03-04. 二度目の言葉

『第8レースはエントリーナンバー16、ラフィー・ハイルトン・マッハマン選手の勝利です』



「危なかったあぶなかった、ホントにあぶなかった」


 ディジュハが胸をなでおろす。


「逆転の流れがフォロワーたちに好感触ですが、AFの操縦がなっていないとの批判も少しばかり……」


「負けちゃうのかと、おもって、こわかったぁ」


 宮保とコトーネルも口々に感想を述べる。


「リバースダイバーは1試合が短いからさ、一瞬の判断が命取りだ、今回はマシンスペックに助けられたね」


「レースが終わったら、アルス・ノヴァを、綺麗にワックス掛け、してあげよう」


 前髪で隠れる両目に涙を貯めながら、コトーネルが決意する。



 着陸合流地点に降りてきたラフィーは得意満面で言う。


「どうかしら。余裕の勝利だったでしょう」


 出迎えた宮保たちが三度、顔を合わせる。

 ラフィーと自分たちとの間で、なにかが行き違っていると確信した。


「ここは管制官である自分の出番だね、だな、それでさオーナー、今のレースのどこに余裕があったのさ」


 ディジュハが早口にまくしたてる。


「途中で遅れても最後には追い抜いたでしょ。

 Gパルスドライブがあればもっと楽だったのに」


「いやさ、そこはアルス・ノヴァの力に助けられたと考えるべきとことさ、その機体は今回のレース中で一番の性能を持っているといっても過言じゃない、それだけの物をもちだしながらの勝利だったことを反省すべきじゃん。一回レースを見たし、こっちも注意したけど、ポイントごとのアクセルワークが重要だって解ってたよな。もたつく間もなく勝てた相手だったんだよさっきのは」


 立て板に水での勢いで言葉が溢れ出す。


 ラフィーはツインテールを逆立てる勢いで言い返す。


「なによ。わたしに文句があるの?

 ちゃんと勝ったじゃない!」


「次も勝てるかわからないから進言しているんですぜオーナー」


 にらみ合う2人。


「いつまでもここにいるわけにはいきません。ひとまずトランスポーターに戻りましょう」


 宮保の言葉で目をそむけ合うラフィーとディジュハ。


 アルス・ノヴァが足音を立てて退場してゆく。


「オーナーとしちゃ、自分が勝って当たり前ぐらいの考えなのかね。どれだけミスしても取り返せるとか思ってるのか?」


 ディジュハが口元を抑えて呟く。


「それなら、リバースダイバーでのミスが、どれだけ大変なのか、知ってもらおうよ」


「メカニックは気軽に言ってくれるけど、どうすればそれができるんだ?」


「できますよ」


 簡単に宮保は言い切った。


「普通に動画とデータを見てもらえばお解りになられるでしょう」


 そうかな? とディジュハは首を傾げた。

 コトーネルは良い考えだと首を上下させた。




「そんなわけでNG集です」


「どういうわけよ」


 トランスポーターに戻り自慢のティーテーブルにかけていたラフィーの前に、一枚のタブレットが置かれる。


「一度見ただけで全てを理解したつもりではないかと思い、ご忠言申し上げる次第です」


 宮保がダブレットの動画を再生させる。


 リバースダイバーのスタート時をピックアップした場面が連続して映される。


 フライングして崩れ落ちるエアリエル。

 発射のタイミングを逃して慌てて飛び立つアエロフォーミュラ。


「こんなコントがなんだというのよ」


「一歩間違えばラフィー様もこのようになっていたという事例です」


 第1チェックポイントを過ぎ去っても上昇を続けるエアリエル。

 200mへの降下どころか海面まで降りる映像もあった。


「わたしはミスなんてしないわ」


 にやりとディジュハが笑う。


「具体的なデータで示そうかい、さっきのレースでどれだけ無駄に飛んだかを可視化する」


 ナビゲーターがちょいちょいとタブレットをいじる。

 コースを横合いから見た図が表示され、先程のNG集再再生に合わせてマシンドレスの飛行跡が線引かれる。

 案の定コースに沿わない滅茶苦茶な動きが描かれる。


「そんでこいつがオーナーのだ」


 白い線が似たような動きで追加される。

 最初こそまっすぐ進んでいたが、第1チェックポイントをそのまま通り越す。

 急いで降下に入るが、今度は第2チェックポイントを50mほど下回る。

 最後だけは綺麗な上昇線で締められているだけに、コース途中のオーバーアクセルが目立つ。


 自分の不出来を解説されたラフィーの頭に血が登る。


「うるさい、うるさいっ!

 あなたたちなんか……」


  『全員クビよ。クビ!

   さっさとわたしの前から消えなさい!!』


 苦い思い出がフラッシュバックする。

 口から出掛かった言葉を、寸でのところで飲み込んだ。


 この言葉をもう一度言ったら、自分は再起不能になる。

 再び魔法使いの大学生がやってくるとは限らないのだから。


 足りない自分を補おうとしてくれているスタッフたちに当たり散らすのは間違いだ。


 ツインテールの少女は深呼吸して、いつの間にかテーブルに置かれていたカップを一啜りする。

 淹れたての暖かなお茶。爽やかな匂いと淡い苦味が気持ちを落ち着ける。


「ありがとう。グライブ」


 カップを戻すラフィーの礼に、老執事が無言で頭を下げる。


「だからどうしたの言うの。

 わたしになにをしろと」


「開き直られても困るけど、ここはもう実戦で勘を養うしかない、目標を優勝にするならこいつに勝たないと」


 再び描かれる白いラインと同時に、水色の線が追加される。


「美波彩音のAFウェイブソーサー、彼女が第1レースで見せたデータだ、たぶん今回で一番波に乗っているエアリエルだね」


 両者の仮想レースは、圧倒的な速さで美波彩音が勝利した。


「どうしてこんなにも差が出るの?

 アルス・ノヴァの方が強いはずでしょ」


 ラフィーの疑問を宮保が受ける。


「これはもう、フォロワーの力というしかありません」


「フォロワーならこっちも揃えているじゃない。

 このレースに出場しているエアリエルたちには、グランプリ規模の大量フォロワー数はいないはずでしょ。

 それほど送られてくるパルスリンクに差はないはずよ。

 結果が違うってどういう意味なのかしら?」


 ディジュハと宮保が解説する前に、時間が着てしまった。


「そろそろ、出番ですよ」


 トランスポーター内でアルス・ノヴァのメンテナンスを行っていたコトーネルが顔を出す。


 リボン型のヘッドセットを整えながら、ラフィーが立ち上がる。


「とにかくスピードの調整が重要ということね。

 フォロワーに関する講義なら、勝ってからにしましょう。

 まかせなさい。これでもEEGPに出場する前より段違いに上達しているんだから」


 さすがにディジュハが突っ込む。


「総計飛行時間で20前半の方がおかしいっての、訓練生のエアリエルかよ」


「勝てば何も問題ないわ。

 それでアルス・ノヴァの扱いで気をつけることはある?」


「とくに注意は、ありません。

 調整として、スラスターに、耐熱塗料を、厚塗りしました。

 全力で飛んでも、だいじょうぶ、です」


「了解よ。

 あなたたちは大人しくわたしが勝利する様を見ていなさい」


 意気揚々とラフィーがアルス・ノヴァに乗り込んだ。



『それでは二回戦第12レース、はじまります』


 ドシューンッ、シュバ、グンッ、ババ、ドドドドー!!


『第12レースはエントリーナンバー16、ラフィー・ハイルトン・マッハマン選手の勝利です』



「今度は危なげなくラフィー様の勝利でしたね」


 空を見上げる3人が、降下してくるアルス・ノヴァを見つめる。


『わたしの将来性はアマノカケルや『蒼き旋風ブルーゲイル』が保証してくれたんだから、とーぜんよ』


「変な方向に自信を持っているのは、それが理由か」


「かっこよかったよ、ラフィーちゃん」


『もーっと褒めなさい、称えなさい、憧れなさい』


「高笑いが聞こえてきそうなセリフですね。

 フォロワーからの反応が乱高下しています。

 キャラクターの把握に混乱しているものと思われます」


「でも今のままじゃ、まだまだ美波彩音にはとどかないね」


『これでも足りないの!?』


 ラフィーが困惑の叫びを上げた。

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