アシッド村編

第8話 銀色に輝く髪色の

 あたし達はディクライット城下町からアシッドという村に向かう長い公道を歩いていた。

 アシッドはテーラに向かう道……と言っても直接の道ではなく、テーラとディクライットの間を隔てる大きな山脈を迂回する道の途中にあり、ティリスの受けた東方調査という仕事の目的地にも含まれているらしい。

 「アシッドはディクライット領では珍しく雪が積もらない村よ、温暖なの。……それと私のことはティリスでいいわ、ユイナ」

 昨日彼女がそういって笑ったのを覚えている。

 先頭を歩く彼女が引くのはスペディ──この世界特有の馬に馬ならざる不思議な耳がついた生き物だ──名前はスイフト。彼女の愛馬であると言う。


 あたしはふと、この世界を旅するためにティリスが選んでくれた旅着にくくりつけたロッドに手をやった。

 それは旅の途中、再びエグラバーの様な危険な魔物に遭遇した際に自らの身を守るために作られた武器だった。

 小さいナイフでもというティリスに、チッタが「ユイナは魔法すごいんだよ!」なんていうものだから、 ほんの小さな魔法でも大きく増幅してくれるという魔宝石が取り付けてある装飾が少なめのロッドを選んだのだった。

 しかしあたしはまだ、エルムとヴィルに教えてもらった炎の魔法しか知らない。

 こんなもので本当にあの恐ろしい魔物達から身を守れるのだろうか?

 憂鬱な心をなだめるようにエリルさんがもう使わないからと言って譲ってくれた桜色の愛らしい髪飾りが風に揺られ、あたしの肩を撫でた。


 いままで積もっていた雪がだんだん少なくなり、少し先では地面が見えてくるほどで、急に季節が冬から春に変わったような錯覚を覚えるほどアシッドの周りとディクライット城下町の気候は違っていた。

 同じ国でもこうも違うものだろうか。

 そんなことを考えながら歩いていたあたしの横をチッタが駆けて行き、出発してからずっと狼姿になったり戻ったりしてはしゃいでいる彼をティリスが制した。

「見えたわ、あれがアシッドよ」

 彼女の言葉を聞いて嬉しそうに駆け出すチッタを、ティリスの小さなため息が追いかけた。




 アシッドはとても美しい村だった。

 昨日もティリスが言っていたように、ディクライット領のためもっと寒くなれば雪こそ降るらしいが積もることはなく、 国境線が近いせいかとても温暖で冬の今でも初夏のように緑が茂っているのだった。

 色とりどりの花が咲き、背は低いが豊富な種類の樹木が村を守るように生い茂り、その上では鳥たちがさえずっていた。

 村の門に差し掛かった時、あたし達は誰かの話す声のようなものを聞いた。

「村の人かしら?行ってみましょう」

 スイフトの縄を手際良く木にくくりつけたティリスの言葉に従い、あたし達は声の方へと足を進めたのだった。


 声の方に行くと、川の音が聞こえてきた。

 人影があったため、三人で木の影から覗いてみると、そこにいたのは一人、とても美しく輝く銀の色を帯びた髪を肩甲骨よりも下あたりまで伸ばした女性だった。

 おかしいな。聞こえたのは男の人の声だったのに。

 と、突然ティリスの目の前に木からぶら下がった蜘蛛が降りてきた。

 驚いた彼女の叫び声に気づいたその人がこちらを振り向き、銀色の美しい髪が動きを見せる。

「誰?」

 その声色はさっきの話し声と同じ、男の人のものだった。

 振り向いたその人は一目見ただけでは性別の判断を迷うような中性的で端正な顔立ちだったが、その体格からなんとか彼が男性だと言うことが分かった。

 琥珀色の瞳が深く、どこか不思議な印象を感じさせる青年。


 彼は低めの落ち着いた口調で、再び口を開いた。

「誰かそこにいるのか?」

「すみません、私達はディクライットからこの村の村長さんを訪ねてきたのですが……」

 一歩踏み出してそういったのはティリスで、あたし達二人も彼女に続けて木の影から姿を現した。

「旅人? 珍しいな、行商ならよく来るけど。……で、村長さんに何の用?」

 青年は警戒心を抱いたのか、少し目を細め、眉を寄せる。

「通達があったはずですが……大したことではありません。この先の吊り橋の件で少し。申し遅れましたが私はディクライット騎士団所属のティリス。 この子達は訳あって行動を共にしているチッタとユイナです。あなたはこの村の方だと……図々しいようですが村長さんの居場所を教えてはいただけませんか?」

 彼はまだ警戒を解いていないようだったが少しの間を置いた後、こう言った。

「吊り橋ねぇ……壊れてたっけ。まぁいいや分かった。俺が案内します」




 ついてきてと言う彼の言葉に従い、あたし達は村の門から続く小道を歩いていた。

 この先をもう少し歩けば、村長さんのお家があると言う。

「そういえば」

 と先頭を歩いていた彼が言った。

「名前、教えてなかったよな。俺はガク、よろしくね」

「ガク! よろしくな!」

 案の定チッタが元気良く言ったのに対し子供が好きなのか、ガクはその表情を少し緩めた。


 その時向こう側からガク兄! と慌てた様子で駆けてくる男の子と女の子がいた。

 近づいてきた子供達にガクはどうした、何かあったのか? と怪訝な表情で子供の背丈に合わせてかがんだ。

 どうやら村に住んでいる子供らしい。

 男の子の方が何かを伝えようとするが気が動転しているのか上手く言えないようで、それを見兼ねたもう片方の少女がガクに口を寄せた。

 彼女の言葉を聞いた彼はなんだって、と驚きの声を上げ、その声にあたし達三人は何かあったのだと息を飲んだ。

 そして彼は再び、口を開いた。

「村長の孫娘が、行方不明だ」


 銀色に輝く彼の髪が風に揺れ、美しい瞳が不安気な暗い色を帯びたようだった。

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