28
体を休めるという意味もあり俺はベッドで横になっていた。
もう少ししたら深夜の待ち合わせ場所に出かけようという頃だった。
そこに――それこそ、まるでそうするのが当たり前のようにパジャマ姿の先輩がベッドに入ってきた。
「や、あの、せんぱい?」
「言い訳を用意してやろう。女性が男性を必要以上に欲情させる格好をしていた場合や行動や言動が誘っているとしか思えない状況下だった場合。男性が女性を犯しても無罪放免になるケースもあるのさ。まして、今の私は合意している。つまり、どのようにして貴様が私を犯したとしても和姦が成立するという事さ。もう、これでガマンする必要はないだろう? キサマは、こう思えばいいだけだ先輩が欲情させる様な事ばかりするから、つい流されてしまいましたとな。言っておくが私はキサマを愛してなどいない。つまり、今の私と性交渉すれば、貴様は自分で自分で否定することになるだろうが。ようは認めればいいのさ、しょせん自分も性欲を発散出来れば誰でもよかったのだと。そして認めろ、この世に愛だのというものは存在しない肉欲と生殖本能。子孫を残したいという欲求を幻想的な表現で愛と呼んでいるだけなのだとな」
言ってることは相変わらずだが、なんか違う気がする。
子ギツネもネコやイヌみたいに親に甘えるのだろうか?
今、俺の隣に居るのは間違いなく俺に甘える存在だと思った。
身体を丸めて小さくなり胸に、頬やおでこ、頭をすりすりしながらえらそーなことを言っている。
こうして見ていると無邪気な黒狐が愛おしく見えてしまうから不思議だ。
だからだろうか思ったことが自然にでてしまうのは――。
「こうして見てると先輩って可愛いですね」
「背の高い女というのは総じて甘え足りていないものなのさ」
「そう、なんですか?」
「ふっ、それみろ。貴様とて私がこのようなことをするのが意外だと感じている。背が高い。ただ、その一点だけで同姓からは頼られ異性には一目置かれる。図らずとも、そういった役まわりを演じざるをえない状況下に陥り安いのさ。だから、無理してでも周りの期待に応えようと振る舞う。そして、結果的に甘えん坊の自分自身を押し殺したまま成人を迎えてしまう。けっこう居るものなのだよ甘えることに飢えている人というのは――そもそも基準が間違ってるのさ、身長と精神の成長が比例してるわけなんてないのだからな。背が高かろうと低かろうと過ごした年月で精神は鍛えられる。よほど特殊な条件差がない限り極端な差は生まれにくいものなのさ。で、ありながらだ。大人っぽいとか、子供っぽいという外見だけで判断するから心と身体の成長にずれが生じるのさ。無駄に背が高い割には女らしさに乏しい。性格は偏屈でひねくれ者。頼られることはあっても頼ることはほとんどない。もっとも人に頼るなんて負けを認めるみたいで気に入らないからな。なぁ克斗こんな私でも欲情できるのか?」
「してますよ! するに決まってるじゃないですか!」
ほのかな甘い香りはメイプル。それは、初めて会った時から感じていた先輩の匂いだった。
「っていうか、俺的に言ったら、先輩に手を出した方が負けって気がしますからね!」
「ほー、言うじゃないか。だったらキサマの自尊心とやらがどの程度のものか見せてみろ。ちなみに父親からの伝言だ。『絶対に避妊だけはするな!』だそうだぞ」
「俺、今の聞こえなかったことにするんで、先輩も聞かなかったことにして下さい」
「それは出来ん相談だ。なにせ大事なことだからな」
「そうですね! 確かに大事ってゆーか、惨事になりそうですもんね!」
「ふっ…、私が生まれたのは父が30になる前だったのだよ」
「なぜに、いきなり回想シーンに突入!」
「私が生まれた後も跡継ぎが欲しくてな、男の子が生まれるまで頑張ると意気込んでいたそうだ」
「しかも突っ込みスルーっすか!」
「しかしながら、種無しになってしまってな。いくら頑張っても子が出来ない身体になってしまったのさ」
「へ…なんでっすか?」
「はぁ……。知っていてボケているならまだいいが、知らないなら勉強不足だぞ」
「いや、マジで意味不明ってゆーか話の方向性すら見えないってゆーか、見たくないって感じです」
「まあいい。心して聞けよバカ。貴様にとっても共通する大事な内容だからな男性の生殖器には精子を作る精巣という器官があるのは知っているな?」
「なっ! いきなり、なに言い始めるんですか⁉」
「そして、その精巣というのは熱に弱い」
「って、また無視ですか!」
鋭い眼つきで黙って聞けと威圧された。
「だから一定年齢以上になった男性は体温が40度近くまで上昇しないように気をつけなくてはならない。もしも、そんな高熱が数日間続くようなことになったら、医者に行ってきちんと精子が作られているかどうか調べてもらった方がいい。場合によっては種無しになっているかもしれん。自分の子を残したいと願う者であるならばなおさらだろうしな」
「はぁ…どっちにしろ、そんなに熱が出たら精子がどうこう言う前に生死の問題だと思いますけどね…」
「ほぉ…以外に上手いこと言うな。うむ関心したぞ」
「いえ、全く面白くないですから」
「で、だ。こほん。まぁ、うちの父親もそんな感じで生殖機能を失ったのさ」
「え! でも、先輩のお父さんって医者ですよね! だったら、そんなの簡単になんとかなったんじゃないんですか?」
「まぁ、今と同じ条件だったならまず問題にならなかっただろう。しかし、当時両親は地域医療というものに心血を注いでいてな、そんな時、新手のインフルエンザが猛威をふるった年があったのさ。そして両親が居た村でもインフルエンザが流行ってな、その対応で寝る間も惜しんで村人の治療にあたっていたそうだ。村で一人の医者だった父親は実質村の生命線とも言えただろう。都会と違って、ワクチンの入手も困難な状況だったにもかかわらず。その貴重なワクチンすら自分ではなく村人のために使ってしまっていたのさ。結果的に誰一人として村人はインフルエンザで死ぬことなく難を乗り切ったのだがな…その時の疲れがでたのだろう、父は高熱を出して倒れ。そこに追い討ちをかけたのが管理面での油断だった。気付いたら使える薬が底をついていたそうだ。救急車を呼んでも車で一日の距離。少なく見積もっても往復で二日。救急搬送され薬と若さ溢れる自然治癒により病気を克服したものの…」
「種無しになってしまったと…」
「ああ、そういうことだ。だらか、気を悪くしたのなら許してやって欲しい。子供なんぞいつでも作れるなんて思っていたらこの結果。自分だけは大丈夫という医者にあるまじき考えが後悔の元になったというわけさ。父は、お前の好きにしろと言ってくれているが…私は、そんな父の生き方に憧れてしまってな、だから婿をとって、この式部医院を継いでいきたいと考えている。まぁ…なんだ。いずれは見合いでもして結婚すればいいと思っていたのだがな…やはり、両親としては学生らしく勉学だけでなく恋という幻想にも酔いしれてほしいそうでな。どうやら貴様は私の彼氏という設定になっている…というより、無理やりにでもそうしようとしているといった方がいいな。っと、まぁ、現状はそんなかんじなのだよ」
「まぁ、始まり方はドン引きしましたけど…終わってみれば良い話だったと思いますよ」
「うむ。理解してもらえたなら満足だ。では避妊はしないという方向で頼むぞ」
「全力で避難したい気分になりましたよ!」
「まったく、とことんヘタレな男だなキサマは……」
「はいはい、それで構いませんよ」
「観念して諦めろ。別に生殖行為を強要するつもりはない。ただ同じ布団で寝ようと誘っているだけじゃないか」
「なに、いってんですか! それ、もうほとんどおんなじ意味ですから!」
「はぁ。だから好きにすればいいじゃないか。私は別にそれで構わんと言ってるし。そうなったらなったで父も喜ぶだろうしな」
「はぁ…俺、女の子と一緒にベットに入るときはもっと感動するものだと思ってました」
「む、心外だな。私とでは不服だとでも言うのか」
「いえ、そうじゃ、なくってですね…」
「では、なんだ…不満があるなら言って見ろ可能な限り善処してやる」
「じゃあ、帰ってもいいですか?」
「却下だな。まったく、年頃の乙女と寝所を共にしておいて手もださんとは嘆かわしい」
「むしろ手を出したら俺の負けですからね」
「ほ~。では、その意地がどこまでもつか試してやろうじゃないか。猛毒を持った蛇の牙を抜き襲われても大丈夫な状況を作った上で指で突いて遊ぶ気分だな」
「それって、見てる方は楽しいですけど突かれる蛇は最悪ですよね」
「うむ。蛇の生殺しというものをやってみたくなったのでな楽しませてもらっている」
正直なところ、このままじゃれつかれているのも悪い気分ではないが時間だ。
やや強引に体を起こして張り付いている先輩を引っぺがす。
「んじゃ、行ってきますんで!」
「ああ、気を付けて行って来い。それから、帰ってきたら」
「はいはいはい、分かってますよ。隣で寝てれば満足なんでしょ?」
「あ、ああ。そうだ、それ以外は認めん! 床でなんぞ寝ていたら、悪夢を見ることになるとゆめゆめ忘れるな!」
「へーい」
そう言って俺は夜の街に飛び出した。
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