01-16. 影の忍、冥府に挑む

 今もう一人、アルス・ノヴァが前を飛ぶエアリエルを抜き去る。


「新人になんか、いかせない!」


 追い抜かれたAFがライフルを撃つ。

 三点バーストで三回。ラフィーを狙ってビームが放たれる。


 ラフィーは回避するより自身を盾にしてサーフボードをかばう。


 グラビリティサーフボードにも命中コリジョン判定はある。

 ビームが当たれば、Gパルスドライブが減衰する設定だ。


 それだけは阻止しなければならない。

 フォロワーの居ないラフィーにとって、Gパルスドライブは生命線だ。

 アルス・ノヴァのスラスター出力が落ちても変わりはきくが、サーフボードを座礁させてはいけない。


 アルス・ノヴァはマルチライフルで撃ち返す。

 威嚇牽制の射撃。

 狙いは甘いが、目的は一方的に攻撃されるのを防ぐ事だ。

 そして、もう一つの意味もある。


 ラフィーを狙うエアリエルのAFが背後から撃ち抜かれる。


「えっ? ウソ……」


 推進力を奪われ、一人のエアリエルが後退を余儀なくされる。

 今日何度も聞いた失意の声を背中に、ラフィーは前進する。


「ナイス誘導です。ラフィー。

 銃の扱いも慣れてきましたね

 最初に比べれば雲泥の差があります」


 アルス・ノヴァに追従するディスカーゴから、労いと賞賛が届く。

 今のラフィーに言葉で返す余裕はない。

 腕を上げて軽く応える。


 先程のエアリエルを撃ったのは、同盟相手のファナタである。

 『冥王の寵児タイニーカロン』は組み立て式超大型バトルライフルの他に、近距離用のサイドアームを持っていた。


 ファナタが左右の手に握っているのは、スクエアグロッグという名のフルオプションハンドガン。

 ハンドガンなのに、どこから見ても四角い。


 いず でぃす あ はんどがん?

 いえす。でぃすいず あ がん。


 謎の問答が聞こえてきそうな外観だった。

 銃口のライトグリップから、フォールディングストックに大型スコープ、増設マガジンまで盛りに盛り込んだ怪しい拳銃である。


 勿論ただの趣味で拳銃が肥大化しているわけではない。

 メインウェポンのバトルライフル・ラルカンシェルに支障が出た場合の補助部品として存在している。


 レース中に緊急事態が起きたとして、応急措置にスクエアグロッグのパーツをラルカンシェルと交換できるようにしているのだ。


 ディスカーゴの運用指向は無駄がなく明確で解りやすい。

 バトルライフルを主軸にして纏まっている。


 比べてアルス・ノヴァは本来のハイエンドコンセプトから逸脱し、付け足されたグラビリティサーフボードに頼り切りだ。


 エリアルA ザ スカイ SフォーミュラFの規定では、AFに外付けの推進機を持たせることを禁止していない。


 外付けの補助具にもパルスリンクが必要なのだから、ドライブの数を増やしてもフォロワーが揃わなければ重荷にしかならない。


 その規定ルールを逆手に取ったのがGパルスドライブだ。

 ブレインパルスリンクに依存しない新技術の推進機。

 これならAFを外部から補強できる。


 将来的にGパルスリンクもルールで規制されるかもしれない。

 だとしても今現在この恩恵を受けられるのは、衛星立フランケン大学の技術開発研究室と接触できたラフィーだけだ。


 以前に試験協力の打診を受けた事のある事務所やエアリエルは、RHF-04b アルス・ノヴァを見て何を思っているのだろうか。


 勿論先程の戦闘で考慮したように、サーフボードにもレース中の攻撃対象として設定されている必要はある。

 相手ビームの命中判定が発生したら、パルスリンクを減衰し出力を落とさなければならない。


 そして既に、ラフィーの飛翔がサーフボードに寄るものと誰しもが気付いている。

 ここまで何度もサーフボードが集中して狙わている。


 だからといって、臆し怯える愁いはない。

 やるべきことをやるまでだ。

 ラフィーはしっかと前を見据える。


 前方を飛んでいるのは赤の女王と、残り1機。

 ついに、ここまで来た。


 自分がトップに立つ可能性に興奮する。

 意欲は力となりアルス・ノヴァを後押しする。


 次の標的は紫色のAFを駆るサトリ・アメカジ。

 このイーストEエンドEグランプリGPに参加している最後の二つ名持ち。

 その異名は『双影』カウンターニンジャと言う。

 如何にもな鉢金のヘッドパーツを巻き、物静かに飛翔する影のようなエアリエル。

 近接格闘を得意とするニンジャは、先頭を飛ぶ赤の女王への道を塞ぐ最大の障害だ。


 なにしろ当の『赤の女王レッドクィーン』がEEGPを優勝する意味こそ、サトリに自身の有利を示すことなのだ。

 それほどまでにナーサはサトリを意識していた。


 だからレース序盤でカーマノ・ララサテンに追い抜かれても、焦り揺らぎはしなかった。

 サトリとの位置関係や距離の方が重要なのだから。


 近く開催される四大大会グランドスラムの一つ、絢爛舞踏会オデュッセイア

 その場でナーサ・ガリルとサトリ・アメカジは、対決することがほぼ確実視されている。


 二人にとって、今回のEEGPは前哨戦とも言えた。

 現在オデュッセイアの事前予想オッズは、サトリに傾いている。

 この予想を覆すためにナーサはEEGPの優勝を欲していた。


 他のエアリエルからすれば、紫色のAFシャドーエイリアスを超えなくては赤の女王ナーサ・ガリルには届かないのである。

 カーマノが予選タイムアタックで、サトリより前へ出たことを喜ぶのも無理はない。

 本当にあれは、ナーサに勝てる千載一遇のチャンスだったのだ。



 ニンジャは後方から迫る白いAFを感知すると、装備している武装を投げ放った。

 手投げ式鉤爪付き鉄輪ベイブレード。巨大手裏剣とも揶揄されているサトリのメインウェポンだ。


 AFは機体に固定の武装を装備できない。

 武装は全て取り外せる仕様に取り決められている。


 必然、攻撃が可能になる本戦に持ち込める武装の数は限られてくる。


 それなのに装備数に限りがあるものを投げ捨てる。

 選択意図を疑うレベルの武装だった。


 もちろん、相応の理由がある。


 投擲された武装を軽く避けたラフィーだが、突然ベイブレードが回転数を上げた。

 風を切るベイブレードは、個別にエアスラスターとハイパージャイロを内蔵しており空中で自在に軌道を曲げる。

 Uターンしたベイブレードは再びアルス・ノヴァに迫る。


 変則的な動きをする手裏剣を避けるために、ラフィーは急制動をかけた。


「スイッチしましょう」


 すれ違いざまにファナタは一言残し、ディスカーゴを前に出す。

 両手のスクエアグロッグを連射して、シャドーエイリアスの動きを牽制する。


 サトリは戻ってきたベイブレードを受けとり、今度はファナタに向かって投げ撃つ。


 シャドーエイリアスの武装が自分に向けられている。

 今こそと、ファナタは協力者に指示を出す。


「私がサトリちゃんを抑えます。

 ラフィーは赤を追ってください」


 迷いなく片手を上げたアルス・ノヴァが急加速で前進する。

 サトリが飛ばしているベイブレードを曲げて追撃させるが、Gパルスドライブに振り切れられた。


 一旦武装を戻し握り取ったサトリは、不審に片眉を曲げた。

 レーザー通信で静かに呟く。


「冥府の、ナニが目的だ」


「無口なサトリちゃんから話しかけてくるなんて、珍しいではありあませんか」


 返答はないが、ファナタは会話を続ける。


「貴様らしくない?

 ええ、そのとおりです。

 機械だ冷酷だと言われますが、私だってエアリエルです。

 先頭で風切ることを夢見ないわけではありません」


 ファナタも直人と同じ誤解をしていた。

 ラフィーがこれほどまでに躍進するとは想定外だった。


 相方を止めるタイミングが計れず、予定に無い先頭近くまで来てしまった。

 この計算違いは、ある思いをファナタに植え付けた。


 サトリは無言のまま。


「ふふふ。正気を疑っては、勝機はありませんよ。

 サトリちゃんだって感じているのでしょう。

 ラフィーは、私たちにとっても新しい風です」


「そうか……」


 謎の納得したサトリは、自機を急転向させてディスカーゴを強襲する。

 ベイブレードを両手に構え、本格的に白兵格闘戦へ移行した。


ね」


「ああん。相変わらず怖い言葉使いですね」


 ベイブレードの斬撃を、ファナタはスクエアグロッグのフォールディングストックを伸ばして打ち払った。


 『双影』カウンターニンジャとのブレイドダンス。

 二人の能力と相性を考えれば、『冥王の寵児タイニーカロン』にとって最も避けるべきシチュエーションだ。


 それでもファナタの心には希望が満ちていた。


 即席の相棒と一緒に飛んでいる内に、いつの間にか感化されていたようだ。

 これまで通り一定の成績を積むのではなく、前へ前へと直走ひたはしる。


 なによりも自由で素直な風の妖精。

 久しぶりに空を飛ぶ楽しさを、ファナタは思い出した。


 産まれたての仔馬が、よろめきながらも立ち上がり、初めて野を駆ける。

 その様を見た。感動した。

 昔の自分も、あの子と同じだったのだろうか。


 だから……。

 新しい事が出来る気がした。

 やらなければならないと感じた。


 ファナタはパルスリンクの上昇を確かめながら、この先を思い描く。



 観客席や中継屋が思いもよらない対決に騒ぐ。

 ファナタとサトリが近接戦闘をする。

 これまでの実績からは予測不能のマッチング。


 両陣営共に、気炎を上げて盛り上がる。

 渡し守のフォロワーは数少ないが精鋭揃いだ。怪しげな呪文にも聞こえる祝詞を上げ、推しの挑戦を見守る。


 ニンジャのフォロワーたちは、圧倒の勝利を呼び寄せるため雄叫びを上げて応援する。



「…………」


「いえいえ。

 本当に勝機が無いわけじゃありませんのよ。

 ですから存分に警戒してくださいませ」


 無言の相手へ向けて、『冥王の寵児タイニーカロン』が笑う。


 サトリも口元を少し緩め、引き締め直す。

 一撃必倒の力を込めて斬り掛かった。

 高機動戦闘を想定したシャドーエイリアスの瞬発力は、爆発と見間違う程である。



 サトリはファナタを尊敬している。

 彼女には自分が一生涯備えられない才覚がある。


 ASFで一番壮絶なレース外惑星軌道巡航争ウラヌスクランの優勝者。

 その一点だけで称賛に値する。

 最年少記録ともすれば大絶賛だ。


 エアリエルの中には、ウラヌスクラン参加後に引退してしまう者が多い。


 心が、折れるのだ。


 宇宙天空の別側面に恐怖を植え付けられ、立ち直れなくなる。


 数日間外部惑星軌道を一人孤独に浮かび、いつ攻撃されるかも解らない恐怖に怯えながら、AFに積まれた最小限の物資をやりくりして航行する。


 緊急保護措置があるとはいえ、空間漂流刑と言われても仕方がない競技規定だった。


 フォロワーとの接触も限られた中継地点のみ。

 暖かく送り出してくれる彼らに精一杯の笑顔で応え、再び虚無へ飛び込まなければならない。


 そのフォロワーたちも連日連夜、推しのエアリエルを細く長く応援する必要がある。

 急激なブレインパルスリンクは、ウラヌスクランでは弱点となるからだ。


 他の参加者たちとの駆け引きも、重要な要素だ。


 エアリエルたちは外惑星軌道に散らばり、身を潜める。

 誰が何処に居るのか解らない。


 エアリエルには、それはどの極限状態で最適な進路を常に計算し続け実行する精神力を求められる。


 航行を急げばコースを特定され、参加者達の一斉射撃に曝される。

 加速の為パルスリンクドライブを活性化させては、居場所を知られてしまう。

 これは無視できない大きなリスクだった。


 安全で隠密な航路を選べば、ゴールまで一週間以上かかることも珍しくない。

 代償に搭載物資の枯渇は確実だ。

 それまでエアリエルの精神が孤独と困窮に耐えられるのか。


 脱落者がそのままエアリエルを引退するのも、無理のない話である。


 他の四大大会とは、明らかに別次元のレース。


 ウラヌスクランを嫌う人々からは、最も華のない大会と蔑まれている。

 四大大会からウラヌスクランを外すよう働き掛ける派閥もある。


 その派閥も一枚岩ではなく、純粋に外惑星軌道航行によるエアリエルたちへの負荷を心配する一派もいた。


 だが、多くのエアリエルたちは冥府への道行きに意欲的だった。

 この世には四大大会全てを制する可能性が開示されている。


 天空の乙女アプサラス


 惑星史上たった二名の、あきらかに例外としかいえない存在。


 全てエアリエルの頂点。

 天空の最果てにある風と嵐の玉座。


 それでも女帝二人の航跡に偽りはない。

 いつか届いてみせると、夢抱く少女は数知れない。


 アプサラスと同じ軌跡を辿るには、ウラヌスクランが必要だった。

 少女たちの希望により、現状四大大会の選定は揺らぐ気配を見せていない。


 サトリは自分の特性から、ウラヌスクランへの参加自体を絶望視していた。

 格闘しか取り柄のない自分に、アプサラスへの道はあるのだろうか。


 恐らくない。


 心の何処かで、アプサラスへの挑戦は誰が突破してくれるのを待ち望んでいる。


 もし仮に目の前のファナタが、自分を打ち負かしオデュッセイアへのエントリーを決めてくれるのなら、それでもいい。


 そして、サトリは考えた。


 だからといって、大空の道を簡単に諦められるのならエアリエルになっていない!


 まずは全力でファナタを倒し、自分が強くなる大きな糧になってもらう。


 自分にない才能を持つファナタを尊敬している。

 だが彼女の思惑と、サトリの目標は別の話だ。


 自分は得意分野である格闘を極めてはいない。

 長距離に適した新しい飛び方を考えるには、まだ早いだけだ。

 可能性があるのなら、挑戦しないわけがない。


 ひとまず次の大会で赤の女王と決着を付ける。

 話はそれからだ。


 ファナタのディスカーゴには切り札があるようだか、関係ない。

 ナニかをされる前に切り伏せる。

 勝利の予感など欠片も与えない。



 シャドーエイリアスが、間合いなぞ無いも当然の爆発力でディスカーゴを切り刻む。


 ファナタは両手のスクエアグロッグを犠牲にして、なんとか凌ぐ。


 冥王の寵児が薄く笑うのが見えた。

 双影も笑い返す。


 二陣の風が互いの思い願いを胸に秘め交錯する。

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