01-03. 頼りになる仲間たち

「中継屋というのは、文字通りフォロワーたちに競技中のエアリエルを放送する権利を得た存在のことっす。

 またフォロワー達のパルスリンクをアエロAフォーミュラFに送信する機能も持っています。

 人気を誇るエアリエルは企業主体の大きな中継屋がバックにいたり、駆け出しの新人には個人経営や小口纏めの中継屋が付いたりするっす」


 ピピパピポペパとレーザーコンソールをタイピングする松平元康は、誰に話すでもなく解説をする。


「なぜ、そんな珍しい事態になっているかというと、エリアルA ザ スカイ SフォーミュラFの設定航路が広大だからっす。

 循環シャトルを個人装着型にまでダウンサイジングしたのがAFです。

 当然循環艇ですから、単独での重力圏離脱と大気圏再突入機能を有します。

 小さな外観に反して広い行動範囲を持つAFが、海に空にとレースをするんです。

 なんで公営に設置されたカメラだけでは、彼女たちの全てを追うことはできないっす。

 特に自分たちが目当てとするエアリエルが豆粒にしか見えないんじゃ、推力を供給する応援側も気落ちしてしまうのですよ。

 だから中継屋の出番となるわけっすよね。直人さーん」


 ターンッとエンターキーを弾いた元康が座る椅子ごと振り返って、事の元凶に笑いかける。

 元康は直人と同じ衛星立フランケン大学に通う後輩で、中継屋三河屋の代表でもある。


 ここは新城直人がラフィー・ハイルトン・マッハマンと邂逅したASFのピットガレージ。


 数時間前、電話一つで元康たちを呼び出した直人は、白いAFをセッティングラックに固定しながら頷く。


「旧資源衛星全てを巡る最大規模のレースを『赤道杯レッドラインカップ』なんて言ったりするしな。

 惑星がまるごとサーキットコースなんて、いつ聞いても笑えるぜ。

 中継ラインが無数にないと追いきれない規模だよなぁ。

 はっはっは」


「そんな全惑星レースで、特定のエアリエルを追っかけるのにドローンカメラをばら撒いて、軌道エレベーターやオービタルリングのカメラをレンタルしたりして、映像を拾うお仕事が中継屋さんっす。

 他にも、エアリエルの肖像権を中心に色々な利権をパッケージングする事務仕事とか。

 中継画像をフォロワーに送り、フィードバックされるパルスリンクに応じて色々と調整したりとか。

 元手はけっして安くないし、大変な手間がかかるっすよ。

 なのにあっしら一介の学生が中継屋の看板を持てるのは、なぜでしょうかね? 直人さん」


「……大学の、航宙科の実験機材を流用しているからだ」


「申請外の無断私用がバレたら、秒で直人さんを教授に売るっすよ!」


「そんなに顔を近づけて脅さなくてもいい。

 愛が芽生えたらどうしてくれる」


「パルスリンクドライブの研究をお題目に、ASFの中継屋パスポートを取るだけだったはずっす。

 どうしてあっしらが無名新人のピットクルーにされてるんっすか!」


「いやー、どうしてだろうねー。

 それよりもAFのパルスリンク設定はできたか?」


「問題なく終わりましたよ。

 ボードとの連結も目立ったバグは出てません。

 後はジョージが運んでくる現物待ちっす」


「よーし。これで第一関門は突破したな。

 オレは機体の組み立てを進めるから、元康は引き続きドライブレコーダーの解析を頼む」


「人使いが荒いんすよ。

 いつの間にか雇用関係も逆転してるし!

 慰謝料の要求も辞さないっす!」


「大丈夫だ。問題ない。

 気前の良いパトロン様は確保してある」


 直人はガレージの一角を見る。


 チームオーナー兼エアリエルのラフィーお嬢様が、装飾優美なテーブルを広げ優雅にティータイムを楽しんでいた。

 これみよがしに細い足を組んで座り、ティーカップを口元に近づけ静かに飲む。


「今年のアルプレヒトは、さらに香りが豊かになりましたね。

 これは是非とも、広く銀河のみなさまに知ってほしいわ」


「アルプレヒト産の抹茶は、ブランドとして名を確かに上げております。

 軌道農園を数十年前に確保した大旦那様の先見の明は、さすがでございます」


 脇に控える老執事グライブが軽く頭を下げる。

 彼が点てた濃緑のお茶を、ラフィーは眉一つ動かさずに飲んでいる。

 間に抓むのは小さく甘いブロックチョコ。


 元康の首が傾ぐ。


「……ミント風味が強い抹茶って、どこの層に当たっているんっすか?」


「さあ? お嬢と同じぐらいの女の子たちじゃね?」


 直人たちを第三のスタッフが叱責する。


「こら、直人に元康。

 無駄にダベっていないで手を動かせ。

 予選のタイムアタック終了まで時間が無いんだぞ」


 おっといけないと直人はお嬢様のマシンドレスの繕いに戻った。


 直人の逆サイドで組み立て作業をしていたのは、赤く長い髪をお下げに編んだジュネルフ・マルガレッガだ。

 彼女は直人と元康の大学の先輩になる。


 ここには元康に引っ張られる形でやってきたが、持ち前の人の良さから手伝いを進んでやり始めた。

 発端は完全なボランティアだが、ラフィーには彼女の報酬も請求し渡すつもりだ。


 二人のメカニックは慣れた手付きでAFを扱っている。

 毎日大学の研究室でパルスリンクドライブとにらめっこしている副産物だ。

 とはいえ、AFの組み立ては事前の準備が整っていればこそ。

 唐突に解雇されたスタッフが、本当に高いレベルを持っていた証拠でもある。


 時計を見た直人がジュネルフに話し掛ける。


「最終タイムを考えれば予選は一発勝負になろうだろうから、寧ろゆっくりと時間をかけて確実に作業した方が良くないか?」


「……正直、タイム測定が一回だけだと危険すぎる」


 ジュネルフが声を潜めて直人に伝えてきた。


「機体自体は新製で高機能だが、随所に危うい感触があるんだ」


「オレにはわからないけど、そんなにまずいのかよ」


 技師としての腕前は直人よりジュネルフの方が立つ。

 彼女が言うからには、見逃せない懸念事項だ。


 前任のスタッフ達も修繕部品や機体の安全性で揉めていた節もある。


「元康のデータ解析が出れば、あのお嬢様がどれだけ乱暴な扱いをしていたのか明らかになるだろう。

 ただ、それを超えてメカニック段階で違和感が出る機体なんて怖すぎる」


「オッケー、わかった。

 一度安全に飛ばせてみて、お嬢のド下手くそ加減を探りたいんだな」


「特にボードを使わせるなら、事前の説明がいるだろう。

 説得する段取りはついているのか?」


「そこは大丈夫。

 俺たちを売り込んだ枕詞は、新型のパルスリンクドライブだからな」


「もしかして、新型ドライブというのはボードのことか?」


「いえっさ、しすた」


「……お前は本当に酷い人間だな、直人」


「夢に挫けそうだった女の子を助けたのに、悪く言われるの何故だ?」


「日頃の行いが良くないからだぞ」


 二人が言い合っている間に、元康が座るコンソールに着信表示が灯る。


「おっと、ジョージが搬入口に着いたようっす。

 どっちか誘導と運搬をお願いできますか?」


 ジュネルフが外を指差す。


「詐欺師はジョージを手伝ってこい。

 こちらはわたしがやっておく」


「了解。機体は頼みます」


 AFから離れようとした直人を、お茶を飲み終えたラフィーが呼び止めた。


「どうやら言うだけの能力は持っていたようね。

 でも、時間は残り少なく有限よ。

 きちんと結果を出しなさい」


 手際良く形を成してゆく自分のアエロフォーミュラに、お嬢様はご満悦の様子だ。

 直人は慇懃に礼を返した。


「十分に存じておりますとも。

 お嬢様の出番になりましたらお声掛けいたしますので、それまでごゆるりとお寛ぎください。

 これからご提案いたしました新型エンジンをお持ちいたします。

 楽しみにしてお待ちください」


 ラフィーに一言残して直人はピットガレージを出た。

 グランドピットの外部搬入口を目指しながら、つい数時間前を思い返す。


 最初に見たラフィーは、涙を堪えて泣いていた。

 自分の癇癪でスタッフと決裂し、ASFへの出場ができなくなったからだ。


 次にジュネルフから聞いたマシンの状態を考える。

 自らの運転技術に問題がある上に、安否を気遣うスタッフたちの忠言を振り切ってまでレースに出ようとしていた。


「単に金持ちの趣味以上の、なにか強い想いがあることは類推できっけどさ」


 そこまでする彼女の源泉がなんなのか、直人は知りたかった。


「問題はお嬢が自分の腕前を自覚しているかどうかだな……」


 端々の問題をスタッフの責任に押し付けていたのは、他人になんでもやってもらうお嬢様気質の発露か。

 それとも己の技量を高いプライドが受け入れないのか。


 どっちにしても、やっかいだな。


 考えを纏めながら、外部搬入口にまでくると研究室で使う小型トラックの前に金髪角刈りの男がいた。

 ジョージ・セントニア。

 直人と同じ大学の同期で、キャンパスから小型トラックを運転して荷物を届けてくた最後の援軍だ。


 ジョージが軽く手を上げて挨拶する。


「よお、ロリコンに覚醒した同志。

 ご依頼の品を持ってきてやったぜ」


 直人はジョージに回転チョップを突き刺した。


「黙れ、真性ロリコン野郎。

 お前と同類になったおぼえはない!」


「てめぇ。金髪幼女の足元にすがりついて、感涙を流しながら靴を舐めたとか嘘かよこの野郎」


「誰だ、そんなアリもしない気色悪いデマを流したのは」


「俺」


「ここに貴様の墓場を築くのは大宇宙の摂理だ!」


「おう、こいやぁ! おらぁ!」


 今、歪んだ友情のクロスカウンター!


 搬入口の警備員は呆れている。


「書類審査は終わっているから、遊んでないで速く運び入れてくれ」


「はい。すみませんでした」


「すぐに持っていきます」


 二人は小型トラックの荷台から人丈より大きな包物をいくつか下ろすと、台車に乗せてピットガレージへと運んだ。


 ジョージが明るく挨拶する。


「ちわーっす。三河屋でーす。

 ご注文の実験品をお持ちいたしました」


「意外と遅かったわね。

 さあ、はやく使えるようにしなさい」


「はい。心得ました。

 ってその前に……」


 ジョージはテーブルセットに座っているラフィーを見て、直人の頬を叩いた。


「いってぇ! なにしやがる」


「騙したな。この巨乳教徒め!

 依頼者がツインテールお嬢様と聞いて、神が遣わされたパーフェクトロリの降臨に内心昇天した俺の魂を返せ!

 ロリっ娘に踏まれる喜びを期待していたんだぞ」


「そんな汚れきった魂なんぞ、とっとと地獄に落ちろ。

 っていうか、お嬢をそういう目で見るとグライブさんが黙っていないぞ」


「誰だよグライブって」


「わたくしでございます」


 ラフィー付きの老執事グライブは、背後からジョージの頭部を掴むと、ごきっと捻った。

 全身の力を失い地に落ちるジョージ。

 気を失って地面に転がるジョージは、さながら袋が破けて中身を散乱させる土嚢のようだ。

 使い物にならない意味でも重なっている。


「すみません。グライブさん。

 まさかジョージのヤツがこれほどまでの変質者だとは思わなかったので。

 科学者として優秀なんですが、性癖だけはいかんともしがたく」


 ラフィーはスタッフジャケットの前を引き寄せて身を固めた。


「こんな人間性の失った生き物がいるなんて、衛星大学とは恐ろしいところね」


「ジョージの性的嗜好が異常というだけだ。

 大学への風評被害はやめてくれ」


「それに、教徒ってなに?

 精神の信仰は自由だけど、それを現実へ持ち出すなら社会的かつ法的な責任を負うべきよ」


 お嬢様の直人を見る目が空気を凍らせるまで温度を下げる。

 グライブもそっと直人の背後に移動する。


「オレの名誉毀損もジョージの罪状に付け足してくれ。

 お嬢への進言にやましい箇所は一つしか無い」


「正直でけっこう。

 あなたが言うたった一つの裏心は、運び込まれたそれの試験運用ね」


「そうだ。最初の提案の時にも言った条件が、オレの目的だからな」


 直人が荷車に載せられたそれの梱包を剥ぐ。


「こいつはパルスリンクドライブにおける感応脳波以外の推進剤を研究する段階で作られたものだ。

 役割としては、新型のイオンドライブを搭載した個人用飛行ユニットになる」


 全長は2m近くある流線型に象られた板だ。

 底の厚みもそこそこあり、こちらも流体に対応した形に整えられていて、後部にはパルスリンクドライブのスラスターがある。


 一見には、マリンスポーツのサーフボードと呼ばれるものに似ていた。


「どうだ。とても速そうな形をしているだろ。

 お嬢を夢の彼方へ飛ばしてくる魔法の乗り物さ」

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