第21話 家より先に風呂(二)


 左官作業は一旦ここで区切り、またモルタル類が固まるまで手出しできない。

 自分は浴場を囲う東屋を作るための準備に入る、屋根の形状はなんのひねりもなく切妻にする。

 アジトには少し前にネットで注文していた材木が運び込まれて、ブルーシートを掛けて積まれている。

 主に使用するのは3寸角のヒノキ材、アウトレット材で割安のはずだったが、モノがモノだけに送料が高く付いた。

 そしてネットオークションで落札した工作機械も数点、角ノミ、大入れルーター、ホゾキリ等。

 まず使用するのは角ノミ、木工で使用する卓上のもあるが、建築で使用するものは材木の上にクランプで固定し電源入れてレバーを回すと一寸角の正方形の穴が開くという代物、そのまま前後にスライドできるので長方形のほぞ穴も掘れる。

 基本はドリルで周囲に四角い刃がついている、穴を開けつつ角は押し切るといった感じ、ノミでの仕上げは必要だが圧倒的に早く正確に掘れる。

 こういった工作機械は中古品が安く買える、最近はプレカットといって工場で加工済みの材木を現場で組むだけというケースが多く、大工が自分で刻むことが激減し不要になった機材が流れるらしい。

 電源に3相の200ボルトを必要とするものもあったが、アジトには温泉ポンプの関係で最初から引き込まれているためなんとかなった。

 材木を1本練習用にして、角のみをはじめ工作機械類の試運転と練習と調整をする。

 大入れルーターはアリの形と大入れという材を大きく噛み合わせるための浅い穴が掘れる。

 アリは蟻の頭のような逆三角形型のホゾのことで、もちろん真っ直ぐには刺さらないため上からはめ込む、継ぎ手といって二本の材木を長く継ぐ場合や仕口といって材を直交させる場合の両方でよく使用される。

 ホゾキリは名前の通り材木にホゾのオス型を加工する機械、丸ノコの歯が4枚付いていてレバーを操作すると上下左右から材木の先端部分を凸状に加工する。

 これも追加の加工が必要なのだが、正確かつスピーディーにホゾが量産できる。

 前者2つは重いけれど普通に持ち運ぶ事ができるが、ホゾキリは重く大きく完全な据え置き用。

 元々ついていた歯は錆びついていたので4枚とも新品に交換した、あとは注油程度で使えそうだ。


 いよいよ本番、土台と桁と梁になる材木に加工のための印つけ、墨付けをする。

 使用するのは古式ゆかしき墨壺と墨さし、鉛筆でもいいし墨壺も現代風のがあるのだがこのへんは雰囲気。

 木は乾燥すると縮んだり反ったりするため材木の太さや形状は一定ではなく、端から何センチといった測り方では狂いが大きい。ではどうするかというと、材木の中央に基準となる線を墨壺でパシーンと最初に入れ、それを基準に測り墨付けをしていく。

 材木自体に狂いがあっても、この基準線は図面通りになっているということ。

 今回は使わなかったが、カーペンターゲージ(定規)という、ホゾ穴やらアリやらを手っ取り早く墨付けできる便利ツールもある。

 作業は墨付けから刻み加工に入り、土台と柱と桁、小屋組みで二十数本の加工が終わった。

 試行錯誤と失敗の繰り返しで2週間くらいかかった、時間の方はいいが余裕を持って購入していたはずの材料をどんどんロスしていき、少し焦る。

 丸ごとが水回りとなるため、部材には防腐効果のある塗料で念入りに塗装しておく。

 風呂なので骨組みがそのまま見えるので、油性のコテコテしたものでなく柿渋にした。

 柿渋は精製されたほぼ無臭のものもあるが、一斗缶で買ったこれはウンコみたいな臭い。


 必要な部材の加工が終わり、いよいよ棟上げとか建前とか上棟式という工程、一種の儀式。

 人海戦術で一気に建物の骨組みを仕上げ屋根まで張ってしまう、ここまで終わらせると後の工程を雨の多い日本でも極力濡らさずにすすめることができる。

 小屋程度で大げさなので儀礼的な部分は省いたが、藪さんにヘルプはお願いした。

 コンクリの基礎の立ち上がり部に基礎パッキンという樹脂製のスペーサーを置きアンカーボルトに土台を通して締める。

 周囲にはには単管パイプと板で足場を組む、この単管は基礎をつくるときにも使用したが、元々は藪さんのD型倉庫に転がっていたもので、金具類を買い足し使わせてもらっている。

 全面囲むには足りないので、L字に組んで必要に応じて移動させ、脚立足場も併用。

 柱を土台の角にくるホゾ穴に差し込んで立てる、糸に錘のついた下げ振りというので垂直を見て、細長い板で柱と土台を釘で仮止めして固定する、反対側の角も同様に。

 中間の柱も立ててから軒桁を上げて全てのホゾを挿して掛け矢で叩いてきっちりはめる。

 これで壁の骨組みができた格好、同じことを反対側でも行う。

 通常の在来工法だと次に軒桁の間を梁を渡して束を立て棟木、母屋、垂木と屋根の形ができていくのだが、何を血迷ったのかトラス式にしてしまった、理由はなんとなく格好良かったから。

 屋根の部分の構造を小屋組みといい、屋根の骨組みになるトラスとは中に筋交いの入った三角形の枠みたいなもの、洋小屋ともいう。

 今回は予め出来上がったトラスを持ち上げてはめ込む、トラス3つ作るのに1週間かかった。

 そして大きく重いので一人の力では持ち上げられない、これも藪さんから借りっぱなしのユンボの力を借りてなんとか上げた。

 さんざんの苦労の上、トラスをセットして棟木と母屋を取り付けると屋根の形もわかり家っぽくなってきた、家じゃないけど。

 風呂用の小屋なので断熱とかはいらないため、屋根を張って壁をしつらえれば概ね完成、終りが見えてきた。

 この程度の家とも呼べない建築物ではあるが、次に自分の小屋を建てる時の予行演習になったか。

 ここで、上によじ登って棟上げお約束の餅まき、お菓子とかの場合もあるらしい。

 今回まいたのは餅ではなく、大袋で買ってきたササミジャーキー、クロマルとキングが争って走り回り拾い食い。

 あれ、一匹多いな白いのが、いつの間にか有馬牧場のシロらしいのが混ざっていた。

 犬たちの狂乱の宴を眼下に眺めていると、地味な小型車が敷地に入ってくるのが見えた。


 予期せぬ乱入者、クルマから降りてきたのは作業服の上着にネクタイの男性とスーツ姿の女性。

「役場の納税課のものなんですけど、固定資産のことでお話が……」

 藪さん何か役場とマズいことがあるのか、シューッとどこかへ消えてしまった。

 悪いことはできない、いや脱税するつもりなんて毛頭なかったが、こんな人のこない森の奥でなぜバレた。

 その辺は教えてくれなかったが、建物を建てると固定資産の対象となり課税されると言う説明を受けた。

 そして、その課税対象は?

 骨組みだけの風呂、スチールの車庫、洗い場に仮設している屋根とドッグランの柵のみ。

「うーん」と頭を抱える担当者。

 課税対象とするには面積だとか構造がどうとかと、まず壁や屋根や基礎があるとかが重要らしい。

 風呂小屋は骨組みのみ、車庫もガッチリ基礎があればやばかったが、ほぼポン置き。

「これだけですか?」

「これから自分の住む家を建てます」

「それはいつ頃になりますか?」

「冬が来るまでに」

「はぁ、では秋になったらまた来ます」

 今回は放免らしい、二人は引き上げていった。

「どこかズーッっと作業中のままにして完成させなけりゃいい、そうしたら税金払わなくていいから」

 いつの間にか戻ってきた藪さんの入れ知恵、ホンマか?


 中断させられた作業に戻る、高所作業は藪さんがいる間に終わらせておきたい。

 屋根は頂点が直角になる矩勾配、そこに下地のコンパネやらルーフィングなしに海外製のちょっと変わった樹脂製の波板を張る。下は風呂なので少々雨漏りしたところで問題ない、問題は雪が落ちるかだが、勾配を急にしているので大丈夫だろう。

 作業は簡単、屋根材を固定してから頂点の棟木のところに専用の部材を固定し完成、ただ怖いだけ。

 屋根の傾斜角度は45度、普通に立ってはいられないし足場は縁の部分だけ、脚立と反対側からの命綱が頼り、建物が小さいのでなんとかなった。

 壁もなくて外から丸見えだし、まだ細々した作業が残るが大きな区切りまで完了、本日はここまで。

 湯船に湯を張って温度調整し、先に藪さんに汗を流してもらう。

 源泉の温度が高すぎるのでかけ流しにはできないし、ポンプが動きっぱなしになってもうるさいのでなんとかしたい、まだ先の課題だな。

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