01-04. 奏でる新星

 超高速で飛翔する赤い鏃が、光の尾を引いてゴールラインを通過する。

 記録されたタイムは誰もが瞠目するものだった。


「みんなー! 応援ありがとー!」


 赤いエアリエルがメインの実況カメラに向かって明るい笑顔で大きく手を振る。

 中継されている先の大歓声が聞こえそうだった。


 彼女こそ誰もが認めるトップエアリエルの一人、ナーサ・ガリルだ。

 赤道杯レッドラインカップを二期連続優勝したことにより、冠された二つ名は『赤の女王レッドクィーン』。


 ナーサは軽く上空を旋回して自分のピットへと降り立つ。


 さっとスタッフたちが彼女を囲み、赤いマシンドレスをセッティングラックに固定させる。

 数秒でAFを脱ぎ去ったナーサは、ミニキャップタイプのヘッドパーツをクルーの一人に投げ渡す。

 ピットガレージを走り抜け裏手に待っているピックアップカーの荷台に立った。


「明日の本戦も、応援よろしくねー!」


 ナーサを乗せたピックアップカーがゆっくりと走り出す。

 このピックアップカーには音響機材が詰め込まれた特別仕様車だ。

 不安定で小さなステージにも関わらず、赤の女王が軽いステップで踊りだす。


 複数のドローンカメラが、歌いだしたナーサを映そうと飛び回る。

 これはサービスのライディングライブ。


 本戦のトップグリッドを確信したナーサによる、フォロワーたちへの感謝の歌だ。

 明日に向けての戦意高揚効果も絶大である。



「いやはや、女王様はやることがマメでタフだねえ。

 タイムアタック直後で疲れているはずなのに、個人ライブをするなんて凄いスタミナだ」


 遠のいてゆく赤の女王のパフォーマンスを見ながら、直人が感想を述べる。


 少し様子を伺っていたラフィーだが、ついっと顔を背けた。


「あれぐらい、わたしにもできるわ」


 つんつん状態のラフィーは、組み立て終わった自分のアエロAフォーミュラFを装着していた。

 透けるような金髪ツインテールの根本には、頭部セットの大ぶりリボンが揺れる。

 機嫌が悪いのはセッティングラックに固定された状態で、身動きが取れないからか。

 とりあえず直人とジュネルフの手押しでピットロードに出る。


「よし。いよいよお嬢の出番だ。

 まずは打ち合わせ通り、ショートトラックを流してマシンの状態を確かめるぞ」


「いちいち言わなくても、わかっているわよ」


 ラフィー・ハイルトン・マッハマンの白いAFは型式番号タイプナンバーRHF-04、識別名称ペットネームをアルス・ノヴァと言う。


 リフォーマテッド・ハイエンド・フォーミュラの4号機。


 限界性能を求めて現状のマシン構成を極限にまで先鋭化させた機体である。

 先3せんが図面設計のみのペーパープランに対して、4番目のアルス・ノヴァはラフィーが制作資金を工面して実体化させたものだ。


 現物の製造会社としてラフィーが依頼したのは、航宙船や循環シャトルを製造している有名な造船業者である。

 製造元から機体の性能、その点に置いては信頼できる。


 しかし、ただでさえ大企業と個々人の取引きだ。

 完全な一点物の補修部品ともなれば、補充が滞るのもわからなくもない。

 本気で金に物を言わせて作り上げたゴリ押しのアエロフォーミュラだった。


 以上が、直人がチラ見した仕様書と機体のマーキングから読み取った情報である。


 まがりなりにも直人は科学者と技術屋の端くれだ。

 一言物申すなら、こんな怪しい機体でレースに参加するなんて正気の沙汰ではない。


 一番おかしな部分は、機体設計者が不明なことだ。


 設計理念が目指す場所は解る。

 端的に言えば”ぼくのかんがえたさいきょうのあえろふぉーみゅら”である。


 それもアルス・ノヴァで4機目。

 RHF-04の機体制御アビオニクス脚注によれば、エリアルA ザ スカイ SフォーミュラFが始まった頃から技術世代事に再設計をしていた。

 残された情報を見た限り、一号機は初期の循環シャトルそのままだったりする。


 関連書類や機体各部のどこを見ても、設計者に関する情報は一切見当たらなかった。


 これは凶事である。


 個人が長年続けていることなのか、思想を受け継いて続けられている計画なのか。

 とにかく色々な箇所が狂っている。


 そんな謎の塊が、自分の目の前にある。



 ……とても興奮する。

 心がときめき、胸が熱くなる。



 直人は白いAFを眺めながら、表情が緩むのを止められない。


 これこそがロマンだ。


 どこかの傾奇者が、心血を注ぎ込んで情熱を図面に残した。

 その結露が、アルス・ノヴァだ。

 顔も名も知らない設計者に、世紀の珍品に出会わせくれてありがとうと礼を言いたかった。



「何を気持ち悪い顔しているのよ。

 早く機体のロックを外しなさい。

 このグズ」


 目尻を釣り上げてラフィーお嬢様が罵ってくる。

 直人は肩を竦めながらセッティングラックのレバーに手を掛けた。


「ちょっと聞きたいんだが。

 お嬢はどこでこの機体アルス・ノヴァを知ったんだ?」


「どうでもいいでしょ。そんなこと」


「少しくらい教えてくれてもいいじゃないか」


「……家に設計図があったのよ。

 誰が書いたのかまでは知らないわ」


 小さく呟き空を見上げるラフィー。


 RHFの正体は金持ちの道楽かな……?

 安直そうな結論に、少し残念な気持ちで直人はセッティングラックのロックを外す。


「おまたせしました。お嬢様。

 どうぞ存分に大空を踊ってくださいませ」


「前置きが長いのよ!」


 ドッ!


 直人が言い切る前に、アルス・ノヴァが急発進した。

 巻き起こった強風にジュネルフが髪を抑える。


「思ったより乱暴な加速だ。

 これは早々にスラスター焼けするぞ」


「フォロワーのパルスリンクも受けられないから、息切れも早いだろうなぁ」


 からのセッティングラックをピットガレージに戻しながら直人も呆れた。


 ガレージ内の管制機材を見張る元康とジョージが、次々に悲鳴を上げる。


「コースマーカーから外れているっす!

 舵を安定させて、まっすぐ飛んでください」


「サイドスカートから歪曲限界のサイン!

 無理な旋回を繰り返さないでくれ」


「スロットルを急に吹かし過ぎっすよ!

 パルストランスミッターがショート気味になってます!」


「バッテリーの消費も激しいぞ。

 カウルを広げて太陽電池の照射面積を増やすんだ」


『うるさーいっ!!

 ちゃんと飛んでいるでしょ!

 いいから黙って見ていなさい!』


 凄惨な状況に直人が頷く。


「うん。こいつは酷い。

 アルス・ノヴァの性能が完全に死んでいる」


 ラフィーの操縦技術が問題の一つとは考えていたが、これほどまでに壊滅的だといっそ清々しい。

 前任のスタッフたちの憤りがわかるというものだ。


 管制官二人の慌てふためき加減に気分を斜めにしたジュネルフが、直人に問いかける。


「どうしてこんな基礎も出来ていないエアリエルにボードを売り込んだ?」


「こんなお嬢だからこそ、外部装着できるボードの評価がしやすいんじゃないか」


「つまり、わざと操縦が下手な彼女に話を持ちかけたというのか。

 相変わらず目的の為には手段を選ばない男だな。

 実に性根が歪んでいる」


「……辛辣なご意見に心がへこむぜ。

 でも最初はラフィーお嬢の腕前に関係なく、ASFのチームが一つ宙に浮いたからボードの実地試験を潜り込ませる事を思いついただけだよ。

 まさか最優先レベルで問題になる腕前とは思わなかった」


 最初に聞いたラフィーの金切り声を思い出す。

 そして声無く震える小さな背中。

 あれが全ての始まりだ。


「でもさ。

 お嬢様に良いレース結果を出してもらおうっていうのも、嘘じゃないんだ」


「ボードの評価試験はできても、彼女がレースで善戦するとは思えないが」


「ああ、だから最後の手段を使う」


 不敵に笑う直人は、懐から個人端末を取り出した。


「おい。まさか……」


 いぶかしむジュネフルを片手で制してコールを一本。


「あ、ねえさん?

 うん。オレオレ。

 突然で悪いんだけどさ。

 明日、暇してる?」

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