第20話 家より先に風呂(一)

 轟音とともに大型のダンプカーが幅ギリギリの進入路を上がってくる。

 敷地の隅にガーッと降ろしていくのは砕石、砂利、砂。

 砂利だけ多めの3台分、業者にはダンプカー単位で頼んだが本来は立米単位、積載するものにもよるが1台あたり5立米くらい、これから作るものの基礎やらの素材になる。

 砂利が多めなのは敷地内に敷いて整地しするため、雨が降るたびドロドログシャグシャになるのは嫌なので梅雨前にやっておきたい。

 大型ダンプの合間に藪さんのハイラックスも何度もやってくる、これもここ数日続いていたこと。

 運んでくるのは山や河原で拾ってくる石や岩、これもちょっとした小山のように積み上がっている。

 2日と空けずにうちの温泉に入りに来る藪さんだが、さすがに「お湯はいいけど湯船がなぁ」と不満が出てきていた。

 外見が巨大な炊飯器のバルククーラー、ドラム缶風呂などよりははるかに広々しているが、そもそもが牛乳用のタンクなので深すぎてのんびり足を伸ばして浸かるということはできない。

「俺がやるから、好きにさせて」と、いろいろなものを運び込んでくる。

 石や岩は露天風呂の素材、ランマーにコンクリートミキサーといった機材、そしてキュラキュラとノロノロこっそり道路を走行してのユンボ、砕石やら砂利やらはこの先必要になるものなので自分が費用負担したが。

 そして一番最後にやって来たのが、「会長」と藪さんが呼ぶ爺さん、猟友会の会長らしい。

 本業は造園業だったが引退して息子に譲りそっちでも会長の肩書、今は鹿撃って小遣い稼ぎし悠々自適。

 その会長、庭造りの延長で露天風呂も手掛けてきたらしい、しかしプロにやってもらうとなるとタダでは済むまい。

「お金いくらくらい払えばいいんですか?」

「材料費とかの実費は出してね、あとは昼飯とかビールとかでいいよ、ちょっと貸しがあるのを返してもらうの」

「溜め池掘るくらいなら自分達でもできるけど、長く使うならプロに任せたほうがいいから」

 お言葉に甘えることにし、作業開始。

「いいか、これから先は俺のことは親方と呼べ」と、まず冒頭に会長改め親方の宣言。

 最初に自分の希望と親方の意見を突き合わせて場所を決め、大きすぎても管理が面倒になる湯船は足を伸ばしてゆったり浸かれる直径1メートル半のほぼ円形、、それと洗い場になるスペース、雨風避けに屋根や壁も欲しいのでそのための基礎の部分など、ベニヤの切れ端の上にざっくりとした図面を書く。

 それから自分は必要資材のメモ書きを貰い買い出しに、ホームセンターやら建材屋やらを周る。

 戻ってくると、親方が持ってきた杭やら板切れやらで予定地を囲って遣り方という位置決めがされ、他にも資材が運び込まれ生コンも手配済みとのこと、今日はここまで。

 翌朝、4メートル四方ほどをユンボで浅く掘り、周辺部は更に深く掘り下げ、砕石を敷いて目潰しの砂利を入れる。

 穴を掘ったり砂利や砕石をハイラックスの荷台にユンボでドサッと落とすまで機械力でできるが、ダンプじゃないのでそこから降ろして敷いていくのは人力、「タイヤショベル欲しいな」と藪さん。

 このへんでタイヤショベルと呼ばれるそれは一般にはホイールローダー、ブルドーザーとは違いキャタピラでなく4輪タイヤで前に装備された大型のバケットで砂利やらをすくって持ち上げて運べる、ナンバー付ければ一般道も走れ一番威力を発揮するのが除雪だとか。

 このあたりの牧場ならだいたいは大型のを持っていて冬はもっぱら除雪利用、構内だけでも広大なので人力なんかではやってられない。

「うちから持ってこれなくもないけど、この程度なら汗かけや」と親方。

 ユンボのバケットでザーッと均した後、人力で細部を仕上げ、ランマーで転圧、掘り下げた周辺部にはミキサーでこねた下地になるコンクリートを入れる。

 次に自分はコンパネと角材で型枠作り、藪さんは鉄筋をカットしたり曲げたり、

 親方が手慣れた手付きで鉄筋をセットしていく、型枠を置いて周囲を杭と単管パイプで固定。

 鉄筋は交差部に結束線をかけハッカーという工具でクルクル締めて固定する、親方がタバコ吸ってる間に自分少しやらせてもらったが、遅いし締めすぎて線が切れたりと慣れないと難しい、バトンを返すとあっという間に終わった。

 細かい作業では配管用のスリーブを入れたり、型枠の立ち上がり部を設置するなどしてこの日の作業を終了する。

 翌日、やってきた小型のミキサー車が横付けし、型枠内に生コンを流し込む。

 藪さんが持ち込んだミキサーは使わないのかと訊ねたら、この程度でも全面に打つとなるとて手作業では大変なのらしい。

 我々は木切れで作ったトンボみたいなのでコンクリを寄せたり表面を均したり。

 ポンプ車を頼むと別に費用がかかるので、立ち上がり部分とかは一輪車に生コンを受てから手作業で入れる。

 親方はグニョグニョ動くバイブレーターをあちこち突っ込み、型枠をハンマーでガンガン叩いている。

 これはコンクリートにすが入らないように空気を抜くため、よくコンクリ打つと言われるのはここからきているらしい。

 縁の部分に水抜きの溝を設え、後に基礎になる周囲の立ち上がり部にアンカーボルトを田植えのように突き刺し、コンクリートが固まるまで待つ。

 コンクリートは水和作用といってセメントが水と反応して硬化する、乾いて固まるわけではない。

 生コンは生というくらいで時間が立つと使い物にならないし、そこらに捨てていかれても困る。

 余った生コンは親方に板チョコみたいな型を貸してもらってそこに入れておいた、鉄筋を配置する際のスペーサーになるサイコロとよばれる小さい角ブロックができる。

 親方、ここで一旦お役御免となるので、その夕方はみんなで盛大にジンギスカン。


 コンクリートが固まるまでの数日は手が出せないので他の作業に着手、温泉より少し下り勾配になるあたりにユンボで大きく深い穴を掘る。

 そして運び込まれてきたのは、これまたよく見かける土管、横に小さな穴がいくつかあって、コンクリ製の蓋もついている。

 これをやはり立てて上部が地面とほぼツライチくらいに調整して埋める、ユンボでは厳しいので運んできたトラックのユニックで穴に降ろしてもらう。

 土管の周辺部を埋め戻し、穴の底には一輪車で運んできた砕石をガラガラと流し込んで敷いておく。

 町の中心部ならいざ知らずここいらに下水道はない、トイレは汲み取り式もしくは浄化槽、では排水がどうなるかというと基本は自然浸透。

 この土管は浸透枡として設置したもので、排水を一旦ここに受けてじわじわ地面に染み込ませる、なので周囲がベチャベチャのグジョグジョにはならない。

 炊事洗濯などの排水は今のところは垂れ流し、もちろん敷地の外へ流れるように溝を掘ったり配慮はしているが、量や頻度が少ないのでなんとかなっているレベル。

 我々の風呂は家庭用の浴槽ではないので一気に排水すると下手すれば湿地ができる、いずれはかけ流しにもしたい。

 浸透桝も浴槽と比べかなりギリギリの容量なので、溢れた分は外へ逃がすような配管も設ける予定。

 藪さんは自分の仕事に戻り、自分は周辺部の整備をしつつ疲労回復のためブラブラして過ごす。


 数日が経過、藪さんを伴い再び現れた親方、まず型枠を外す。

 そこに出現したのは何ということのない小さなステージのようなもの、周囲にアンカーボルトが突き出て、浴槽らしきものも見える。

 おっさん達3人がいろいろ機械使い数日かかってこんだけといった感じではある。

 親方、出来栄えを確認しうなずくと次の作業に移る、浴槽の中に何やら敷いたり塗ったりの防水処理をしているらしい。

 藪さんは浴槽の外周部に自分が拾ってきた石や岩を、ああでもないこうでもないとモルタルで貼って飾り付け、自分はその助手。

 本職でもないはずだがなかなか器用で、見た感じは立派な岩風呂風になってきている。

 親方は浴槽の中の仕上げを終え、排水口を設える。

「俺の受け持ちはここまでだ」

「お世話になりました、完成したらまたお披露目に招待します、風呂も入って下さい」

 お礼を言い頭を下げ、用意していた清酒の一升瓶を渡す。

 親方は、「ん、こっちも待ってるから、よろしくな」と、微妙な言葉を残し会長に戻って帰っていった。


 この工事の数日、クロマルがどうしていたかというと藪さんが連れてくるキングと一緒に遊び狂っていた。

 基地周辺を走り回っていたかと思うと姿が消え、ドロドロになったり、ビショビショになったりして帰ってくる。

 ここが自分の家という自覚ができたのか遠くに行っても必ず戻ってくる、交通事故だけが心配だがクルマもまばらな僻地なので杞憂か。

 しかし、夜に同衾するこちらとしては毎日シャンプーやらダニ取りやらしなければならず、おとなしく作業見学でもしておいて欲しいところではある、工事はまだ続く。

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