20
それは昼休みが終わり午後の課題に手を付け始めてしばらくしてからだった。
【報告。PM1:35分にモンスターの発生を予告。場所は、この学院。3A教室内と断定】
「なっ!」
俺は慌てて腰を浮かせてしまう。いくらなんでも場所が悪すぎると思ったからだ。
静かな部屋に突然響いたガタガタという音に女教師が驚いて椅子から飛びのく。
「や、やめて! 襲わないで!」
「あ、スイマセン! なんでもないっす」
こんないきなり立ち上がってなんでもないわけないのだが、「それならいいのよ、それなら……」と自分に言い聞かせるみたいに言って座りなおそうとしたところ。
「高木先生、飲み物を買ってきたいので付き合ってもらえないでしょうか?」
式部先輩が立ち上がり先生に無言の圧力をかける。
本来なら今は授業中であり、いい加減な理由で出歩くのはNGなはず。
「わかりました。付き合いましょう」
予想外に――まるでそうするのが当たり前のように二人は部屋から出て行ってしまった。
*
新校舎の方に在る自動販売機の前まで来たところで紫は適当にお茶を購入すると直ぐに来た道を戻り始め――
周りに人が居ないのをじゅうぶん確認してから旧校舎の手前で本題を切り出した。
「高木先生」
「ひゃい!」
女教師は怯えている。少なからず黒狐の異名をもつ彼女の噂を知っているからだ。
「安心してください、貴女にとっても悪い話ではないんですから」
「ほ、本当なので、すよね?」
「あぁ。私の頼みは、ただ一つ。菊池克斗が課題を放棄したからといって止めないで欲しいという一点だけだ」
「え?」
「おそらく彼は放校処分となるだろう。そして貴女もそれを望んでいる」
その通りだった、教師になりたくて就職活動をしていたがなかなか職に恵まれず。
知り合いから紹介された職場に来てみれば、いきなり問題児の監視役を押し付けられた。
昨日だって克斗がこなくて、ほっとしていたくらいである。
「だからもし、彼が課題を放棄し勝手に部屋から飛び出すようなことがあれば迷わず学院長の所に行って報告してほしい」
「――っ」
女教師は息を飲んだ。
昼休み中、あれだけ楽しそうにしていたのにあっさりと切り捨てようとしている紫の非情さに失望すらした。
噂通りだとはいえ、もしかしたら本当は良い子なのかと少なからず思っていしまっていただけに驚きを隠せなかった。
「これで貴女も自由の身。今後は普通の教師として頑張って下さい」
*
お茶を手にした式部先輩と女教師が戻ってくると――
予定通りというか、愛衣先輩に言われた通り、モンスターの発生時間と場所を書いたノートを式部先輩に、「先輩、ここ教えて欲しいんですけど」と言って見せると、やっぱり式部先輩は悪い笑みを浮かべた。すっごく嬉しそうである。
きっとなにか悪いことを考えてるんだろうけど、その可能性の一端を愛衣先輩から教えてもらってるだけに共犯みたいで気分が乗らない。
なんでも3Aの教室には、この学院にけっこうな額を寄付してくれている
つまり、今回の騒動で何かしら式部先輩にとって得るものがあるという事なのだろう。
ここから飛び出す時間も打ち合わせ済み。PM1:25分になったら作戦開始となっている。
なんとなく詐欺師の片棒を担いでる気分だった。
そして予定時刻――
俺は何も言わずに部屋を飛び出すつもりだったが、少しばかり早く式部先輩が、「ついて来い! 克斗!」先陣を切って部屋を飛び出し新校舎の方へ走り始める。
大体の場所は愛衣先輩に教えてもらってるので迷わない自信があったけど、水先案内人が居るのはありがたかった。
って、ゆーか。足早いな式部先輩!
3Aの教室に飛び込むと同時に式部先輩は声を張り上げる!
「鬼畜活動が来たぞ! 犯されたくなかったら皆すぐに逃げろ~‼」
阿鼻叫喚の地獄絵図だった……
教師も含め女生徒もあっという間に教室から居なくなっていた。
それだけじゃない、何事かと出て来た隣の教室の生徒達までもが叫びながら逃げていく声が聞こえる。
「先輩……なんか、しゃくぜんとしないっす」
「なんでだ? 貴様にとってこの上なく理想的な状況を作ってやったではないか?」
「いや、まぁ、たしかにそうなんですけどね……」
これで、俺の悪名はさらに広がることだろう。
まぁ、学院を去る覚悟は既にできてるし。いいっちゃ、いいんだけどさ。
問題は、木刀構えたお姉さんのほうである。
見た目は20代後半くらいで長い黒髪を後ろで束ねている。
俺を睨み付ける目には殺気がこもっていて――はっきり言って怖い!
「私は五石家に仕える者だ! 貴様に名乗る名などない!」
【警告。非正規敵プレイヤーを確認。直ちに逃げる事を推奨】
「まぁ、そうしたいのはやまやまなんだけどさぁ……」
さて、どうしたものかと悩んでいると式部先輩が煽り始めた。
「そうかそうかやはり五石家のものか、ヤツらしいなボディーガード付きでの登校とは臆病もここまで極まるとむしろ褒めたくもなる」
「貴様は黒狐だな⁉」
「これはこれは、我が異名をご存知とは話が早くてありがたい。お手並み拝見してもよろしいかな?」
「ほう。素手でこの私とやると言うのか?」
「まさか。貴女が相手にするのは私達ではなくモンスターだよ」
「はぁ? 貴様なにを言っている!」
「書き込みがあったのだよ。今日ココにこれからモンスターが湧くとな」
「なに⁉」
「貴様がココに居るという事は昨日の一件も知っての事なのであろう?」
「つまり、形はどうであれ皆を逃がすために芝居をうったと?」
「あぁ、その通りだ。そして五石家のものならさぞや強いボディーガードを用意してくれてるであろうから後は貴女に任せればいいと思ってのこと。なにか不満でもあるかね?」
「あぁ! 不満しかない! そんな不確かな情報に踊らされて皆を脅した罪、償ってもらうぞ!」
「そうだな、万が一にでもモンスターが湧かなかったら貴女の好きにすればいい」
【警告。モンスター発生まであと30秒。至急退却して下さい】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます