第10話 長くて、太くて、大きくて、硬くて、熱くて、脈動して、反り立っている立派なモノ

 

明けましておめでとうございます。

新年一発目にこんなタイトル……

今年も素晴らしい一年になりそうですね!

今年もよろしくお願いします。

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「俺は鬼だ。鬼を親に持ち、鬼に育てられた正真正銘の鬼だ」


 浴室に沈黙が訪れる。無言の時間だ。チャポンと水滴が落ちる音が異様に大きく聞こえる。

 羅刹らせつの告白。それは自分の正体が鬼という衝撃の事実だった。

 でも、言われてみれば納得だ。彼自身が言ったのだ。影を操る鬼もいると。

 その事実を聞いて、桃仙ももせは驚かない自分に驚いていた。

 鬼という存在は恐怖そのものだ。だけど、羅刹の正体が鬼だとしても『ふぅ~ん、そうなんだぁ。それで?』くらいにしか思わない。そんな自分に驚きだった。


「騙していてごめん……」


 桃仙の無言は恐怖と絶望で言葉を出せないのだと誤解したのだろう。羅刹は悲しそうな顔で謝り、湯船から立ち上がろうとする。


「待って! 違うの!」


 慌てて桃仙は彼がどこにも行かないように、指を絡ませた手をギュッと握り、腕をむぎゅっと抱きしめる。ついでに足まで使って完全に捕獲。

 絶対に離さない。どこにも行かせない。だって一人は怖いから。隣にいて欲しい。


柊姫ひいらきさん?」

「あのね、阿曽媛あそひめ君が鬼だと言われても、なんか全然怖くないの! なんでだろうなぁって自分で疑問だっただけなの! というか、逃げないで! 阿曽媛君がいなくなったら、私泣くからね! 怖くて泣き叫んじゃうからね!」


 潤んだ瞳で上目遣い。今この手を離すと羅刹がどこか遠くへ消えてしまう気がした。だから絶対に離すもんか!

 必死な桃仙の思いを聞いて呆気にとられていた羅刹は、はぁ、と大きく息を吐くと、浴槽にもたれかかって天井を見上げた。片手で隠すその顔には、どこか嬉しさや安堵が滲んでいる。


柊姫ひいらきさん……ありがとう」

「んっ? 何が?」

「いいや。何でもない」


 晴れやかな笑顔。羅刹がこんな風に笑うのを初めて見た。桃仙の心臓がトクントクンと高鳴る。

 あれだけ爽やかな笑顔が急速に曇る。表情の急激な変化に驚きだ。とても気まずそう。


「……それよりもさ、手をどうにかしてくれない? 握るのは良いんだけど、足で挟まれるのはちょっと落ち着かないというか……」


 離さないようにギュッと握っているのはいいが、場所が悪かった。太ももで挟まれた彼の手がぴったり収まっているのは彼女の股間部分。水着の上から完全に触れている。


「わわっ!? ご、ごめん!」

「いや、俺もなんかごめん」


 慌てて手を抜き、置き場に困った桃仙は、結局閉じた自分の太ももに乗せることにする。

 全然気づかなかった。触れてたよね……? 恥ずかしい。とても恥ずかしい。桃仙の顔だけでなく体全体から火が出る。体温はたぶん、お湯の温度よりも熱い。


「まさか、阿曽媛君のさっきのお礼ってそういうこと……?」

「違う!」

「阿曽媛君のえっち! 変態さん!」

「だから違うって!」


 冗談だよ、と桃仙は声を出して笑う。彼の反応がとても新鮮だった。鬼と言っても自分たちと変わらないと実感する。ただの男の子だ。

 羅刹は羅刹で、彼女が笑ったことに安堵した。緊張感が解れてきた証拠だからだ。


「あぁー笑った笑った。いやー阿曽媛君も男の子なんだねぇ。驚きだよ」

「柊姫さんは俺を何だと思ってたんだよ?」

「鬼?」

「嘘つくな! 今知ったばかりだろ!」

「あはは! でもね、女子の間では有名だったよ。一人だけ落ち着きすぎているって。もしかして、年齢を偽ってる?」


 ムスッとしながら羅刹はぶっきらぼうに言った。


「16歳だ。今年17」

「おぉ! 同い年だ!」

「だから同級生なんだろ!」

「それもそっか」


 クスクスと桃仙は笑いが止まらない。やっぱり羅刹は普通の男子だ。

 ひとしきり笑った桃仙は、じーっと羅刹の顔を観察する。あまりに真剣に眺めてくるので、気まずくなった羅刹が顔を逸らしたほどだった。


「阿曽媛君」

「なんだ?」

「私のこと食べたい?」

「ぶふぅっ!?」


 予想外の質問に噴き出してしまった。余程動揺したのかゴホゴホと咳き込む。


「どういう意味だ!?」


 まさか誘っているのか!?

 いやだってぇ、と全然警戒心のない桃仙は不思議そうに首をかしげる。


「阿曽媛君が鬼ってことは、私が美味しそうに見えるってことだよね? 良い匂いする? 汗臭くないよね?」

「シャンプーとボディソープの良い香りがするから安心しろ。それに、俺は食人カニバリズムの趣味はない。というか、それは禁じられてるんだって」

「そうだった……はっ!? じゃあ、私を性的に食べたいと!? 家に連れ込んだのもそのため!? ど、どうしよう!? でも、阿曽媛君なら……」

「…………家から追い出してもいいか?」

「嘘です冗談です揶揄っただけですごめんなさい!」


 本気にしたらどうするんだ、と羅刹は呆れて何も言えない。ただでさえ狼に……いや、鬼に変身しそうな危険な状況なのに誘うような真似をしないで欲しい。

 無言の抗議として桃仙の顔にお湯をかける。

 まあでも、彼女が変な言動を取るのも予想済みだ。多少のことは目に瞑るし受け流す。

 精神的ストレスと極度の緊張でアドレナリンが常時放出状態なのだろう。無意識にテンションが上がっている状態なのだ……たぶん。これが素の彼女じゃなければ。

 ちなみに、桃仙は桃仙で全く相手にされていない様子にカチンときて、乙女心が若干傷ついているのだが、そんなことは羅刹には伝わらない。

 お湯を掛け返してやろうかと思ったが、ふとある疑問が浮かび思わず手を伸ばした。彼の頭をポンポンと叩いて撫でる。


「急にどうした?」

「角、ないね。折れたの?」

「縁起でもないことを言わないでくれ。力がある鬼は角を消せるんだ。じゃないと人に紛れて生きていけないだろう?」

「なるほど……って、あれ? 阿曽媛君は鬼なのに普通の人にも見えているよね? どゆこと?」

「力が強すぎるんだ。鬼の格が上がって強くなると人間にも見えてしまう」

「ほうほう。なるほど納得!」

「あとは、鬼の力が強まる場所や空間でも視認できるようになる」

「そこ、心霊スポットとして有名そうだね」


 彼女の言う通りである。鬼の力が強まる場所は大抵心霊スポットだった。もしくは、人が全く訪れない森の奥地。そういう場所は空間が歪んでいる場所も多く、神隠し事件も多発する。


「ねぇねぇ! 角見せてよ! ダメ?」

「……いいよ」

「ほんと? やった!」


 本当に怖くないのだろうか。でも、彼女の瞳にはキラキラとした興味しかない。

 羅刹は目を閉じると意識を集中して抑えつけていた力を解放する。妖気、いや、鬼気と呼ぶべき圧倒的な力が放出し、湯船の水面が細かに波立つ。空気が震える。桃仙は羅刹から目が離せない。

 額に変化が起きた。黒い影が額の一点に集まり、凝縮して、一本の角を形成する。

 力強い輝きを増した紅い瞳が開かれたとき、羅刹の額には黒曜石のような立派な角が生えていた。浴室の照明を反射して黒光りしている。


「どう、かな?」

「おぉ……おぉー! 格好いい!」


 怖がられるかなぁと覚悟していたが杞憂だった。強請った本人は瞳をキラッキラさせて角を凝視している。興味津々。


「触ってもいい? あっ、敏感だったりする? 小説では角は敏感な描写が多いよね?」

「いや、全然違うけど。こんなものでよかったらいくらでもどうぞ」

「ありがとぉー!」


 では失礼して、と恐る恐る伸ばした手がピトッと黒い角に触れる。見た目通り磨かれた黒曜石のよう。何故か感動を覚える。


「初めて見た。おっきいね……」


 ピクリと羅刹の身体が震えた。


「長くて太い。こんなに硬いんだ。すごぉーい。思ったよりもコリコリしてる? そして、熱いね。あっ! ドクドク脈打ってる! 不思議だなぁ。こうやって反り立っていてすごく立派……」


 ニギニギと握り、細い指でスゥーッと長大なモノを根元から先端へと撫で上げる桃仙。そのまま先っぽを指でスリスリ。

 うっとりとした陶酔の表情を浮かべているのを本人は知らない。

 表情といい撫で方といい言葉といい、どこがどうとは言わないが、途轍もなくエロい。

 一応述べておくが、彼女が触っているのは鬼の角である。


「ねえ、触られてどんな感じ?」


 この質問も純粋な疑問と興味だ。決してS心がくすぐられたわけではない。


「普通に頭や額を撫でられている感じ。そろそろいいか?」

「あっ、うん。満足しました。気持ち良かったです」

「それはどうも」

「また触らせてくれると嬉しいけどなぁ」

「……考えておく」

「うん! ぜひ考えておいて!」


 ニコッと微笑まれて羅刹は顔を逸らした。

 どうも調子が狂う。鬼というのはこうも好意的に思われる存在じゃなかったはずだ。この少女は少し前に同類の鬼に襲われたばかりだというのに。桃仙がおかしいだけだろうか? きっとそうに違いない。

 角が消え去って人間としか見えなくなった羅刹は、桃仙と二人っきりで手を繋ぎながらお風呂に浸かっている。

 長話をしてしまった。そろそろのぼせてしまいそうだ。


「柊姫さん」

「なぁーに?」

「お腹減ってないか?」

「減った」

「そろそろ上がってご飯にしようか」

「うん!」


 精神が落ち着き、ニコニコ笑顔で頷いた桃仙のお腹から、クルクルと可愛らしいお腹の音が聞こえてきたのはその直後のことだった。

 爆発的に顔を赤らめ、繋いでいた羅刹の手ごとお腹を押さえる。

 クルル、とお腹の音は止まらない。

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