第6話 相生と相剋

 五行――【木】【火】【土】【金】【水】五つの元素で万物は形作られているという思想だ。これらの元素に【陰】と【陽】二つの性質が備わっており、それらの組み合わせによって、天地人の三界は存在する。

 この元素を自在に操るのが、軍配師の初歩の心得だ。


「貴様は毎夜、この橋の上に現れると聞いた。なぜ、橋の上なのか? 考えられることはふたつ。この川、すなわち【水】。この橋、すなわち【木】。どちらかが貴様の属性だということだ」


 えぐられた肩を押さえて、夜叉は三成を睨みつけている。


「もし貴様が水を拠り所としているならば、川全体から力を得ることが出来るはずだ。ゆえに私は、鉄砲隊の初撃を広範囲に渡って放った。しかし貴様は、橋の上から一切動かなかった。その刀で打ち返すだけの反射速度だ。橋から離脱することも出来たはず。そこで確信したよ。貴様が木の物の怪であるとな」

「奇襲に対する、わらわの反応を伺った、というわけか……?」


 あのとき、初撃で夜叉に集中砲火を浴びせていれば、それで勝てたのかも知れない。だが、この夜叉が水の属性を持つ物の怪であったなら、その集中砲火は逆効果となっただろう。


 相生そうしょう相剋そうこく。五行の均衡を保つふたつの相互作用がある。

 【金】と【水】の関係は相生。金属の表面には水が生じる。ゆえに、銀の銃弾は水の物の怪に力を与える。

 【金】と【木】の関係は相克。金属で作られた刃は樹木を断ち切る。ゆえに、銀の銃弾は木の物の怪の肉に深く食い込み、破壊する。


「ならば、わらわの太刀を二度とも炎で受け止めたのも……」

「当然、観測のためさ。私の本気はあんな弱火ではない」


 木と火は相生の関係にあり、水と火は相剋の関係にある。木は火を生み出し、水は火を消し去る。どちらの元素であっても炎は驚異ではない。しかし、その反応は微妙に異なってくる。


「貴様が【水】ならば、私の炎を見たときに勝利を確信してより苛烈な攻撃に転じたはずだ。だが貴様の攻め手は変わらなかった。二度目の太刀に重みこそ加わったが、炎に対しては平然と受け流すだけだった」

「ハハッ、さかしいのう。わらわがこのような若造に遅れを取るとは……じゃが」


 夜叉は大きく両足を持ち上げるとダンッと橋の板を踏み鳴らして立ち上がった。その音が合図になったかのように、何本ものツタが板の表面に生え、すさまじい速度で成長して三成の足に絡みつき、その自由を奪った。


「なっ!?」

「はははっ! 調子に乗って喋りすぎだ若造め! おかげで出血を止めるだけの休息がとれたわ!!」

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