第24話 戦略的封鎖

 丸一日、頭をフル回転させ、今後の行動を具体的に決定していった。


「襲撃する場所はパントダール要塞都市にしましょう。ラクト=フォーゲルから直線距離で近くて、シーナ中心部からパントダールに支援物資を送るためにはムグラの森を通過する必要もあるようです」

「なるほど。まったく理解できませんがジャバさんにとっては、そこがいいんですね?」

「要塞都市に駐屯している兵士の割合の多くを占めているのはシーナ騎馬隊。かつて僕の父が率いていた軍です。国で争いが起こればすぐに駆けつけ、制圧する」

「強いのですか?」

「魔道隊と騎馬隊はシーナの最高戦力とっても過言ではありません。ですが僻地の戦いは苦手としている。馬が走れませんからね」


 僕は地図を広げて、またシュミレーションしてみた。


「二手に分かれた方がいいかもしれない」

「どういう風に?」

「僕がひとりになるか、デジーさんがひとりになるか、マキナがひとりになるかの三択しかない」

「どうしても別れなくてはならないのですか?」

「はい、どうしてもです。この難しい局面を打破するためには相手の誰かを傷つけなくてはならないし、命を奪わなくてはならないかもしれない。そして別れる必要もある。シーナという大国が最大限の警戒をしている現状、かなり無理をしなくてはならないし、信念も曲げなくちゃいけない。綺麗事を言ってる余裕もありません」

「わかってます。わかってるんですが……」

「まずデジーさんがひとりになるのは無しです」

「なぜ?」

「あなたは危機回避能力が極端に低い。パントダール要塞都市の襲撃とムグラの森の戦略的封鎖、ロケーションは我々に利があるかもしれませんが、数で圧倒的に負けてる。デジーさんの驚異的な身体能力と治癒力は、近くで見てきた僕がよく知っています。が、ダメです」

「私ならひとりでも生き残れます」

「いいえ、無理です」

「理由を尋ねても?」

「エンヴィーに斬り落とされたのが腕じゃなかったらどうなっていたと思いますか?」

「というと?」

「例えば足を切断されていたら? もっと致命的な部位を落とされていたら? 逃げることも戦うことも叶わず、治癒する暇もなく命を落としていたはずだ」

「それは……」


 僕は、デジーさんとの会話を黙って聴くマキナを向いた。


「マキナ……」

「ジャバは結界張る、囲まれる、逃げる出来ない」


 マキナは本当によく考えるし、物事をちゃんと見てる。


「ひとつ訊きたいことがある」

「容認する」

「シーナの兵と戦って致命傷を受けた場面を憶えてる?」

「フラッシュバックする」

「なにが?」

「マスター・パッチが死ぬ姿」


 おっと、これは……。


「殺すことに躊躇したってこと?」

「わからない。マキナには」


 となるとマキナをひとりにするわけには……。


 殺すことへの戸惑いがまた起これば、致命傷を食らう。


 マキナがあれだけの数の兵を相手に戦えたのは、そのスピード故。特に打たれ強くデザインされているわけではないのだ。フラッシュバックのせいで動きが止まれば普通の人間同様、殺される。死のリスクを考えると……。


 デジーさんとマキナが行動を共にしている場面を見られてしまったら旨味がひとつ消えることになるが、ほかに手段もない。


「僕がひとりになる」

「え?」

「巨大な規模の結界を張ってムグラの森を隔離します」

「でもそんなことしたら……」

「かなり寿命が縮まりますね。それに結界の内側に敵がいた時のことを考えると、二重に結界を張らなくてはならなくなります。結界の重ねがけの負担は特殊結界並みの負担。寿命はかなり縮まるでしょう。でもこれしかない。色んなパターンを考えてみたけど、やっぱりグレスラー以外で僕らが幸福になれるビジョンが見えないんですよ。ここを勝つしかない」

「暴走したらどうするんですか!? ただでさえ体に精霊の影響が出てるのに!」

「加護持ちである以上、暴走のリスクはつきものです。それに怯えていてはなにも出来ない」

「私には休め休めって言うくせに!」

「普段とは状況が違うからしょうがないじゃないですか。いまは無理をする場面だ」

「ジャバさんのバカ!」


 はっ、死の予感。



 はい、結界。



 バチン!


「そのビンタのせいで寿命が縮まるってば」

「あなたは頭は良いけどバカです! 他人には口うるさく注意するくせに、自分のことはなにも考えてない!」

「考えたうえでの決断なんです!」

「もういい! 私がひとりになります!」


 ツカツカと歩み去ろうとするデジーさん。


「デジーさん?」

「なんですか!?」

「どこに行くつもりなの?」

「ひとりになるんです! そういう作戦なのでしょう!? いくら私がアホでもそれくらいわかる!」

「いや、だからひとりになった後でなにをするかを知ってるの?」

「それは……、だから……」


 僕の愛しの天使は今日もフルスロットルだ。


「しかし弱ったな」

「三人で一緒に行動すればいいじゃないですか」

「ムグラの森を抑えないとシーナの主要都市から戦力を送られるだけ。ラクト=フォーゲルの兵士を動かすという本来の目的が達成されない」

「それじゃあ」


 無理かもしれない。


 パントダール要塞都市にひきつけた兵士を山に誘導、落とし穴や地形を利用した攻撃で足止め、タイミングを見計らって撤退、手薄になったラクト=フォーゲル大橋を急襲。


 考えの方向性としては悪くないと思うんだけど……。


「ジャバ」

「ん? どうしたマキナ」

「マキナ、尋ねる」

「なにを」

「ジャバ、嘘をついた、デジーに」


 嘘?


「初めてマキナに会った時のこと?」

「肯定する」


 こんなやりとりをしていると、すかさずデジーさんが。


「嘘ってなんのことですか?」


 突然なにを言い出すんだマキナは。そんな発言をしたらデジーさんが混乱するのは目に見えてるのに。マキナの思考がまったく読めん。


「後で説明します。マキナ、その質問の意図は――」

「そんなことは許しません! 女ですか!? 私の他に女がいるですか!?」

「ずっと一緒にいたじゃないですか。愛人をこしらえる余裕があったと思いますか?」

「そんなのわからないじゃないですか! はっ! もしかしてマキナちゃんを……」


 アホめ。


「僕が好きなのはデジーさんだけだよ。誓ったじゃない、健やかなる時も病める時も愛するって」

「ジャバさん……。本当に本当?」

「本当です。あなた以外の女性は羽虫も同等」

「ジャバさん!」



 はいはい結界結界。



「でマキナ、質問の意図は?」

「知りたい、ジャバを」


 マキナの真意はよくわからんが、デジーさんには僕の行動は知られたくない。アホには理解できないように会話するとしよう。


「僕の傷はデジーさんの傷」

「マキナを救う、ジャバが傷つく」

「時計の針が進むんだ」

「理解している」

「針が進むとデジーさんが知れば僕は動けない、マキナは壊れた。でもマキナが壊れればデジーさんは悲しんだはず」


 僕の言葉を耳にしたマキナは、じっと考え始めた。賢いこの子のことだ、頭のなかはすごい勢いで動いていることだろう。


 しばしの沈黙の後、マキナがゆっくりと口を開いた。


「ムグラの森、マキナが抑える」

「無理しなくていい。たぶんマキナは自分で思うよりずっと優しい子なんだ。誰かを傷つけることで、自分自身が一番傷ついていた」

「マキナは考える、フラッシュバックの時。マキナが無意味に殺す、兵士の死は無意味。死そのものが無意味に変容する。マスター・パッチの死すら無意味に感じる。虚無。いまは違う、意味のある死」

「目的のためならやれるってこと?」

「肯定する。目的は愛。マキナは愛を返す、ジャバとデジーに」


 綱渡り。


 これから先、まったくノーリスクなんて場面はない。こんな決断が続いていくだろう。


「死なないと、約束できるか?」

「未来は不確定」

「生きて帰って来たいという気持ちがあるかを知りたい」

「マキナは帰る。デジーとジャバのもとへ」


いい子だ。


そして賢い。

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