第23話 展望

「とりあえず、いま僕が考えてることを言ってもいい?」

「はい、どうぞ」

「僕らはあの橋を渡らなくてはならない、そしてシーナはこの橋を渡らせたくない。ラクト=フォーゲルはガチガチに防衛されているから、このまま攻めるのは苦しい。だから防衛をさせないようにすればいい」

「簡単に言いますねジャバさん。それが出来てれば苦労しませんよ」

「実際とても簡単な話なんだよ。シーナは山を張っていた。僕らが魔導の国グレスラーに亡命するって。シーナ最年少の将軍と敵国グレスラー出身の東方の魔女シェナ=グラシアの結婚は有名な話、しかも力の精霊アデュバルが眠る【蛇腹の洞穴】へ行くためにもラクト=フォーゲル大橋は渡らなければならない。橋の向こう側にターゲットふたりと関係のあるポイントが存在しているわけだからシーナも読みやすかったのかもしれない」

「はい、だから?」

「その認識が間違っていたと思い込ませよう」

「つまり?」

「僕らの狙いが別にあるように演出する」

「言いたいことはわかりますが、具体的にはなにをするのです?」

「襲撃だよ」

「はい?」


 僕がデジーさんと話していると横からマキナが。


「ジャバは考える。目的が襲撃だとシーナに思考させる」

「その通り。マキナは賢い子だ」


 言葉は足りていないが、たぶんもう理解しているだろう。


「まったくわかりません。ジャバさん達はなにを言っているのですか?」

「敵をあざむく物語を一から紐解いていきましょうか。僕とデジーさんは精霊の加護持ちだ。天災レベルの暴走をするアデュバル・力の精霊と情報が少なく不気味なレナン・棘の精霊。僕らが受けた仕打ちはそれはそれは酷いものだった。不気味だし、怖いから。僕とデジーさんは他の加護持ちよりも悲しい出来事を乗り越えてきた。そしてシーナも僕らの境遇はある程度知っているだろう」

「なぜそう考えるのですか?」

「マスターがシーナに報告していたと考えるのが普通だからですよ。あいつらは僕らがどんな目に遭ったのかを知ってる、そう仮定すれば僕が結界を張った瞬間に魔道軍将エンヴィーがレナンの加護と僕の正体に気が付いたのにも納得がいく」

「なるほど」

「不幸なふたりの加護持ちは似たような境遇の殺戮兵器マキナ・シーカリウスと山岳部で合流、互いのトラウマに心底共感した」

「マキナちゃんは殺戮兵器じゃありません!」

「敵を欺く物語を話しているのです。どうしてあなたがだまされる……」

「失礼」

「これからの展開によってはマキナは隠したままでもいい。僕の体の一部は結界に侵食されていて、余命がどれほどあるのかもわからず、デジーさんのおっちょこちょいにも拍車がかかってきている。精霊の暴走がすぐそこまで迫っていると悟った僕らは人類に向けて最後の抵抗を試みる」

「それが襲撃なのですか?」

「えぇ、その通り。襲撃するポイントはふたつの特色をもつ都市、あるいは砦。一点はラクト=フォーゲル大橋に対して地理的に近くて支援可能な拠点であること、もう一点はシーナにある程度の打撃を与えられる場所であること。前者の理由は説明するまでもありませんね。ラクト=フォーゲルを護衛する兵士を動かすためです。後者は僕らの行動に一貫性をもたせるため」

「襲撃したその後は?」

「疲弊させる。この段階でシーナの兵士に死者や怪我人が出るでしょう。僕らもいつ死んでもおかしくない。力を使いすぎて暴走するかもしれない」


 悲しそうな顔をするデジーさん。


「もっと、平和的に橋を渡る方法はないんでしょうか」

「夜の闇に紛れて橋から離れた川を渡る」

「ジャバさんがその方法を選ばなかったのには、なにか理由があるんでしょうね」

「はい、渡る途中で見つかれば十中八九やられるし、敵の護りの布陣がわからない以上、運の要素を多く含みます」

「噛み砕いて説明してもらってもいいですか?」

「橋を渡るのは危険だと僕らは考える。シーナも僕らの思考は予測していることでしょう。だからラクト=フォーゲルに沿った櫓にエンヴィーのような実力者を配置している可能性がある。もし強敵と遭遇して時間をかけられればアウト、囲まれて終わりです。運よく大河を渡る途中でばれず、そして幸運にも実力者がいないポイントを選択できたら僕らの勝ち。しかしひとつでも失敗したらダメ。ね? 博打でしょ?」

「どこか違う場所を襲撃すれば護衛する兵士の数が減る」

「と、僕は考えます。少なくとも運の要素は減るでしょう。戦闘が山岳地帯なら山の地形を利用した土砂崩れや木々の投擲で数の不利は覆せる。相手の注意を充分にひきつけたら撤退、ラクト=フォーゲル大橋を崩しにかかります」

「なるほど、わかりました。あまり気は進みませんが、ジャバさんの提案なら間違いないはず。やりましょう」

「すみません、本当はあなたに戦わせたくなかったのですが……」


 僕の言葉に、デジーさんは珍しく真剣な顔をしてこう返した。


「人生にはどうしても戦いを避けられない場面がある」


 と。


「らしくない言葉ですね」

「ジャバさんの姿から学びました。私のために一生懸命に戦ってくれるあなたの背中をずっと見ていたから」


 白くて繊細な頬を、ぽうっと赤らめるデジーさん。


「デジーさん……」

「ジャバさん!」


 む、走馬灯。



 はい、結界。



「イテテテ」

「その飛びついてくるやつがなければ完璧だったんだけど」

「ジャバさんへの愛で感情が高まってしまいました」

「とりあえずいまは気持ちだけ受け取っておきます」


 死ぬまでに一度でもいいからデジーさんと抱擁してみたいものだが、抱擁のせいで死にたくはない。


 襲撃後は一週間かそれくらい山にこもって敵を迎え撃つ。僕の結界とデジーさんの攻撃を組み合わせれば互いが休む時間くらいは確保できるか?


 かなりタフな戦闘になるだろう。


「それで、なにをすればいいのです?」

「保存食ですね。それと穴がいる」

「穴ですか? 保存食が必要な理由はわかりますが……」

「兵士を叩き落す穴を掘ります。落とし穴ですね」

「なぜそんなものを?」

「救助に人員をさかせるためにです。穴に落ちた人を救助するためになにが必要かわかりますか?」

「ロープですか?」

「ですね、僕らを討伐するのにハシゴを持って来るアホはいないだろうけど、山岳地帯で戦うならロープくらいはあるかもしれない」

「はい、それで?」

「穴に落ちて怪我をした兵士を助けるためにロープを垂らしますね? 引き上げるのにどれくらいの人手がいると思いますか?」

「私ならひとりでなんとかなりそうですけど……」

「デジーさんならそもそもロープも必要ないでしょう」

「確かに、で、どれくらい必要なんですか?」

「知りません」

「へ?」

「知りませんよそんなこと。だって穴に落ちた人をロープで助けたことなんてないですもん。ただひとつはっきりしているのは数人じゃどうにもならないってことですね」

「なぜ?」

「もしかしてイタズラ程度の落とし穴を想像していませんか? 僕ら三人でそれはそれは深い落とし穴を掘るんですよ? 落ちたらケガするレベルの」

「えぇっと、つまり……」

「落ちた人間は負傷して動けないわけだから、誰かがロープを伝って穴の底まで救助しに行かなくちゃいけないでしょ? 降りていった兵士が戻ってこれなくなったり不測の事態に備えて地上にも兵士が待機しておかなければならない。大の大人を引き上げるのにも数がいる。穴が想定よりずっと深かったらロープが足りなくて戻る必要に迫られるかもしれない」

「でもそんなに都合よく穴に落ちた人を助けますか?」

「助けますよ。だって自分がピンチになった時に助けてもらえなかったら悲しいでしょ? 彼らは命がけで戦ってるんだ。だからこそ命をかけて助け合う」

「なるほど! さすがジャバさん! 相手の善意に付け込むのですね!?」


 えぇっと……。


「いや、ちょっと違う、かも……」

「なにが違うのです?」


 純粋無垢な僕の天使は、可愛らしく首を傾げている。


「違わない。相手の善意に付け込むの」

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