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 可愛いって言ってた。

 可愛いって言われた。

 コレを身に付けた自分が可愛いと――。

 いきなりの不意打ちで平静を装ってごまかすことすら出来なかった。

 いっぱいいっぱいだった。

 嬉しいと感じる心が確かに自分の中に存在している。


「やれやれ、どうやら私も幻想とやらにとりつかれたらしい」


 二人して試着室に入って行くのを見て、ほっとしている自分が紫には受け入れがたいものだった。

 一言で言ったら恋心。

 そんなものが自分に芽生えるとは思ってもみなかったからだ。

 結婚なんて誰とでも出来るし、誰とでもそれなりに上手くやっていく自信はあった。

 いずれは子を産み、良い母を演じ続けるものだと信じ疑ったことすらなかった。

 それなのに、この始末である……。

 否定するつもりはない。

 否定するつもりはないが恥ずかしいのも事実。

 だから、一人で先に精算を済ませ待つことにしたのだった。








 買い物が終わり帰宅すると――。

 まるで計ったかのようなタイミングで紫先輩の携帯が鳴った。

 いつもの悪い笑みではなく苦笑いしながら電話を終える。


「克斗話がある」


 珍しく真剣な表情だった。


「はい、何でしょうか?」


 愛衣先輩は、「じゃぁ私、お茶いれてくるね」と言ってキッチンに行ってしまった。


「貴様の復学が決まった」

「え⁉」

「学院長が代わったからと言うか……あの学院の運営そのものを五石家が取り仕切る事になった」

「その、嬉しいかと言われれば嬉しいんですけど……」

「迷惑だったか?」

「いえ、俺ほかにやらなくちゃいけないことがあるんで」

「分かっている。いずれにしろごたごたが片付いた後の話だと思ってくれ。それとな……」


 これまた珍しく歯切れが悪い。

 いつもずけずけと何でも口走る紫先輩らしくない。


「そんなに言いづらいことっすか?」

「いや、ある意味朗報でもあるんだがな……貴様達サイレントが五石家と共闘関係にならないかという話まで出て来たのだよ」

「ん~。俺は良いっすけど……」

「やはり後の二人は無理だよな?」

「はい。聞くだけ無駄だと思います」

「であろうな」

「ねぇ、こんちゃん。本当に克斗君取られたりしないの?」


 三人分のお茶を用意して戻ってきた愛衣先輩がちょっぴり不吉なことを言っていた。


「え、俺なにかさせられるんですか?」

「いや、大雑把に話すと五石家の駒としてモンスターを狩っているという体裁を取りたいという話だ」

「俺達の足を引っ張らないっていうならいいっすけど……」

「あぁ、それはもちろんだ。克斗から得た情報をもとに警戒態勢を取りその場所に人が入らないようにしてほしいというのがこちらの提案だからな」

「つまり、思いっきり戦えるようにしてくれるってことっすか⁉」

「端的に言ったならそうなる」

「でも、どうせ嫌な条件付きなんでしょ?」

「その通りだ」

「げ……なんすかそれ?」

「できれば3人一緒が理想だったが、克斗一人でも問題はあるまい。直接会って話がしたいそうだ」

「それって、そんなに話しにくいことっすか?」 

「だめだよ克斗君! 油断してたら食べられちゃうんだからね!」

「へ?」

「最悪、飼い殺しにされる可能性があるのだよ」

「飼い殺しってなんすかそれ⁉」

「ようするに、戦力としては欲しいが持っているだけで使うことはない。言わば飾り物扱いされる可能性もあると言うことだ」

「や、ちょっと待ってくださいよ! 俺が抜けたら、後の二人はどうするんですか! 見殺しにでもしろってことっすか⁉」

「そこまでの可能性を持って話し合いに臨めと言うことになるだろうな」


 マジかよ……。

 確かに思う存分戦えるというのならば嬉しいことこの上ない。

 でも、戦えないんじゃそもそも話し合う意味もない。

 かと言って一般人も巻き込みたくはない。今のところケガ人程度だけど死人が出たらそれこそまずいってのも分かる。


「ねぇこんちゃん翠さんとの話は、どうなったの?」

「五石家が本格的に動き出した時点で理由を話してなかったことにしてもらったよ」

「そっかぁ、翠さんでも無理なんだ……」

「翠さんって誰っすか?」

「国家の犬だよ」

「つまり何かやらかした人を取り締まる方ってことですね?」

「まぁ、その解釈でだいたいあってる」

「本来なら同席してもらって一緒に話ができればとも思ったのだが……一対一での話し合いが希望でな」

「ダメだよそんなの! 克斗君なんか軽く丸め込まれちゃうよ!」

「だから、こちらも3人そろえるからって感じのカードを用意したかったのさ」

「それに関しては無理なものは無理としか言いようがないっすね」

「分かっているさ、だが克斗一人で行かせる不安も大きい」

「そうだよ! ころっと騙されて良いように使われるのが目に見えてるもん!」

「まったくにもって私も同感だ」

「俺ってそんなに信用ないんすか⁉」

「相手は私よりも上手なんだぞ?」

「そうだよ! こんちゃん以上の極悪人なんてそうそう居ないんだからね!」

「え? 五石家ってそんなにヤバいんっすか⁉」

「正義に勝る悪はないってことさ」

「そうなんだよ! 正義のためって大義名分があればどんな悪いことしても許されちゃうんだからね!」

「いや、さすがにそれは言い過ぎかと……」

「残念ながら歴史がそれを証明している」

「つまり克斗君は正義の味方じゃなくて五石家の味方になっちゃうかもしれないんだよ!」

「そして、その五石家は国家権力に対して直接物を言える数少ない存在だ」


 なんかごちゃごちゃしてきたけど俺の考え方はシンプルだった。

 ――ノエルと一緒に思いっきり戦いたい。

 ただ、それだけである。


「ちなみに話っていつするんですか?」

「できれば、すぐにでもと言う話だ。ご丁寧なことに外で車が待っているそうだ」

「じゃ、ちょっと行ってくるっす」


 すっかり冷めてしまったお茶を一気に飲み干して出かけようとしたが愛衣先輩に止められた。


「ダメだよ克斗君! 行っちゃダメ‼」

「出かけるなら、忘れずに持っていけ」


 愛衣先輩とは対照的に紫先輩は俺の代わりに持って歩いてくれていたゴルフバッグを差し出してきた。


「ありがとうございます」

「やっぱり、こんちゃんなんだ……」

「よくわかんないっすけど、俺のために動いてくれてたんだなってのは分かりましたから。それとどうせ飼われるなら俺は二人に飼われたいっすから」


 愛先輩は、なおも俺を止めようと必死だったが力で紫先輩に勝てるはずもなくギャーギャーと喚き散らしていた。


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