03-03. リバースダイバー

 発射台。


 リバースダイバーのスタート地点はそう呼ばれる。

 ただしカタパルトといった打出し機構があるわけではない。

 単純に2機のアエロAフォーミュラFが並んで座るだけ。

 ただし両手は地面に備え付けのグリップを握る。これがスタートラインの代わりだ。

 AFはスタート位置から海に向かって進み、上空を目指す。


「グリッドスタートに近い感じね」


 ラフィーが見たままの感想を言う。


「あの2機の間にある葉のない木みたいなのがシグナルツリーだ、上から順に点いて3つ目が光ったらスタート。フライングは即失格の重たいペナルティだから、タイミングをよく身体に染み込ませておいてくれ」


 ペラペラとディジュハが説明する。


 2人は発射台の後方、観客席の前列にいる。コトーネルと宮歩も一緒だ。

 関係者パスポートのおかげでレースを見るのも楽ができる。


 見物客は結構な数で組み上げた観客席も埋まり、立ち見や遠目からオペラグラスで覗き込んでいる人もいた。


 開始前の盛り上がりで大変騒がしい。


 地面のグリップを両手で握る赤と水色のAFを見て、ラフィーが関心を寄せた。


「武装の必要が無いレースは初めてだわ」


 まだ3回しかレースに参加してないでしょうと付き添い3人は心の中で突っ込む。

 当然ながら、このリバースダイバー以外にも非武装のレースは存在する。


『それでは一回戦第1レース、はじまります』


 アナウンスが流れ、周囲が沈黙に包まれる。


 シグナルツリーが順番に点灯し、スタート!


 爆音を鳴らしてAFが弾け飛ぶ。

 いや飛び出した。



 大型モニターに2機の様子が映し出され、観客席が今一度騒がしくなる。



「あれ? 真上に飛ぶんじゃないの?」


「いやいやオーナー、いまさらそんなことを確認させないでくれよ、上昇速度を競うっていってもレースなんだからコースぐらいあるさ」


「し、知っているわよ。それぐらい!

 思ったよりも水平だなって思っただけよ!」


 ラフィーがツンと拗ねる。 


「それじゃ聞くけど、リバースダイバーのコースってどんな形をしてるか言えるかい?」


「小文字のhを逆順に書く形でしょ。

 最初に高度400mまで上昇して一旦降下。

 200mまで下がったら、今度こそゴールの3000mを目指す」


「そうさ、400mのマーカーまでが第1チェックポイントだ、ここで重要なのがアクセルワークってのは理解できるよな」


 ちょうど先行する赤いAFが400mマーカーを越えた所だが、加速が乗りすぎてすぐに降下できない。

 対戦相手の水色は絶妙な調整で先に降りていった。


「あの場所でそんなに差ができるのね」


「んで海上200mまで下がったら一気に上昇するわけだけど」


 ディジュハが観客席の一角を指すと、どわっと歓声が上がった。



「はい、はい、はい、はい! いっしゃおらー!!」



 十数人の男性が同じ衣装を来てスティックを振り回していた。

 水色の法被で揃えたれた一団は、完全なシンクロニティで右へ左へスティックを振り回す。


「なによあれ。すごくうるさい」


「古くからあるフォロワーの形だ、水色ってことは今上昇に入ったエアリエルの応援側だ、うるさくもなるさ、ブレインパルスリンクを送信している真っ最中なんだから」


 応援団に押されるように水色のAFが上昇速度を高める。

 相手の赤いAFは追走を諦めたのか、見て解るほど遅くなった。



「あやねちゃん、なんばーわーん!!」



 現地の精鋭フォロワーたちが腕をぐるぐると振り回し、勝利を叫ぶ。


『第1レースはエントリーナンバー1、美波みなみ彩音あやね選手の勝利です』


 アナウンスも勝者がどちらか宣言する。


「フォロワーって、あんな感じなんだ。なんかぞわぞわする」


「現地に参戦して盛大になるのは古式ゆかしき伝統芸能で、どこでもやってることだ、見たことないのか」


「生のブレインパルスは初めて見たわ。本当にどこでもやっているの?」


「レース場のフォロワーエリアじゃ似たようなものだ、でももしかした自宅でペンライトもった小さな女の子が『がんばえー』って感じの舌足らずな応援もあるかもね」


「そっちはそっちでちょっと頼りない感じがするわ」


「キャラ立ちしているエアリエルには、雰囲気の似通ったフォロワーが付いてるもんだ、二つ名持ちは大概にかぶいてるね、オーナーにならわかるでしょ、巨大人工知能をフォロワーにした大型レーザーと一緒に飛んだんだし」


「フィフスは装備品扱いでフォロワーじゃないけど、傾向として納得はしたわ」


 発射台のモニターに映る水色のエアリエルは、両手を大きく振って降下してくる。

 軽く踊ってフォロワーへのサービスも忘れない。



「ふぅっふー!!」



 美波彩音の応援団が今一度歓声を上げる。


 そんな彼らを次のフォロワーと入れ替えるために警備員たちが誘導する。


 ラフィーは一瞬二者が衝突するかと思ったが、応援団は指示従い素早く下がった。



「撤収ー!」



「あっという間の、嵐みたいな……」


「マナーが良いのも上級フォロワーの特性だからね、見ていて気持ちが良くなる」


「そんなものなの?」


「自分たちへの評判がフォローしているエアリエルの人気に影響すると考えるなら、規律正しくなるだろ、今回は祭壇が設置されないから、移動も素早くってのが常識だ」


「祭壇?」


 聞き慣れない言葉に首を傾げるラフィー。


「大きなレースの特設フォロワーエリアに行けば、色々な形のやぐらが見えるぜ、今度機会があるなら楽しみにしてな」


「それでラフィー様ご自身の感想はありますか?」


 宮保が訪ねてくる。


「今の形式を決勝の四回戦まで続ける勝ち抜きでしょ。

 まかせなさい。わたしが優勝して上げるわ」


 自信満々のラフィー。


 またもや3人は顔を見合わせることになった。




 トランスポーターに戻ったラフィーがレーシングスーツに着替える。

 前回サウスSパークPディメンジョンDの折りに胸元を派手に切開されたので新調したものだ。

 今度は採寸し直しバストサイズもフィットしている。

 着替えはしたが、これも新造の固定具フィクスチャーがうまく填まらない。


「誰かいないかしらー!」


「はい。なにかごようですか?」


 大声を上げるとコトーネルがカーゴ側からやってきた。


「ちょっと下側の固定具を抑えてて」


「わかり、ました」


 彼女が支えるのを確かめると、大きく息を吐いてフィクスチャーを噛み合わせる。


「ありがとう。助かったわ」


「ふふふ……」


「なによ、その慈愛に満ちた目は」


「別に、なんでもない、ですよ」


 ラフィーの気性を考えると、素直に人を頼り礼を言えることに感心したとは言えない。


「それにしても、大きい、ですね」


「ほしいなら分けてあげてあげたいわよ」


 うらめしそうにラフィーが胸のフィクスチャーを指で突いた。


 そのままカーゴ部に移動して、大型リボンのヘッドセットを装着。アルス・ノヴァに搭乗する。

 サイズフィットの蠢動が起こり、マシンドレスが起動した。


 自分の脚でフライトランスポーターの外に出る。


「今日は新鮮な感覚が多い日ね。

 AFを着て歩くなんておかしな感じよ」


「ここには、人も沢山いますから、飛び上がらないで、ください」


「わかっているってば。

 そういう注意事を何度も繰り返すのが仕事なのも解っているから、怯えなくていいわよ」


「そう、なんですか。教えてくれたのは、良い人ですね」


 発射台を目指して歩くアルス・ノヴァは、少しだけ足を止めた。


「どうしたん、ですか?」


「良い人たちの期待を裏切ったのに、それでも見捨ててくれなかったんだから、とても良い人なのよ」


 顔を赤らめて歩を早めるアルス・ノヴァ。


 コトーネルは少しだけラフィーの事が解った気がした。




『それでは一回戦第8レース、はじまります』


 アナウンスが準備完了を告げる。

 

 発射台にはラフィーのアルス・ノヴァと、緑色のAFが並んで座っている。

 緑といっても『冥王の寵児タイニーカロン』の深緑とは違う明るめの色だ。

 互いに両脇のグリップを握り、シグナルツリーに細心の注意を払う。


 発射台から少し離れてチーム・マッハマンのクルーゾーンがあった。

 アルス・ノヴァの状態をモニターし、パルスリンクを送信するための装置が置かれている。


 シグナルツリーが点灯し3カウントを数えると、ラフィーはアルス・ノヴァを力の限り突進させた。


 最高のスタートだ。とても気分が良い。


『オーナー行き過ぎだ』


 ディジュハが警告する時には、高度400mを越えていた。


 慌てて上昇を止めるが、なかなか降下に切り替わらない。

 そうこうしている間に対戦相手より遅れてしまった。


 勢いを殺されて立腹のラフィーは、動力降下でも強く念じる。


『だから行き過ぎだよ!』


 今度は高度200mの第2チェックポイントもオーバーしてしまった。


 ラフィーは上空を仰ぎ見て、先をゆく緑のAFを睨む。


「まだまだこれからよ!」


 わたしとアルス・ノヴァならいける!


 頂上を目指して急加速、急上昇。


 白い新星は、相手にぐんぐんと追いつきゴール手前で抜き返してゴールした。

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