いて次期剣聖っていう噂もあるのよ」

「剣聖……剣が強い人のことだよね……すごいんだね……」

「うん……あっ帰ってきた! どおだった?」

 こちらに戻ってきたティリスにチッタが声をかけた。

「ひとまず城に入る許しは得たわ。お家等の詳しい話は中でしましょう」

 そういって再び城に向かっていくティリスの後に続いて、私たちはディクライットの城門をくぐり抜けたのであった。




 ディクライット城は思っていた以上に立派なものだった。

 煌びやかというわけではないが重厚なレンガが積み重なってできた壁に広がる石畳、そしてその上には金色の糸で装飾が施された赤い絨毯が道に沿って伸びていた。

 所々のドアには木彫りや銀や金の装飾品が飾ってあり、花や草も生けて置いてあった。

 城の重たい扉を開け入ったその先には二本の大きな螺旋階段が二階へと続いており、そのさらに上の三階には玉座の間があるのだが、そこに行くためには特殊な魔法を唱えなければいけないという。

 感嘆するあたしとチッタを見てティリスさんが微笑み、城門から少し距離のある部屋にあたし達を案内してくれた。

「それじゃあ、ここで少し待っていてくれるかしら? 私は用事を済ませてく……」


 ティリスが言い終わる前に、大きな音を立てて部屋の扉が勢い良く開いた。

息を切らせて現れたのは、可愛らしい桜色の髪の毛をした男の子だった。

「ティリスさんっ! 大変なんです! すぐに来てくだ……さい……その方々は……?」

 チッタよりも幼い彼のその目は、あたし達を見て動揺を隠しきれないようだった。

「この人達は私の知り合い、後で説明するわ。それよりエイン、そんなに急いで、何があったの?」

 冷静に返したティリスの言葉に、エインと呼ばれた少年は気付いたように答えた 。

「そうです !また例の盗賊団が! バルダが! 南の噴水広場です! すぐに来てください!」

「懲りないのね……わかった、案内して! ……あっチッタ達はここで待っていて! 動いちゃダメよ!」

 言い聞かすように彼女はそう言い、ティリスさんは少年に連れられ、走って部屋を出て行ってしまった。


 何が起きたのかよくわかってないあたしは、エリルさんとチッタの顔を交互に見ることしかできなかった。

「とにかく、ここで待って……チッタ! 危ないからやめなさい!」

 エリルさんが口を開くと同時に、チッタが二人の後を追って駆け出して行くのがみえた。

「待ってチッタ!」

 チッタを追いかけたエリルさんに追いつこうと、あたしも駆け出す。

 城の使用人達が走っていくあたし達を不思議そうに振り返って見ていた。



 城門を出て、うねうねと蛇行して行く通りを下っていく。

 城の外に出た瞬間にチッタとエリルさんは狼姿になり走って行った。

 狼たちの脚力に勝つような速さでは走れないあたしは取り残され、一人になってしまう。

 夜のディクライットには降り積もる雪と蝋燭の灯りだけが光り、少し不気味な雰囲気を醸し出していた。

 噴水といえばさっき城に行くまでにあがってきた道の途中にあったはず……。

 そこに行けばチッタ達がいるだろうか。

 あたしは、噴水がある広場に行こうと、足を踏みだした。

 すると突然、全身に強い衝撃を感じて、私は尻餅をついた。


 驚いて顔を上げると、そこにはボサボサな紫色の髪の毛をした男が立っていた。

 首元には青く目立つストールのような物が巻きついていた。

「よう、お嬢ちゃん前を見て歩けな」

 男の声は、言葉こそ柔らかいが、怒りを帯びていた。

「ご、ごめんなさいっ!」

 あたしは咄嗟にそう叫んで立ち上がり、男から逃げ出そうとすると、そのがっしりした手に、腕を掴まれる。

 嫌な予感がした。

「どこに行こうって言うんだい? 嬢ちゃん。……一ついいことを教えてあげようじゃないか。こどもは夜に街を出歩かない方がいいんだよ。 そう、大盗賊バルダ様と呼ばれ恐れられる、俺のような悪党がいるからな」


 振り返ったあたしに、そう名乗ったバルダという男は薄気味悪く笑い、しんしんと降る白い雪に、彼の口から覗く金歯が、嫌な光を放っていたのだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る