01-18. プランB

 ナーサに被弾のペナルティである推力減衰効果が課せられた。


 パルスリンクが途切れたと勘違いするほど強烈な減速だ。

 右半身だけに加えられた急激なブレーキで機体バランスが崩れ、きりもみになった。


 回転する赤いAFがコースアウトラインに接触する。

 赤の女王は自機のコンディションを見切り、的確にカウンターを当てた。


 体勢を立て直したファイアボルトが最短でコースに復帰する。


「コースアウトシグナルなんて、聞いたの何年ぶりよ!」


 自分を叱る意味も込めて吠えた。


 現状のバランスで安定する飛翔を探りながら実行。

 目まぐるしい操舵にナーサは集中する。


 ナーサとラフィーのクロスレンジバトルは、誰もが予想できない結果になった。


 まず、ファイアボルトが左腕に握る150ワンフィフティソードでグラビリティサーフボードを切り裂いた。


 続き赤い刃が白いAFを切ろうとした瞬間、アルス・ノヴァのマルチライフルがビームセイバーを発動させた。


 ビームセイバーは最初銃口から円錐状に広がり、迫る150ソードを弾くと収束形成し刺突剣になった。


 体勢を崩したナーサと、ぎりぎりでライフルを突き出せたラフィー。

 二人は勢いのまま交差し、結果ラフィーのビームセイバーがラッキーヒットした。


 ファイアボルトのサイドスカートは、物理的に破壊されてはいない。

 アルス・ノヴァのビームセイバーによる疑似判定だけだ。


 時間が経過すればペナルティも解消される。

 パルスリンク供給も問題無い。


 むしろナーサのフォロワーたちは、ピンチを覆そうといっそう激しい応援をしてくれている。

 ラフィーの予想外の反撃は痛かったが、致命打ではない。


 状況を読み取ったサトリが、ファナタを振り切ってナーサの追撃に専念した事の方がよっぽど問題だった。


 対してラフィーは、メインエンジンのサーフボードを二つに割られていた。

 左右それぞれの足にロックされたグラビリティサーフボードが、個別に揺れる姿は痛々しい。


 サーフボードが飛翔能力を失っているのは明白で、影響が顕著に現れる。

 アルス・ノヴァが、逆風に晒されたようにどんどん減速してゆく。

 白いAFはナーサとの距離を開き、今サトリのシャドーエイリアスに追い越された。


 これにはナーサも少し申し訳なく思う。

 サーフボードが盾と同じ程度には固いと考えていた。

 一撃で破壊できたことに、ひっそりとナーサも驚いたぐらいである。


 盾を持つ行為が無いわけではない。

 AF本体への被弾を減らし、機体の耐久を上げる。


 それこそナーサが次に目指す絢爛舞踏会では、大小様々なシールドを装備したエアリエルたちが現れるだろう。


 今回のEEGPのようなサーキットレース形式に持ち出すことは、非常に珍しい。

 交戦と競争が混ざるレースでは、実際に盾が使える状況になるのかわからない。


 使われない盾は、ただの死重量デットウェイトだ。

 小型だとしても腕一つ塞ぐ装備は登用に躊躇する。


 なのでレースに持ち出すからには、相応の防御力があるとナーサは判断した。

 加減無くサーフボードを叩き切った。

 結果はアルス・ノヴァの失墜が物語っている。


 そもそもグラビリティサーフボードは試験機であり、実競技での運用を想定していない。

 赤の女王が知りようのない仕様だった。


「それにしても、この場面でビームセイバー?

 残弾計算がおかしくない?」


 振れる機体を忙しなく思考制御しながら、またもやラフィーが起こした計算外の出来事に愚痴る。


 ビームセイバーはほとんど使わないオプションだ。

 なぜなら、とても非効率だからである。

 ライフル一本で射撃と格闘の両面に対応できる有便な武装と思うなかれ。


 AFの射撃武装は、疑似光学判定だが弾数制限が存在する。

 無尽蔵に発砲できないようになっている。

 限られた攻撃回数で如何に相手を追い抜くか。

 エアリエルには高い戦術眼が求められる。


 その制限下で、ビームセイバーは弾数消費が大きかった。

 ビームセイバーを装備するなら、個別に近接武器を持った方が良いほどである。


 なによりレースの終盤に近くなればなるほど弾数を消費しているものなので、ビームセイバーは発動すら難しくなる。


 最後尾から先頭まで迫ってきたアルス・ノヴァに、ビームセイバーが展開できるだけの余裕があるとは思えない。


 ナーサも同型のマルチライフルを使っているので、ラフィーがレース中に発砲した数をカウントすれば簡単に残弾予想できる。

 普通ならビームセイバーが使えると考えられないが……。


「機体やボードと一緒で、ビームセイバーもエネルギー効率が改善された新型ってことなんでしょうね。

 ああ、うらやましいっ!」


 ナーサが心底妬ましそうに叫ぶ。

 確かにアルス・ノヴァのビームセイバーは新型ではあるのだが、とある大学生が一晩で作ったサプライズプレゼントだと気付くはずもない。



「大丈夫ですか? ラフィー」


 減速し続けるアルス・ノヴァに深緑色のAFディスカーゴが寄ってきた。


 ファナタのコンディションもラフィーに負けず劣らず酷かった。

 サトリの巨大手裏剣に散々切り刻まれ、全身が傷だらけだ。


 ヒットポイントも残り三割を切っている。


 サイドアームのスクエアグロッグは、ベイブレードを防ぐための唯一の防具だった。

 故に色物二丁拳銃は見るも無残に破壊され、左手に辛うじて普通のハンドガンの姿で残っている。


 射撃と狙撃のファナタが、格闘に偏重している相手の土俵に上がった結果である。 

 『双影』カウンターニンジャに切り伏せられなかっただけ僥倖というものか。


 むしろその状態で推力減衰効果が少ないことがおかしい。

 冥府の渡し守は、一体どんな呪術で飛んでいるのだろう。


「わたしに、かまわず……」


 息を枯らしてラフィーが告げる。

 言葉一つ捻り出すだけでも頭痛がする。

 それを噛み殺して、腕を振る。

 ジェスチャーで伝える。


 あなたは先へ進んでください。


 もう加速できない自分に付き合っては、ファナタも順位を落としてしまう。

 自分の故障に人を巻き込むのは矜持に背く。


 しかしファナタは、じっとラフィーを見つめ返す。

 即席パートナーの顔を見つめる。


 少女の瞳は、勝利への渇望を、力強さを失っていない。


 そして心を汲み取る。


「ラフィーは、まだ諦めていないのですね」


 『冥王の寵児タイニーカロン』は、ラフィーが先を譲る理由を見出す。


 追いつける。

 必ず追い抜く。


 先を促したファナタにではない。

 目指すのは、赤と紫の2機だ!


 割られたサーフボードをカバーする方法がある。

 だからファナタへ自分に構わず行けと言えた。


 ああ、なんて素敵な子なのでしょう。

 本当に驚きが尽きない。


 ファナタは興奮に身震いする。


 小さく幼く新しい風の妖精エアリエル

 だがその心は、赤い女王にも影の刃にも冥府の御子にも負けてはいない!


 ディスカーゴがアルス・ノヴァに寄り添う。


「ご安心ください。

 私たちの同盟は終わってません。

 約束したからには、最後までお付き合いしますよ。

 今のままラフィーが後退しては、追い抜いてきたエアリエルたちに報復攻撃されるかもしれません。

 他のエアリエルには二人で一緒に対処すると決めました。

 なので、これより私はラフィーの護衛に入ります」


 ファナタの言葉にラフィー驚愕する。

 ツインテールが大きく波打つほど激しく首を左右に振る。


 誰もそこまで頼んでいない。


「一人より二人の方が安全ですから。

 もう秘密協定は皆さんにバレているでしょうし。

 隠す必要はありませんよね。

 うふふふふ」


 うろたえるラフィーに、ファナタは柔らな笑みを返す。


「幸いピットが近いです。

 ラフィーは武装の補充で下に降りますか?

 私はグロッグの交換と体力の回復で、一度着陸します」


 あれこれと流暢に喋るファナタにラフィーも屈した。

 まるで骨が折れたように首肯して、ピットインすることを伝える。


 口も効けないほど疲労している自分に比べ、ファナタのなんと頑健なことか。

 同じ距離を飛んだはずなのに、両者の差は顕著だ。


 名の通ったエアリエルのバイタリティをたりにして気後れしそうになる。


 でも不快なわけではない。

 むしろ懐かしい感情を覚えた。


 あの人もこんな風に飛んでいたのかな。

 いつか自分も彼女のようになれるのかな。


「おや、ラフィー。

 なにか可笑しいことがありましたか?」


 ファナタの声で気がつく。

 いつのまにか、ラフィーは笑っていた。

 自分のことに精一杯で気が付かなかった。


 ……そうか。

 誰かと一緒に飛ぶって、こういうことだったんですね。


 曾祖母との約束を思い返す。

 郷愁の想いが胸から溢れる。


 思い出に浸る。

 心が深く根ざす自分の根底に繋がり、なすべきことを今一度自覚する。


 ラフィーはマイクのスイッチを入れ、ピットガレージに向けて発言する。


「プランBの、じゅんび……」


 返答には怒りの色が見えた。


『許可できるわけないだろ。

 お嬢のバイタルモニターは最悪だ。

 今すぐに棄権されないだけ融通されていると思え』


『はいはーい。男のツンデレは可愛くないわよ』


『いやいや、ねえさん。俺のどこがツンデレなんだよ』


『準備万端なくせに突き放そうとしているところよ。

 最っ高にキモいわ。あはははは』


『えーっと、そんなわけっす。

 ピットインにセッティングラックは使わないっす。

 膝立ちで降りるようにしてください』


「ごめんなさい。壊して、しまって……」


『お嬢様が気にすることではない。

 試験機としての耐久限界が近かったし、レースで実測すると決めたのは直人だ。

 最終的に全て直人が悪い』


『機材損傷の責任は、主犯の直人が被るって教授からのお達しが来たんだ。

 一度やったら二度三度も一緒さ。

 思う存分に暴れてくれ』


『お前らなぁ』


 ピットガレージの声を聞いて微笑みが溢れる。

 自分はとても幸運なのだと再確認する。


 飛翔速度を落としたラフィーとファナタを、何名かのエアリエルが追い抜いてゆく。

 中にはアルス・ノヴァを撃ち落とそうと銃口を向ける者もいたが、付き添う渡し守を警戒して発砲までには至っていない。


 棄権退去をするAFへの攻撃は厳罰対象だが、故障により後退するエアリエルに追撃するのはままあることだ。


 ピットインして復調される前に倒す。

 合理的な考え方である。


 それだけに、今回のあからさまな護衛役ガードは珍しい。

 組み合わせも、得体の知れない新人と残酷な悪魔である。


 嫌な予感がする。

 多くの人間が不吉な感触にさいなまれていた。


 アルス・ノヴァとディスカーゴはピットスポットまでたどり着くと、そっと別れた。

 自分のピットガレージに降りてゆく。


 レース中のピットインで、いくつかの補充作業が行える。

 武装弾薬の補充。

 ヒットポイントの回復。

 物理破損した部位の応急処置。


 もちろんデメリットは大きい。

 レース中に停止着陸するのだから、後続に無条件で抜かれてしまう。

 機体を復調させたとしても、どれほど巻き返せるか解らない。


 それでもラフィーとファナタはピットインを選択した。


 各々に逆襲する一手を描いてのことか。

 目標をレース完走に切り替えての安全策か。


 ネオグリーンランド島に降り立つ二人のエアリエルに、周囲も注目する。


 ファナタは着陸と同時に、ピットクルーたちに囲まれた。

 スタッフに破損したハンドガンを渡し、新しい銃を受け取る。


 ただしハンドガンは二丁受け取らず、右手には大振りのコンバットナイフを握った。

 明らかに近接格闘戦を意識しての補充だ。


 他のスタッフは養生テープを外装カウル各所に巻きつける。

 巨大手裏剣に切りつけられ歪んだ箇所を保護するためだ。

 外装太陽電池の発電量が下がってしまうが、今は機体強度を優先する。


 ヒットポイントの回復は、ピットガレージに留まっている時間によって増える。

 しかしファナタは回復のためだけに立ち止まる気はない。

 僅かにでもライフゲージが上昇してくれるだけで十分だ。


 スタッフたちがディスカーゴから離れる。

 こちらの準備はできた。

 ファナタは飛び出すタイミングを図るため、ラフィーの様子を伺う。


 驚いた。


 もう驚き慣れたと思っていたが、予想や予測は外れされるものだと変に納得してしまう。



 グランドピットの映像を横目で見ていたナーサ・ガリルの口元が波打ち形状になる。


「それはちょっと反則じゃないかなー」



 サトリ・アメカジは無言で睨む。


「……然り」



 27番ガレージに降り立ったアルス・ノヴァは、言われたとおり膝立ちで着陸した。

 駆け寄った元康とジュネルフが、両足に残るグラビリティサーフボードの残骸を回収する。


 その上では、直人とジョージがそれぞれに持つ新しいグラビリティサーフボードを背部ハードポイントに接続していた。

 二枚のサーフボードは中程から支持肢アームが伸びており、アルス・ノヴァの背中に直接取り付けられる形だ。


 ラフィーはマルチライフルを地面に置くと、翔子が持ってきた最後のサーフボードを受け取り立ち上がる。


 これがフランケン大学技術開発研究室のプランB。

 残り試験機、二号機から四号機の一斉テスト。


 Gパルスドライブ・トリプルアクセルだ。

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