第20話
【レルフィード視点】
キリが私にお願いがあると言うので、少し心を浮き立たせながら何かと尋ねると、
「白ちゃん以外のスライムさんや、別の人外の魔族さんに会いたいんです!」
と言う。
…………いや、私だって何も抱擁の練習とか、ちゅ、ちゅーの練習をしましょう、などとキリが言うとは思ってはいなかった。
キリが練習したいのではなく私が練習したい訳で、きっと私が言わない限り実現などしない。
いや、実現するかすら難しい。
もし言われた場合には断るつもりは毛頭なかったが、まあないだろう。
それに、実際にスマートに出来たかというとまた別問題だ。無様な姿を晒す事になるよりは良かった筈なのだが、そこはかとなくガッカリしている自分がいる。
練習……そう、誰でも練習しないと上達しないのである。練習台になってくれるとキリが言ったじゃないか。少し期待してしまったのは仕方がないのだ。
手を繋ぐというのも、キリが相手なら自然に出来るようになった。緊張はするのだが、だから止めたいという事もない。これも練習の成果であると思って良いだろう。
キリの手はふわふわでふにふにで温かい。焼き立てのパンのようである。握っているとつぶしてしまいそうで恐ろしかったが、「人間そんなやわじゃないですよ」とキリが笑ったので、少し重たい本を持つぐらいの力は入れられるようになった。
何しろ女性に触れるのも母親以外は初めてである。
力の加減がよく分からない。
まあそれはそれとして、何故スライムや他の人外の魔物が見たいのだろうか。
「え?だって、すごいじゃないですか?1割も居ないレアな人たち……人たちって言い方はおかしいな、レアな魔族でしょう?
白ちゃんだって、お給料が出る訳でもないのに、よく働いてくれるしお掃除も丁寧ですし、立派なスライムでしょう?
意思の疎通も伸び縮みで結構出来るようになりましたから、他の色の子ともコミュニケーション取れるかもと言う野望がですね……あと、本で読んだのですが、踊るお花さんが居らっしゃるとか」
「ん?ああ、カクタスダンサーのことか。公園にもいるぞ。花と言うか、頭に花がついてるのもいるがトゲトゲした葉のついた草みたいな感じだぞ?
それに、踊るというより、土を柔らかくするために踏んでるんだ」
山の上にある国なので、気候からなのか地盤も硬めで、なかなか平地の作物や植物が育ちにくいので、カクタスダンサーが自然と畑の土を耕してくれたり、草花が育ちやすいように公園などで働いてくれるようになったのだ。
「まあ!踊るサボテンさんですか…………素敵……」
キリの顔がぱあぁっ、と輝いた。
何が素敵なんだろうか。彼女の感覚は少し魔族の女性と興味を持つところが違うらしい。
別に面白いものでもないと思うが、是非会いたいと言うので近くの公園にキリを連れていった。
ちょうど花壇のところにいたカクタスダンサーが、10人ばかりでトッテトッテと土を踏んでならしているところだった。
身長50センチもない彼らだが、土魔法も操れるため、足から魔法を流し込み、より耕しやすく、種を植えやすくするのである。
集団をまとめているリーダーが私を認めてペコリと頭を下げた。魔族では魔力量が多い者はすぐ分かるので、私は善かれ悪しかれ目立ってしまう。
未だに私の魔力を超える者はいないせいで魔王の位置から降りられないが、さっさと引退して読書三昧といきたいものである。
そして人外と呼ばれる人型でないものの多くは、発声器官を持っていない種が多いため、会話は主に念話である。
《魔王様、公園に来るなんて珍しいですね。どうされたんですか?》
カクタスダンサーのリーダーが私の方までやってきて尋ねた。
《いや、人間の友人が君らに会いたいと言うので連れてきた。仕事をしているところが見たいそうだ》
《…………この、何だか目がキラキラしてるお嬢さんですかい?》
キリには念話が出来ないため、何を話しているのか分からないだろうが、公園に入って彼らを見た瞬間からずっと「すごい」「可愛い」「サボテ●ダーみたい……」などと呟いていて、今も嬉しそうに微笑みながらリーダーを見ている。
……ほんの少し苛立つが、キリは元々小さな生き物が好きだから仕方がない。シロちゃんと呼んでいるスライムもしかりだ。私は187、8センチぐらいあるから、キリが目をキラキラさせて見てくれないのはしょうがないのだ。
《いや、別に面白いもんでもないと思いますがねえ。見るのは構いませんけど》
「キリ、見るのは構わないと言っている」
「本当ですか?ありがとうございます!宜しくお願いしますね、邪魔にならないようにしますので」
キリはしゃがみこんでリーダーに手を差し出した。
リーダーは身体のトゲトゲをふにゃりと柔らかくしてキリと握手をした。
《じゃ、すみませんが仕事の途中なんで失礼しますよ》
私にまたお辞儀をすると、仲間のところへ戻っていった。
私とキリは近くのベンチに座る。
公園を歩く魔族は、カクタスダンサーが踊るのなどもう見慣れた光景なので足を止める人もいない。
カクタスダンサーたちは、輪になって花壇のまだ花が植えられていないところでトッテトッテとリズムよく踊り出す。念話では、小さな声で歌っている。
《掘って♪掘って♪掘って♪掘って♪
埋めて♪埋めて♪埋めて♪埋める♪》
キリは踊りを熱心に見ながら、私を見つめて、
「女性ですかね?男性ですかね?」
と質問してきた。
「みんな男だな。恐らくさっき握手をしたのが一番上だ。
300歳は超えてると以前聞いたが、彼らは年齢が分かりにくいからな。多分100歳は楽に超えているのばかりだろうな」
「………大丈夫なんですか?!そんなご年配にあんな激しい踊りを……あー、そうだった、長生きなんですもんね。まだ中年にもなってない感じでしょうか?」
「だろうな。年の取り方は種族それぞれで違うがまあ人間で言うと20~30歳辺りだろうか。それに、キリは念話が出来ないから分からないだろうが、見ている人がいるから張り切っている。歌も結構でかくてうるさい」
「歌?どんな歌ですか?」
私はキリに口ずさんだ。
「主にこれの繰り返しだ」
「悔しい……聴けないのが残念です」
キリは、自分でも歌い出した。
「掘って♪掘って♪掘って♪掘って♪
埋めて♪埋めて♪埋めて♪埋める♪」
カクタスダンサーたちが、おお?!という顔で振り返り、踊りながらトゲトゲの手で拍手をした。
「私は魔力がないので皆さんの歌が聴こえないですけど、リズムとかは合ってますか?」
キリがリーダーたちに向かって話しかけると、コクコクと頷きまたステップをトッテ、トッテと踏み出した。
キリも歌いながら笑顔で手拍子を取っている。
《あのお姉さんはいい人だね!》
《人間なのに僕らを怖がらないね!》
《流石に魔王様のご友人だね!》
若いカクタスたちが踊りながら嬉しそうに喋っていたが、私の心の中では『まだ、友人だ』と何故か言い訳をしていた。
だが、キリはいずれは元の世界に戻る人間で、そちらには家族や友人もいれば仕事もあるのだ。
仄かな想いは捨てないと後で辛くなる。
そう私は冷静に判断していたつもりだったが、最初の目的の【人と緊張せずに話が出来るようになりたい】というのは、とっくに【キリと一緒に過ごして話がしたい】に変わってしまっていて、私にはもうどうすることも出来なくなっていた。
だが、諦めなくてはならない。
私は楽しそうにしているキリを眺めて心癒されながらも、深い溜め息をついていた。
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