第8話 お披露目とお兄様




「な……なんなの、これは」


 ジャリアーナ嬢が呟く声が聞こえた。

 私とキース様が立つテラスには、私達を囲むように四つテーブルが置かれている。その上には大きな水槽が置いてある。

 もちろん、水槽の中には金魚が泳いでいる。

 この日のために出した、赤い金魚達。黒い金魚も出せるけれど、今回は視覚効果を考えて赤一色にした。その方が印象に残るだろう。


「皆様、この度、我がゴールドフィッシュ男爵家に迎えたキースです。どうぞお見知りおきを」

「キースと申します」


 お父様の紹介を受けて、キース様が腰を折る。

 しかし、集まった人々はキース様と私の後ろの水槽に目を奪われてしまっている。計算通りだ。


 私とキース様は目を見合わせ、そっと前に進み出て水槽がよく見えるようにした。


「実は、珍しくとても美しい魚が見つかったのです。是非、皆様にお見せしたいと思いまして」


 お父様が言う。

 事前の相談通り、私の『スキル』のことは秘密にして、金魚は領地で発見したということにした。もちろん、細かい場所は秘密だ。


「どうぞ、よくご覧になってください」


 お父様が促すと、皆は好奇心を抑えきれない様子で水槽に近寄った。

 水槽は全部で四つ、二つには和金を、一つは出目金、残る一つにはらんちゅうが入れてある。今の私が出せる三種類の金魚を毎日こつこつと生み出して用意した。


 ちなみにアクアリウムを完成させた時点でレベルが8になって朱文錦が出せるようになったが、今回は間に合わないので後々の商売のためにとっておくことにした。


「な……なんて綺麗なの?こんなの見たことないわ」


 ジャリアーナ嬢が呟く。彼女は綺麗なものが大好きだから、きっと金魚も気に入るはずだと思ったのだ。


 金魚の美しさもさることながら、皆、透明なガラス越しに魚を横から眺めるという初めての経験に声を失っているようだった。


「ゴールドフィッシュ男爵、これはなんという魚なのだ?」

「はい。金魚といいます」

「金魚……?」


 明るいテラスで透明に輝くガラスの中をひらひら泳ぐ真っ赤な金魚達。


「本当に、光が当たると金色に輝いて見える……」

「こんなに丸っこくて目が飛び出ている魚なんて見たことがない」

「これは瘤か?あっちと同じ魚なのか?」


 皆、金魚に夢中だ。


「上手くいったな」


 キース様がこそっと耳打ちしてきた。

 本当に、想像以上に上手くいった。金魚に興味津々の皆様は、その後のお食事の時にもお父様を質問責めだった。

 どこで見つけたのか、という質問はのらりくらりと交わしつつ、さりげなく金魚を観賞する生活の豊かさを主張する。


「見ているだけで心が癒されるのですよ」


 お父様のその言葉に、皆様は「ほほう」と唸った。


「確かに、あんな綺麗な魚を常に見ていられるのは素晴らしいですな」

「お父様!私も金魚が欲しいわ!」


 綺麗なもの大好きで赤いドレスや宝石が大好きなジャリアーナ嬢が耐えきれずに叫んだ。

 待ってました!


「あら。でしたら、欲しい方にはお帰りの際にお分けいたしますわ」


 頬に指を当てて小首を傾げてみせると、皆、ぱっと顔を輝かせた。

 うっふふ〜、計算通り!


 キース様に造ってもらった小さな水槽に金魚を二匹ずつ入れて、帰りの馬車に乗る皆様に渡した。もちろん、飼い方もちゃんと説明したわ。

 これで、皆様の家で金魚を目にした人達が、金魚に興味を持ってくれるに違いないわ。

 口コミで評判が広まれば、金魚を欲しいという人達が我が家にやってくるはずよ。

 まずはそうやって貴族の間で金魚を広めるのよ。流行を作るのは貴族だもの。

 そして、貴族の間で金魚なるものが取り引きされていると噂が広まれば、今度は平民達とりわけ商人達の好奇心を刺激するに違いないわ。

 そのタイミングで、平民向けにばーんっと金魚屋をオープンするのだ!

 どうだ、完璧だろう!


「皆、喜んで帰って行ったな。アカリアはすごいな」


 キース様が感極まったように言った。


「今日はキースお兄様が主役ですのに、金魚の話ばかりになってしまってごめんなさい」


 金魚のお披露目は成功したけれど、今日は本来はキース様のお披露目だったのだ。その点については本当に申し訳ない。

 けれど、謝る私にキース様は屈託なく笑ってくれた。


「何言ってるんだい?金魚がいなかったら、皆、食事の途中で帰ってしまっていたに決まってるよ」


 冗談めかして言うキース様の優しさに、私は目を潤ませた。

 こんな貧乏男爵家を継いでくれて、水槽も造ってくれる、キース様は最高のお兄様だわ。

 キース様のおかげで水槽が手に入って、皆に金魚を渡すことが出来た。

 水槽が手に入らなければ、いくら金魚を出せたとしてもあんな風に皆の興味を引くことが出来たかどうか。

 今日のために準備を頑張れたのも、キース様が私の描く未来を信じて水槽を造ってくれたおかげだ。

 そんな想いがわき上がってきて、私は思わずキース様に抱きついた。


「わっ!ア……アカリア!?」

「ありがとうキースお兄様!」


 涙の滲んだ目を見られないようにキース様の胸元に額を押しつけて、私は懇願した。


「これからも、ずっと一緒にいてください!私はキースお兄様がいないと頑張れません!」


 頭の上で「んんっ……」と変な声が聞こえたけれど、胸がいっぱいの私はそんなこと気にせずにキース様に抱きついていた。


『みんな、行っちゃったねー』

『ぼくたちはアカリアのそばにいるよー』


 私とキース様の周りをくるくる飛び回るきんちゃんとぎょっくんに向けて、「ありがとう。あなたたちのおかげだよ」という心を込めて私は微笑んだ。



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