望んだ世界
「まっ、なんとかなるっしょ。なぜなら、僕ちん天才だし」
しーんと静まり返った講堂で、登場人物たちは耳を澄ませていた。一言一句、聞き逃さない、そんな意思の表れだった。
「ごほん」と、わざとらしく魔王が咳払いをする。「まあなんだ、とにかくこれで、我々の世界は、消滅の危機を免れたわけである」
「いえーい」
勇也がダブルピースをしている。そのそばで、「作家勇也の将来が心配です」なんて雪の妖精さんがつぶやくと、魔王が小さく、首を縦に振った。
「でもよかったね! これで、ヘレンがいったみたいに、なんでもない毎日を思う存分すごすことができるよ!」
炎の妖精さんのその言葉は、みんなを笑顔にした。
誰にも読まれなくていい。
小説の登場人物としてこの世に生まれ、のんびり自由に過ごせたら、それで、いい。むしろ、これ以上にしあわせなことなど、あろうものか。
そう、思ってたのに。
現実は、そう甘くはなかった。
作家勇也は、吹っ切れたらしく、疾風迅雷の運筆で、宅配便なんちゃらを書き上げてしまった。彼は、自分が天才であると信じ込むことにより、その能力を飛躍的に向上させたらしく、その後の展開はまあまあ読めるようになり、日進月歩、作家勇也は推敲を始め、かの作品の改稿が進むと、めでたく、ふたりの妖精さんは炎専属、あるいは氷専属となったわけで、喜びも束の間、メインキャラ達は、ことごとく、多忙を極めた。
読者が、増えたのである。
読まれている時、キャラクター達は自由に動けない。
まるで、ゲームの登場人物のように、決まった台詞を決まったタイミングで喋り、たとえよけられそうだと思っても、ちゃんと相手の攻撃をくらって瀕死になり、死ぬキャラがあれば、もうなんとも思わない死別を何度も何度も繰り返し、その数、ついに1万に達すると、魔王といえども、頭を抱えるしかなった。
「なぜ、こうも休みがないのだ」
「ほんと、過重労働で鬱になりそうなんだけど」
「わたし、つかれました」
「あたしも」
人気急上昇で、一度完結したはずの宅配便は、再び連載がスタートした。
魔王と、勇也と、ふたりの妖精さんは、悲鳴を上げた。連載を終わらせてやる、そんな意気込みで臨んでも、読者は減らない。むしろ増える。なぜだ。
連載を続けることで、もっともっと読者が増えた。
調子に乗った作家勇也は、作品を、複数の小説投稿サイトに転載し始め、読者は右肩上がり、それはそれは、万々歳であるのだが。
「消滅したほうが、よかったのかもしれない」
「わたし、死にたくなってきました」
「僕も」
とある豚は、あっちの世界とこっちの世界を、日に何千回も往復した。文字通り、会社と自宅を往復するだけの生活です、分刻みでね。賭博場の支配人は、愚痴をこぼす暇すらなかった。
消えてしまったキャラクター達も帰ってきた。作家勇也が再アップロードしたのである。
いつもの講堂で、探偵の柴犬が、わん、と吠えた。助手が明るく、みなに声を掛けた。感動の再会、であるはずのなのに、反応は鈍い。
洞察力に優れた探偵は、異様な雰囲気にすぐに気付いた。
キャラクターさん達の目が、死んでいる。
再び登場した探偵達を憐れみ、誰かが、こう問いかけた。
「しあわせって、何だろうな」
作者の知らない世界 朝山力一 @mazenta
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