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 俺の登校時間は他の生徒と会わないために30分遅くしろと言われている。

 つまり、二人の先輩は仲良く遅刻扱いになると思っていたら……実質サボりだった。なぜなら、俺と同じく旧校舎に設けられた特別室に居るからである。

 ここで俺は与えられた課題をひたすらこなすように言われていて、監視役として眼鏡をかけた新任の女教師が居る。

 元々生徒指導室としての役割をしていた部屋だけにそれほど広くはない。

 長机が2台向かい合う形で置かれていて、そこに椅子が6脚。あとは古いアナログ式の時計がある程度である。

 本当は昨日からだったのだが、今日からココが俺の教室になり――

 予定では、ひたすら課題だけをこなして卒業を迎えるというプランらしい。

 先輩方は自習したり教師に代わって俺に勉強を教えてくれたりしてくれている。

 そして、特に何事もなく昼休みをむかえたところで俺は気付いてしまった!


 ――お昼ご飯を持ってきてないことを!


 まぁ、しかたがなかろう。あれだけ幸せいっぱいの登校だったんだから途中でコンビニによることを忘れたからと言って自分を責める気にはなれない。

 ここは素直に諦めようと思ってたところ予想外のサプライズがあった!

 なんと式部先輩が俺の分までお弁当を作ってきてくれていたのだ!

 まさか女の子の手作り弁当を食べれる日が来るとは思わなかった。

 めちゃくちゃ感激しているところにガラガラっとドアを開け幸村が飛び込んできた。


「ひどいよ克斗君! なんで無視するの⁉」


 俺が居なくなったため教室ではただ一人の男子。

 マスコットというか奴隷みたいな役に認定され辛い日々を送っていると言っていた。

 元々、過去のトラウマにより女性恐怖症っぽくなっていたから彼の親は谷底(元女学校)に押し込んだわけだが……。

 見る限り完全に逆効果だろこれ。


「まぁ、そういうな。こっちだって負けねぇくらい、ひっでーめにあってたんだから」

「ホントに! ボクと電話するのイヤになってない?」


 うるんだ瞳での上目使い。背が低めで顔が女の子っぽいだけにたちがわるい。思わず甘やかしてしまいそうになるからだ。


「おい! 今度その目を俺に向けたら女子更衣室にぶちこむぞ!」

「すでに連れ込まれたよ!」

「マジか? なんでキサマだけ幸せ独り占めしてんだよ羨ましい」

「だったら代わってよ!」

「ほー、克斗相手にはずいぶんと強気じゃないかぁ」

「はろはろ~」

「えっ?」

「えっ、はひどいんじゃないかな?」

「全くだな。こんな美人が二人揃ってむかえてやっているというのに」

「ひー!」


 いまさらながらここにも女子が居たことに気付いたらしく幸村はひきつって後ずさる。

 手にはコンビニの袋。おそらくは俺に会いに来ただけでなく昼休みを教室で過ごすのが怖くて逃げてきたといったところだろう。

 しかし俺の右側には愛衣先輩。左側には式部先輩。向かい側には新任の女教師。

 どこに座っても近くに女がいるというつらい状況でしかない。


「まぁ、しかたがないな。ここは古い伝統とやらを実演して見せよう」


 と、言って立ち上がった式部先輩は幸村の方へと歩いていく。


「なななな、僕なんか襲っても何も出ませんよ!」

「安心しろ、ちょっとした暗黒魔法をかけるだけだ」

「え?」


 予想外の言葉に幸村は固まっている。


「なに、するつもりなんですか…あれ?」

「まぁまあ、見てれば分かるって」


 式部先輩は長い黒髪を二つに束ねていた紺色のリボンの片側をほどくと幸村の頭に、半ば無理やり結び付けたのだ。


「よし、これで貴様は私の所有物となった」

「つまり隷属しろってことですか⁉」


 幸村は半泣き状態である。


「確かに本来ではそういった意味もあるにはあるが今回は違う」

「ほ、本当ですか?」

「あぁ、私の所有物に手を出したら許さないと言う意味が込められている」

「え~と、つまりどういう意味なんですか?」

「端的に言うよりも実際にそのままの状態で教室に入ってみれば分かる。もう二度と貴様にちょっかいを出してくる者はいないはずだ」

「ほ、本当ですか⁉」

「あぁ、私の名は式部紫。通称黒狐と呼ばれる大悪人だ。ゆえにその所有物に手を出そうものなら何をされても文句は言えまい」

「え、えと、その、本当に僕は大丈夫なんですか?」

「案ずるな、私は貴様なんぞに全く興味はない。ただせっかくの楽しい昼食の時間を台無しにされたくないだけなのだよ」


 見なくても分かる、より一層ひきつった幸村の顔を見れば式部先輩が悪い笑みを浮かべているのが。

 シュルリともう一方のリボンをほどくと髪を一つに束ねなおしてから式部先輩は俺の横に戻ってきた。

 すると、主人を見つけた子犬みたいに幸村は付いてきて式部先輩の前に座る。

 にこにこしててとっても嬉しそうではあるが残念なことに蝶々結びされたリボンはあまり似合っているとは言えなかった。 


「さてと、では楽しい昼食会の始まりだ。存分に味わってくれ」

「あ、はい!」


 俺は喜んで弁当のふたを開けると……なんというか想像してたカラフルなものではなく。

 煮物とか、佃煮がメインの……ちょっと地味な感じのお弁当だった。


「さぁさぁ、早く食べて感想を聞かせてくれ?」


 式部先輩は相変わらず悪い笑みを浮かべている。

 とりあえず――おそるおそる煮物をつまんで一口……パクリ。

 始めて食べた女の子の手作りお弁当の味はちょっと薄い味付けだった。


「えと、その、まずくはないのですが……」

「美味くもないと?」

「はい……」

「おかしいなぁ、では実験は失敗ということだな、うむ実に残念でならない」

「え? なに? もしかして何かもったんですか⁉」

「あぁ、もったともたっぷりとな。それはもう誠心誠意込めて盛らせてもらった」

「はぁ⁉ ちょっとなに考えてんですか⁉」


 麻里絵みたいな展開はいらねぇんだよ!

 今朝は女神様かとも思ったが、さっきは自分で大悪人とか言ってたし。

 本当に何なんだこの人は⁉


「愛情だよ」

「はぁ⁉ 何が愛情ですか⁉」

「だから誠心誠意愛情をもって作ったと言っているのだよ」

「へ……」

「貴様は偏った食事をしているみたいだったのでな、塩分控えめの食事で体を労わってみたつもりだったのだが、うむ。実に残念でならない。どうやら愛情が最高のスパイスと言うのは嘘だったようだな」


 自然と目から涙が溢れてきた。

 言い回しがいちいち分かりづらくてめんどくさい気がしなくもないが式部先輩は悪い人じゃないって心から思った。

 だってこんなにもお弁当は美味しいのだから。


「そうかそうか、泣くほど美味く感じるか。やはり愛情なんていくら込めたところで口で言わなければ伝わらない不確定要素でしかないということだな」


 実に満足げな笑みをうかべていらっしゃる。


「良かったね克斗君。こんちゃん口も性格も悪いけど料理だけは得意だから」

「はい! 嬉しいっす!」


 いつも売れ残りばっかり食べてた俺には一生忘れられない味になりそうだった。







 昼休みが終わる少し前――

 幸村は一人教室に向かっていた。

 少なからず不安はあるが式部先輩の事を信じて教室のドアを開けると――

 直ぐに近くに居た女子から声をかけられた!


「えっ、ちょっと幸村君! そのリボン誰にもらったの⁉」

「あ、はい。式部先輩に付けてもらいましたけど……」


 その一言で教室の時間は凍り付き――

 少しして悲鳴が轟いた。


「私、何も悪くない、私、何もわるくない、私、何もわるくない……」


 頭を抱えてうずくまる人や、「アハハハハ……」と壊れたみたいに笑う人ばかりになってしまい。

 教師か来てもなかなか収まらなかった。

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