第3話 婿養子の真意

「ああ、ヒロ。さっきぶりやね。ちょい話があるんやけど」


 時刻は夜の11時を回っていた。

 そんな時にいきなりの電話だから、ビックリした。


「ど、どうしたの?店に忘れ物でもあった?」

 

 婿養子の話を真剣に考えていたから、ぎこちない返事になる。


「いや、そういうんやなくて。これから、そっち行ってええ?」

「ええ!?」


 一体どういうこと?

 望が婿養子の話を持ちかけて来て、僕は考え中。

 なのに、なんでこっちに突撃するという話に?

 まあ、両親は今日は出かけてるから、来るのはいいとして。

 意図がわからない。


「あのな。さっきの話やけど、色々言葉足らずやったから、改めてちゃんとした気持を伝えたいんや」


 つまり、返事を迫りに来る、と?


「それ、明日だと駄目なの?」

「今夜やないと駄目なんや」


 きっぱりとした声。

 彼女は衝動的に行動する事がある。

 こういう時に何を言っても暖簾のれんに腕押し。


「わかったよ。じゃあ、30分後に来て?」


 望の家から僕の家まで10分足らずだ。

 既に家を出る準備をしているとしたら、すぐ来てもおかしくない。

 それ故の30分。


「了解や。やったら、30分後にそっち行くで」

「ああ。待ってるよ」


 その返事を最後に電話は途切れたのだった。


「あと30分で返事を決断しろ、と……」


 ちょっとそれは無茶だろ、と思うけど、仕方ない。

 せめて、告白なら、普通に返事出来たのに。

 異性として魅力的かといえば、間違いなくそうだし。


「ちょっと整理してみよう」


 構図はこうだ。


 望の奴は将来有望らしい僕と一緒にやって行きたい。

 その言質として、婿養子になるという言葉が欲しい。

 で、あいつには僕と結婚する覚悟もある。

 さらに、「まあ、結婚してもいいかな」くらいには思ってくれてる。


「やっぱ、先に告白してくれれば」


 でも、あいつにしてみればそれは無理な相談なんだろう。

 今更、僕を相手に気持ちを偽る事はできないのだと。

 だから、告白抜きでの話になったんだろうし。


 正直なところ、望の事を異性として気になるかと言われればYESだ。

 すぐ付き合いたいって程じゃないけど。

 もし僕を好いてくれているなら、僕も好きだと言えるだろう。

 言ってて、受け身にも程があるな、と思ってしまうけど。

 あいつと居ると友達って気分が先に来るのだから仕方がない。 

 

(あと、20分か)


 制限時間が限られてる間で返事まとめろとかどんな無理ゲーだよ。

 内心で悪態をつく。

 選択肢は単純だ。YESかNOの二択。


 NOだとして、僕たちの関係はどうなるだろうか。 

 あいつの事だから、友達では居てくれるだろう。

 そもそも、要求として無茶振りな事くらい承知だろう。

 きっと、永く友達同士では居られると思う。

 でも、友達以上にはなれない。

 恋愛が結婚に行き着くかはわからないとして。

 生涯をともに出来ません、でも恋人になりましょう、は言いづらい。

 別れが確定しているお付き合いなんて歪にも程がある。


(とすると、僕があいつと付き合いたいかって話になるんだよなあ)


 YESを選んだとしてだ。

 結婚は前提、でも、恋人ではない、というスタートになるだろう。

 でも、その先には改めて振り向いてくれる可能性はきっとある。

 (あいつと恋人……)

 その図を思い浮かべてみると……割とありな気がして来た。

 今まで遊びに行ったのと違う、もう少し桃色な絵図。

 もちろん、それには僕の努力が必須。

 でも、情にほだされるという言葉だってある。

 見ず知らずの奴と距離を縮めるよりは遥かに容易。

 うん。全然有りだ。

 我ながらなんとも打算的だと思うけど、仕方ない。

 あいつだって、打算づくで迫って来たんだから。


(よーし、どんと来い、だ)


 残り時間は5分。腹は決まった。

 ただ……頷くだけなのも負けた気がして癪だな。

 あいつの心をぐらっとさせる言葉の一つや二つ考えたい。

 しかし、だ。「結構好き」とか言うつもりか、僕よ?

 それはとても興ざめする言葉じゃないだろうか。

 でも、大好きというのは抵抗あるんだよなあ。

 なんか嘘ついてるみたいだし。

 いや、でも、嘘が真になるという言葉だってある。

 僕だって付き合えばぞっこんになるのではという気持ちもある。

 ああ、もう。ほんとどういえばいいんだろ。


ぴーんぽーん。


 インターフォンの音が鳴る。悩んでいる内にタイムリミットだ。

 ええい、なるようになれ、だ。


「お邪魔しまーす」

「ほんとにな」

 この挨拶にマジレスを返したくなったのは初めてだ。


「いや、夜中に急に悪いとは思うてるんよ」

「だったらいいけど」

 さすがに非常識極まる事はわかっているらしい。

 それでも衝動を押さえきれないのが望だ。


「それで、返事だったっけ?」

 リビングのソファーに二人して座る。

 正直、もう開き直っていた。

 おっけーで、望の事は結構好きだとぶっちゃけちゃおう。


「それなんやけど。さっきの婿養子の話……まず、取り消させてくれへん?」

 真剣な声色で頭を下げられてしまう。


「へ?」

 予想外の言葉だった。取り消しって……。


「まさか、冗談で言ったのか?かなり真剣に考えたんだけど」

「ちょう、抑えて、抑えて。別に冗談やなかったんよ。それは本当」

「じゃあ、どういう意味なのさ」

 冗談でもないのに取り消させて欲しいというのは意味がわからない。


「ヒロの流儀にならって、結論から言うな。私はヒロの事が好きなんよ!」

 少し大きめの声できっぱりと宣言される。


「え?それは、本当に?」

「ヒロやったら、冗談やないのわかるやろ」

「それはわかるけど。ええと……」

 望が好き?僕の事を?

 とても嬉しいことなんだけど、突然過ぎて気持ちが受け止めきれていない。


「ヒロの言いたいことはわかるよ。なんで婿養子云々が出てきたんやってとこやろ」

「そ、そう。それそれ」

 告白のはずがなんで婿養子の話になったのか理解出来ない。


「全部私の自業自得なんやけどな。ヒロに振られるのが怖かったんよ。要は」

 少し伏し目がちに、ぽつりと事情を語る望。


「つまり、結婚の話なら告白じゃないから、セーフ、と?」

 相手が望だから、どういう方向で暴走したのか想像出来る。


「そ、そゆことや。もし、その気がありそうなら、告白しても大丈夫……やろ、と」

 どんどん声が小さくなっていくのがわかる。

 うん。わかる、わかるよ。他の人ならわからないかもしれないけど。

 変に臆病なところのあるこいつだ。そういう発想の飛躍はあり得る。


「アホ、やろ?」

 落ち込んだ様子で、おずおずと言ってくる。


「アホだね」

「ちょ!そこは、そんなことないよ、って慰めてくれるとこちゃうん?」

「だって、アホとしか言いようがないよ。相手が僕じゃなかったら、こじれてるよ」

「そりゃ、相手がヒロやからよ!」

 はあはあと荒い息を吐く望だけど、告白の現場には似つかわしくない。

 

「ちなみに、どこを好きになったの?」

「そのよう回る口とか。理屈っぽいところとか。ツッコミがうまいところとか」

「全然褒められてる気がしないんだけど」

「半分冗談な。一緒で楽しいし、なんやかんや親身になってくれるとことかやな」

「売上管理システムとかのこと?」

「それもあるけど、色々悩み相談乗ってもらったやん」

「時々あったかもだけど」

 にしても、そこまでだろうかという思いがある。


「で、勇気振り絞って告白したんやから、返事欲しいんやけど?」

 威風堂々とした佇まいで、返事を迫ってくる。

 こういうところでしゅんとしてくれれば、もっとグッとくるのに。

 なんて言葉は飲み込む。

 でも、「割と好き」は撤回かな。


「じゃあ、僕も結論から。好きだよ、望」

 好いてくれてこんなに嬉しい気持ちになるのだ。

 「割と好き」はちょっと違う気がした。


「そ、その。えーと、本気、なんやよね?」

「本気だよ」

「~~~~」

 その瞬間、本当に珍しいことに、望は頬を赤らめていた。

 瞳もなんだか潤んでいるし、なんていうか……男心にグサっと来る。

 でも、ようやく腑に落ちた。こいつは僕の事を好きなんだって。


「でも、ヒロだけ、妙に平然としてるのがムカつくんやけど」

「と言われても……」

 ややこしい事をされたので、別の意味でドキドキだったのだ。 

 その状態でときめける程、僕の心のキャパは広くない。


「それやったら……」

 両手で僕の顔を掴んで寄せて……ちゅ、と音がした。

 唇には冷たい感触。

 さらに、何やら柔らかい感触が唇の中を這い回る……って。


「ぷはっ」

 とっさに離れて、ぜいぜいと呼吸をする。

 キスをされた。それに、舌まで。


「ちょ。いきなりキスとか。それに、舌まで……」

 心臓の鼓動がどんどん早くなって行く。

 それに、顔も熱い。


「ど、どや?これで、ヒロもドキドキした、やろ?」

 顔を見ると、真っ赤。さっきと比べ物にならない。


「そりゃ、ドキドキしたよ。認める。でも、自爆攻撃だろ」

「せっかく恋人同士になれたっちゅうのに、平然とされてるのが嫌やったの!」

「ま、まあ。それは僕も悪かったよ。ごめん」

 確かに、こんな気持ちになっているのに、相手だけ平然としてたら嫌だよな。

 理屈っぽい僕でも、それくらいはわかる。

 あ、そうだ。これは言っておかないと。


「ところで、婿養子のことなんだけど」

「そ、それは撤回ってことになったやろ?」

「いや、まあそうなんだけど。僕はOKだよ」

「え?」

「だから、OKだよって」

「ええ!?」

「それくらいには真剣に考えてたってこと。それだけ、言っておきたかったんだ」

 さっきまでの気持ちは塗りつぶされてしまったけど。

 それでも、覚悟は決めてたのだと、それだけは言っておきたかった。


「そ、その。ちゅうことは、結婚を前提のお付き合いで?」

 照れくさそうに、でも、とても嬉しそうに聞いてくる。

 とても、可愛い。恋人だから、そう思えるんだろうか。


「そのつもりだよ」

 「割と好き」と言うつもりだったことは黙っておこう。

 今更無粋にも程があるし、早速、仲が壊れかねない。


「そ、そかそか。それやったら、夫婦で一緒の店をとか……」

「ああ、うん。まだ先のことだけどね」

 どうも何やら空想の世界にトリップしている模様。


(でも、一緒の店か)

 少しの間、そんな未来を描いて、いいかもしれない、と思ったのだった。 

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気になっている幼馴染が求婚してきたんだけど、彼女は気が短い 久野真一 @kuno1234

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