第2話 彼に婿養子に来て欲しいとお願いしてみた件

「婿養子ーーーー!?」


 夜の店内に、ヒロの声が響き渡る。

 さすがに、びっくりする、か。


「冗談、だよね?」

「さっき本気やって言うたんやけど?」

「……じゃあ、なんで婿養子?」

 ヒロは何がなんだかわからないという顔だ。

 というか、私自身本来は言うつもりは無かった話だ。


「おとんの店、いずれ私が後を継ぐわけやん?まだ先やけど」

「だね」

「そうなった時に私だけやと自信ないっちゅうかな」

「君の腕なら大丈夫だと思うけどね」

「過大評価やって。で、ヒロはこの店の事よーわかっとるし、ITにも聡いし……」

 なんだかもっともらしい理由を挙げる私に少し自己嫌悪だ。

 ただ好きなだけなのに、こうして回りくどい方法を取っている。


「それに、金勘定の問題やって、ヒロは既にある程度出来るやろ?」

「習えば誰だって出来るよ」

 謙遜もここまで来ると少し嫌味じゃないかと思えてくる。

 彼は昔から、自分の才能に驕らない。それだけならいいんだけど、

 当たり前に出来るよね、と言わんばかりの物言いはどうかと思う。


「高校生でヒロ程、出来る人はそうそうおらへんよ」

 少し嫌味の意味を込めて、視線を送ってみる。


「ま、まあいいや。婿養子っていうか、要は勧誘?ベンガルで働かないかっていう」

 いつの間にやら冷静さを取り戻したヒロ。

 そして、私の言い分の穴を容赦なくついて来た。彼は素で言ってるんだろうけど。


「そ、そんなんやなくて。ヒロに経営上のパートナーになって欲しいんや!」

 私は何を言ってるんだろう。

 一周回って、バカなのではないかと自分を罵倒したくなる。


「でも、婿養子って事は、君の家に入って養子縁組をするってのも込みだよね?」

「そ、そうやよ。何かおかしいんか?」

「僕は望と結婚することになるんだけど。す、好き、ってことでいいの?」

 さすがにヒロも少し動揺しているらしい。

 ああ、そうだ。その展開は予想してしかるべきだった。

 もうここで好きだと告げてしまおうか。

 さっきまでのは全部取り繕うための言い訳だと白状して。

 でも、「友達だけど、それ以上は……」て言われたらどうしよう。

 今まで色気のあるムードになったことがない私達だし、あり得る。


「ま、まあ。ヒロの事は親友やと思うとるよ」

「……」

「やから、その。お、お見合い結婚みたいなノリで。そ、そんな感じで」

 ああ、どんどんドツボにはまっていく。

 言い訳に言い訳を重ねたせいで、どんどん妙なことになっていく。

 ヒロが理詰めの性格だというのをすっかり忘れてた自分が良くない。

 

「ちゅーわけで、ど、どうや?あ、もちろん、ずっと先の話やからな!」

 もう自分が何を言っているのかわからない。


「あ、ああ」

 さすがにヒロも困惑気味だ。きっと、何言ってるんだ……と呆れてるだろう。

 今からでも撤回して、ちゃんと本音を話して……と思っていると。


「わかった。ちょっと真剣に考えてみる」

 「え?」と言いそうになるのをこらえる。

 真剣に考えられてしまうの?結婚を?今の段階で?

 予想外過ぎる展開だ。

 もし、仮にYESだったとして、その意図はなんなんだろう。

 「恋愛感情はないけど、望なら仲良くやっていけそうだし」

 とかそんなノリ?

 あるいは、もしNOだったとして。

 「好きだけど、さすがに婿養子は……」

 とかそんなノリ?

 色々な意味で不適切過ぎる誘い……というか、試し方だった。

 でも、真剣に考えると言われた手前、撤回は出来ない。


「あ、ああ。ゆっくりでええよ、ゆっくりで」

 私はそう返事をするのが精一杯だった。


◆◆◆◆


「はあ……。私、何やっとるんやろ」


 「ベンガル」本店から徒歩5分のところにある2LDKの我が家。

 そのリビングで私は沈み込んでいた。


 元々は、彼の気持ちを確かめたいだけだった。

 もちろん、彼との付き合いは浅くない。

 おとんの店を、私を友人として好ましく思ってくれているのは疑いない。

 でも、私と彼が二人きりになっても、なかなかいいムードになる事がない。

 変に昔から付き合いがあるから、普通の雑談になってしまうのだ。

 

 そんな状態でいきなり告白するのは怖かった。

 だから、遠回しに気持ちを探るつもりだったのに、こんなことになるとは。


 物思いに浸っていると、がちゃんと扉の音がした。


「ああ、おとん。おかえりー。また、いつもの、仕入れ先とのお付き合い?」

「店をいつも贔屓にしてもらってるからね。まあ、これも仕事の一環だよ」


 標準語でおとんはそう言う。

 「なんで、大阪弁使わへんの?」と以前聞いたことがあるのだけど。

 取引先だと、大阪弁嫌がる人がいるからね。癖みたいなものだよ、とのことだ。

 夜遅いというのに、疲れを見せないのだから、おとんは大したものだと思う。

 それに、幼い頃に亡くなった母に代わって、男手一つで私を育ててくれた。


「それより、のぞみは元気がないみたいだけど、どうしたんだい?」

「まあ、ちょっとヒロとのことで色々あってなー」

「ひょっとして、宏樹ひろき君に、振られでもしたかい?」

 おとんが少し心配そうな顔になる。

 振られたなら、それはそれではっきりしたかもしれない。 


「振られたっちゅうか、逆に真剣に検討されてしまったっちゅうかな……」

 おとんと彼も付き合いは浅くない。

 変に誤魔化しても意味がないだろう。

 勝手に婿養子の話をしてしまったことも含めて、洗いざらい白状した。


「それはまた。望も素直じゃないねえ」

「どうせ私は素直じゃない娘ですよー」

 私とてわかっているのだ。

 本来なら、率直に気持ちを告げればいいのだと。

 あるいは、その前に、ばっちりおめかししてデートに誘うとか。

 もうちょっとやりようはあっただろう。


「彼が本当に婿養子に来てくれるなら、願ったりかなったりだけどね」

「私の気持ちはおいといて、それはそうやね」

 おとんは今年で55歳だ。まだまだ元気だけど、10年後どうかはわからない。

 店に愛着もあるから、出来れば私に店を継いでもらいたいと言っている。

 しかし、今や店は4店舗もある。

 私一人に任せるのは、という気持ちもあるだろう。

 付き合いが深く、頼りがいのある彼に、と思うのも自然な話だ。


「とりあえず、私の自業自得やから。返事待ちするしかないんよ」

「宏樹君も、そういうのを本気で検討しちゃうところがあるからねえ」

 父娘で揃ってため息をつく。


◆◆◆◆


 彼、目黒宏樹めぐろひろきと私が出会ったのは小学校4年生の頃だった。

 おとんが好きだった私は、土日は店の隅にちょこんと座っている事が多かった。

 店には、気のいい常連さんが多く、話をするのがいつも楽しみだった。

 そんなだから、やけにトークがうまくなってしまったのかもしれない。


 と、それはおいといて、ある日やって来たのが、同年代の彼だった。

 脇には、彼の両親らしき人も居た。

 

「あ、先週転校して来た目黒やん。どうしたん?」

 持ち前の物怖じのしなさで、彼に話しかけたのがきっかけだった。


「あ、うん。近所においしいカレー屋があるって聞いたからさ」

 初めて話した印象は、少し暗い子だなというものだった。

 東京から転校して来たばっかりだというのがあったのかもしれない。

 それを聞いた私はといえば。


「それやったら、うちの店のカレー食べたら驚くで?」

 そう、自慢げに言ったのだった。

 初めて店のカレーを食べたお客さんはだいたい驚くのだ。


「ああ。じゃあ、よく味わって食べるよ」

 やっぱり落ち着かない様子の彼。


 しばらくして、チキンカレーを食べる様子を眺めていると、

 最初は仏頂面だった顔がどんどん笑顔になっていくのがわかった。


「凄くほっとする。それに、お腹がすっきりするみたいな……」

 食べ終えた彼は、そんな感想を漏らしていた。

 油を使わないので、お腹にもたれない。

 そして、スパイスが心を落ち着ける。

 店のカレーはそんな事が売りだったので、我が意を得たりという気分だった。 

 

「どうや?うちの店のカレーは大したもんやろ?」

 私が作ったわけでもないのに、偉そうだったと思う。

 でも、まるで私が褒められたみたいで嬉しかった。


「ああ。こんなカレー初めて食べたよ。ありがとう。えーと……」

 何やら言いよどんだ様子の彼。

 ああ、名前が出てこないんだなと瞬時に察して、こう言ったのだった。


守口望もりぐちのぞみ。望でええよ」

 同年代のお客さんが初めてだったのもあって、少し気分が良かった。

 だから、そう自己紹介して握手を交わしたのだった。


 最初は、ちょっと暗いな、なんて失礼なことを思っていた私だけど。

 打ち解けてみると、堅いところもあるけど、気の良い男子だとすぐにわかった。

 それに、彼は口が上手い上に、当時の私にとって未知の代物だったパソコンを自在に操れるとあって、またたく間にクラスの人気者になったのだった。

 当時の私は、自分への人気が奪われたようで悔しかったっけ。

 彼は自分の能力を鼻にかけなかったから、空回りもいいところだったのだけど。


 そして、私は、同年代の子どもとの雑談にどこか退屈さを抱いていた。

 でも、彼と話している時間はとても楽しかった。ただそれだけの始まり。


 思えば、おしゃべりするのが好きな仲、というのが良くなかったのかもしれない。中学高校と彼を意識するようになって、二人きりで遊びに誘っても、いいムードにならず、不思議といつもの雑談に終始してしまうのだ。


 それに、彼は彼で人の気持ちに少し疎いところがあった。女子が男子を二人きりで何度も遊びに誘うとか、もうちょっと気づいても良さそうなものだけど、「友達同士だから」とか思ってそうな節もあった。


◇◇◇◇


「あー、もう。今からでも、ヒロの家に突撃したろかな……」


 お風呂の中で、そんな物騒な考えが湧いてくる。

 今更、返事待ちの時間が色々な意味で苦しく思えてきたのだ。

 月曜日には返事をくれるとしても、明日一日は待たないといけない。

 それに、YESだとしても、ヒロの事だから、割り切った結果かもしれない。

 それこそ、お見合い結婚的な意味で。

 なら、ちゃんと告白した方がいいんじゃないか?


「よし。もう突撃したる……!」


 確か、今夜はヒロのご両親は居なかったはず。

 夜の11時を回ってとか迷惑極まりないけど、気持ちは押さえられない。

 お風呂を上がって、素早く身支度を整えることにしたのだった。


(よし。今度こそ、ちゃんと告白したるでー)


 そう心に決めて、彼の家に電話をかける。


「ああ、ヒロ。さっきぶりやね。ちょい話があるんやけど」


 逸る気持ちで発した第一声はそんなものだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る