01-17. 女王と無言の謁見

「いよいよここまで昇ってきたのね」


 追い縋る白いアエロAフォーミュラFを見て、ナーサが独りちた。


 あのファナタ・マグンダラが支援したとしても、無名の少女が自分の後ろを飛ぶとは思ってもみなかった。


 少し後方では、サトリと楽しそうに踊っているファナタがいる。


 本当に何を考えて、これほどまでに酷い混迷を呼び寄せたのか。

 ファナタに本気で問い詰めたかった。


 いや、混沌というのならラフィーにこそ責を問うべきだろう。


 練習飛行での無差別照準から現在まで、外野はラフィーの話題で持ち切りだ。


 サーキットに至っては、初参加の新人がトップに取り付くという大波乱中。


 彼女と秘密同盟を結んだ『冥王の寵児タイニーカロン』は、格闘無双の『双影』カウンターニンジャと白兵戦を演じるという異色の組み合わせ。


 まさに、ご覧のありさまである。


 二位になったのだから、カーマノへの宣告通りではあったのだが。


 それにしても、レース中ピットガレージから更新されるラフィーの情報に何度驚いたことか。


「その正体がアプサラスの血族とはね。

 いつかは出てくると思ったけど、このタイミングかー。

 運が無いよね、わたしって」


 ナーサは、今日の出来事をまとめて笑い飛ばす。


 絢爛舞踏会オデュッセイアを控えた大事なレースで、予想外の穴馬が登場してしまった。


 現在自分こそが天空の乙女アプサラスに一番近いと思っている。

 驕りなく自分の力を信じている。


 年少の頃から訓練を積み、エアリエルとなって更に努力を重ねた。

 『赤の女王レッドクィーン』も数年掛けて得た苦心の称号だ。


「だから、簡単には負けてあげないわ」


 飛翔したまま腕を後ろにまわしてのブラインドショット。

 牽制射撃で白い少女に追走への惑いを与える。


 ナーサの視界で短くライトが点灯した。

 集中を保つためにピットガレージからテキストベースで送ってもらっている状況説明の合図だ。

 その数行を目線だけでなぞる。


 27番ガレージに本日追加されたスタッフは、翔子と名乗っている。

 勝利の魔女アマノカケルの本名と同一である。

 注意されたし。


 もうため息すら出ない。


 レース中に受けた情報で、白い新人が乗っているボードの秘密を知った。


 少し前、衛星立大学の研究室がエアリエルたちに試験協力を打診してきた。

 お硬い場所からの依頼に珍しさを感じても、ナーサへ直接話が持ち込まれたわけではないので関心は薄かった。


 パルスリンク測定方法が更新でもされるのかな、ぐらいである。

 中身は聞いて仰天の、最新技術による新しいパルスリンクドライブだった。


 あれが今回の伏線だと、どうして予想できようか。


 搭乗する白いAFも並のものではない。


 航宙造船のべスレヘムインダストリーが鋳造した、金に糸目をつけない贅沢なオンリーワン。


 驚くべきことに、軌道上の造船ドックを丸々一つ貸し切って製作された。


 個人が装着するAFの範疇を超えて、本気で航宙船が作れるレベルで準備されている。

 まず製造工程の規模からして、あのAFは桁違いなのだ。


 天船の揺り籠から生み出された予測性能は計り知れない。


 少なくとも運用資金に四苦八苦しているような零細チームのマシンドレスでは太刀打ちできない。

 最後列からナーサの後ろにまで上り詰めた事実が、なによりの証拠だ。


 そんな白いAFを操る少女の名前は、ラフィー・ハイルトン・マッハマン。

 予選の画像では候補生の子供たちより酷いと感じた。


 はたして彼女は、実際に子供だった。

 候補生以下の素人だった。


 年齢に限るのなら、同年でデビューしている子もいないわけではない。


 しかしそれは、所属事務所やレースチームの監督が出場に値すると認めた気鋭の新人に限る。

 これからその新人をどのように育ててゆくのか、長期の計画がありバックアップ体制が整えられている。


 何も後ろ盾がない個人とは環境が違う。

 同列で語るのは無意味だ。


 無名で無謀な新人かと思えば、天空の乙女アプサラスの曾孫だと明かされた。

 とどめとして、ピットガレージに二代目アプサラスの影が見えた。


 天空の乙女アプサラスは、元々がガブリールの二つ名だ。

 彼女が史上初めて四大大会グランドスラムを制したことで、勝者の栄冠として扱われた。


 二代目である勝利の魔女ライトキャスターもASF参加当初から電撃引退まで、常にアプサラスの名を意識していた。


 天女の系譜にして、アマノカケルの徒弟。

 あの少女から"三人目"の気配が見え隠れする。


 薄暗い不安を、考え過ぎと一笑に伏すことができない。


 誇るべき物を抱くナーサは、積み重なった不平不満を爆発させた。


「新技術のパルスリンクドライブに、新造高性能機体!

 その上、ガブリールの曾孫!

 挙げ句チームに二代目様まで御登壇とか、ふざけるな!

 どれだけ勝利の条件フラグを揃えれば気が済むの!?

 昨日の酷い飛び方は、どこにいったの?

 今日の必死さは何に対して?

 あなたは一体何者なのよ!?」


 一頻り叫んで深呼吸。


「ふー、スッキリ」


 晴れ晴れとした顔でレースに復帰する。


 ナーサは感情の振れ幅が大きな気質だった。

 今の叫びは、鬱憤が溜まったら意図して吐き出し気持ちを切り替える集中方法の一種だ。


「決めた。

 あの子とは直接話さないようにしましょう。

 予想外が多すぎて、こっちが混乱するだけになりそうだし」


 さっぱりと対策方針を決めて、現実への対応を思慮する。


「やっぱり狙うなら乗っているボードよね。

 本人も解っているでしょうから、計画的に攻略しよう。

 こちらから仕掛けるか、向こうの攻め手を待つか……」


 ナーサが頭の中で戦術を組み立て、あれやこれやとシミュレートする。

 対戦する少女の必死な飛翔を見て結論に至った。


「後者にしましょう」


 こちらには焦る理由がない。

 本レースで驚異となるファナタとサトリが、二人して衝突してくれるのなら、自分はこのままトップを飛べば良いのだ。


 相手は最後尾から先頭までの猛追に消耗している。


 特別な対処なんて必要ない。

 受けて立つと考えるのではなく、いつもの出来事として平然と対処するのだ。


 確実に着実に、強者である赤の女王は自分の航路を間違えない。



 ラフィーは目蓋に滴る汗を、エアーコンディショナーで吹き払った。


 呼吸が苦しい。

 胸が、肺が痛い。

 耳元の心音がうるさい。

 頭に熱が貯まる一方だ。

 口の中と唇が乾く。

 舌は真っ先に干上がっていた。

 そのくせに額には汗が拭く。


 意識が遠くなり浮きそうになるが、意地で身体に縛り付ける。


 残すは赤の女王だけ。

 ついに自分はここまでたどり着いた。


 今、倒れてなるものか。


 少女の意思は強く前を向いていた。


 先程から赤の女王は、腕だけを後ろに向かせた射撃を散発的に行っている。

 追撃するラフィーを意識しての牽制だ。


 使用している銃はアルス・ノヴァと同型のマルチライフル。

 ナーサの物は、乗機AFファイアボルトに合わせて銃身にフレアパターンが入れられている。


 機体サイズに比すれば大型で両手持ちが必須と思われるAK46マルチライフルだが、マシンドレスのパワーアシストにより片腕で軽々と扱える。


 ラフィーも片腕で射撃したかったが、基本を疎かにするなと翔子から釘を刺されていた。

 教えられた通りストックを胸に付け左腕で銃身を支えて、前方のAFに狙い定めて撃つ。


 が、赤の女王に難なく避けられる。

 背中に眼球が付いているのではと疑うほどの回避行動だった。

 それでいてサーキットコースからは外れない。見事なコースラインでコーナーを切る。


 ナーサの動きを見てから、慌ててグラビリティサーフボードの進路を修正する自分とは大違いだ。

 名の通ったエアリエルとの実力差を思い知らされる。

 Gパルスドライブがなければ置いて行かれたと、易く想像できてしまう。


 それでも、今の自分はこれしかない。


 ラフィーに味方するが如く、二人のエアリエルはが上昇アップストレートに入った。

 Gパルスドライブの得意とするシチュエーション。


 グラビリティサーフボードを重力線へ傾け、激突する勢いで強引に抜きにかかる。


 小さな撃ち合いで競っていては、トップを奪うことはできない。

 一気に前に出る!


 瞬間、ナーサの姿がラフィーの眼前から消えた。


 次に衝撃。


 アルス・ノヴァの足元が揺れる。

 空を飛んでいるAFが地震に合うはずがない。

 これはアルス・ノヴァが乗っているグラビリティサーフボードの異常だ。


 異常は、サーフボードの分断という形で目に入った。


 ラフィーが加速したタイミングで、ナーサは瞬時にサーフボードの死角に入る。僅かな減速で下に潜り込んだ。


 相手が気付く前に自分の近接武装、赤いエナジーマテリアルを刃にした150ワンフィフティソードで白いサーフボードを叩き切った。


 『双影』カウンターニンジャとの対決を想定しているナーサ・ガリルが、近接武装を用意していないはずがない。


 更に踏み込んだナーサはアルス・ノヴァ本体も狙う。


 見たところ白い新人には格闘装備が無い。

 狙うなら今。

 不確定要素の塊を、ここで確実に落とす。


 赤の女王は冷静に状況を進める。



 対してラフィーの頭脳は混乱よりも白紙化していた。

 目の前で起こったことが理解できない。


 支えであるグラビリティサーフボードを失った。

 Gパルスドライブを切り払った赤い刃が自分を狙っている。


 画像は目に写っているが、身体が動かない。


 ここで終わる。

 数カ月間、必死の思いで準備してきた。

 何も知らない、ゼロからの施行だった。

 僥倖にもレースに参加して、トップ争いまで上り詰めた。

 しかし幸運はいつまでも続かない。


 風の妖精エアリエルが詠うのを止めた時、嵐の詩テンペストも静寂に帰る。


 決して適わない約束が、成就されることはない。

 所詮、熱にうなされた子供の我がままだったのだ。


 諦観の念が、ラフィーの白い思考を浸してゆく。



『右アド2番ッ!』



 叫びが聞こえた。


 ビリッと意識が戻る。


 何かと感じるより、ラフィーは思考制御で該当のスイッチを押した。

 右腕に装備するAK46マルチライフルの拡張追加機能、その第2ボタン。


 ボタンが物理的にあるわけではない。

 追加されたオプションを操作するためのソフトウェアインターフェイスだ。


 例えば、可変スコープの倍率調整やグレネードの発射、ライトの点灯などがこれらに概する。


 指示を叫んだ直人の意図は解らない。


 ナーサの剣戟が先に当たる。

 トリガーは間に合わない。


 それでもラフィーは、マルチライフルを女王に向けた。



 約束は果たせなくとも、


 誰よりも自分が、


 ガブリールアプサラスを守るんだ!



 今一度、己を奮い起こす。


 細く消えそうな蜘蛛糸のごとき道筋でも、まだ途絶えてはいない。

 伸ばす腕が、望む未来を手繰り寄せる。



 グランドピット、観客席、中継先。

 どこのチームスタッフ、誰のフォロワーとも限らず、イーストEエンドEグランプリGPを見ていた全ての人が驚嘆驚愕した。



 赤の女王のAFファイアボルトに、大きな命中コリジョン判定が表示される。



 アルス・ノヴァが握るAK46マルチライフルの銃口が輝いていた。

 銃口からビーム光線が撃たれるのではなく、刺突剣の形に固まっていた。


 数多あるライフルオプションの中でも珍しい、ビームセイバーだ!


 『赤の女王レッドクィーン』のサイドスカート。ファイアボルトのアークイオンドライブを、ラフィーのビームセイバーが深く切り裂いていた!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る